第21話 誘拐犯と宴を開いています




「っくしゅ」


 くしゃみが出た。誰かが私の噂でもしているのだろうか。


 今、私の目の前では、宴会が繰り広げられていた。お酒を飲みながらどんちゃん騒ぎをしている様子を見るのは楽しくて、お酒も進んでしまう。

 私の後ろには、既に、空の酒瓶が数本転がっていた。


 そして、お酒が進めば、自然とお腹も空いてくるもので……

 確か、親子丼に使った食材がまだ少し余っていたはずだし、追加でおつまみも作っちゃおうかな。


 そんなことを考えていると、後ろから「アネキ」と肩をつつかれた。


「何ですか?」

「アネキ、俺たちは本当に許されるんでしょうか?」

「大丈夫だと思いますよ。私も説得しますし」

「けど、当主は“冷徹公爵”って呼ばれてるらしいじゃないですか。冷たい人なんでしょう?」

「それは違いますよ。それは、悪意を持って広められた誤った噂です」


 おでんを一緒に食べた時に、公爵様が打ち明けてくれたことを思い出す。


「公爵様はいつも私にも気遣ってくれる優しい人なんです。それに、領地のことを真剣に考えていて、誰よりも領民思いで……」

「……」

「あとは、すぐに酔っ払う」

「すぐによっぱらう?」

「お酒の許容量を分かっていなくて、自信満々に飲み始めるくせに、飲み過ぎると泣くし、泣き言を言い始めるし」

「わあ」


 出先で泣き始めたこともあったし、友人と二人で泣き続けてたこともあったし、なんか酔っ払った公爵様に褒め殺しにされたこともあったし!

 そのくせ、酔ってる間の記憶をぜんぶ覚えているから余計にタチが悪いと思う。

 でも……


「でも、そういうところが可愛い人なんです」


 公爵様と一緒に飲むことが何よりも楽しいし、誰よりもおつまみを美味しいって言って食べて欲しい相手は公爵様だ。

 この親子丼も、早く公爵様に食べて欲しいな。彼は、どんな反応をしてくれるだろうか。

 驚くかな? 感動するかな? きっと公爵様のことだから、言葉を尽くして美味しいと伝えてくれるに違いない。


「だから、安心して下さい。公爵様は無慈悲な判断はしないはずです」


 そう結論づけて、私は再びお酒を飲み始めたんだけど……


 その時、バタバタと足音が聞こえてきて、急に外が騒がしくなった。


 どうしたんだろう、とのんきなことを考えていると、突然、外に続く扉が開かれた。扉の先にいたのは――


「ジゼル、無事か!」


 その先にいたのは、焦った様子の公爵様がいた。彼の額には汗がにじんでいて、ここまで走ってきたことが窺える。

 彼の後ろには、レンドールも厳しい表情で剣を構えている。


「全員、そこを動くな。ここは包囲されている。大人しくジゼルを……」


 そこで、公爵様は私の姿を見つけた。そして、怪訝な表情で首を傾げた。


「……酒を飲んでる?」

「ご飯を作って食べてたら、飲みたくなっちゃって」

「自分で作って食べてる? 誘拐先で?」

「はい」

「??」


 公爵様は、訳の分からないとでも言いたげな表情だ。

 一方で、かなり酔っていた私は、これ幸いとばかりに、公爵様に親子丼を差し出した。


「公爵様、これを見て下さい! 親子丼って言うんですけど、美味しく出来たんですよ」

「は?」

「ちょうど食べて欲しいなって思っていたところで……」

「いや、ちょっと待て」

「早く公爵様に食べて欲しくて」

「そんなことは、どうでもいいだろ‼」


 公爵様が声を荒らげる。大きな声をだしているところなんて見たことがなくて、私はびっくりしてしまった。

 彼は、私の肩を掴む。


「怪我はないのか? 何か、ひどいことはされていないか?」

「は、はい。それは大丈夫ですけど……」


 私が答えると、公爵様はホッと息を吐いた。そして、ぐっと表情を歪めた。


「ジゼルに何かあったら、どうしようかと思った」

「……」

「ジゼルが誘拐されたと聞いた時、どれだけ心配したか……っ」


 公爵様の手は、震えている。泣きそうな彼の表情にぎゅっと胸を締め付けられた。


 こんなに心配してくれるなんて思ってなかったから、びっくりした。

 でも、そういえば大司教に脅された時も、一番最初に気づいて助けてくれたのは、公爵様だったな……


「心配かけてしまって、ごめんなさい」

「いや、いい。俺も大きい声を出して、すまなかった」

「いえ。いつもの時間に帰らなかったら、心配するに決まってますよね。のんきにお酒を飲んでしまった私が悪いです」

「でも、ジゼルは被害者だし、俺も助けに行くのが遅くなってしまって……」

「そんなことないです。私の方が……って、これだとキリがないですね」

「そうだな」


 私たちはお互いに笑い合う。

 よかった。いつもの私たちの会話だ。


「でも、こんなに心配してくれるなんて思いませんでした」

「心配するに決まってるだろう。ジゼルは、妻なんだから」

「そうですか? 本物の妻ならともかく、契約相手ですよ」


 私がそう言うと、公爵様は気まずそうに目をそらした。


「契約相手である以上に、ジゼルは大切な……、その……」

「大切な飲み友達、ですよね?」


 分かってますよ、と笑う。前に公爵様は「大切な飲み友達」と言ってくれた。その言葉を思い出しただけなのだが、公爵様は首を振った。


「いや……。本当は、そうは思っていない」

「え? どういうことですか?」


 聞き返すも、公爵様は言いよどむ。聞き捨てならない言葉に、私は公爵様に詰め寄った。


「どういうことですか?」

「それは」

「教えて下さい」

「やけにグイグイくるが、珍しく酔ってるな⁉」


 公爵様が私の後ろに転がっている酒瓶を指さす。


 確かにいつもより飲んでるから、開放的になっている自覚はある。


 でも、私のことを「飲み友達」と思っていないなんて、どういうことなのか。ただの契約相手としか思わなくなってしまったのか、それとも別のことを考えているのか……。ハッキリさせたい。


「……ここで話さなくても、いいんじゃないか?」

「今、聞きたいです!」


 公爵様がグッと言葉に詰まる。

 それでも彼が言いよどんでいると、私たちの会話を大人しく聞いていた誘拐犯やレンドール達の「ヘタレですね」「ヘタレだ……」「ヘタレ」という、ささやき声が聞こえてきた。


「~~~っ、俺はジゼルのことが……」



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