第19話 悪魔だ
皆で協力しながら、脱穀済みの米を洗い、鍋でご飯を炊き始める。炊いている間には、買ってきてもらった鶏肉を焼いて、みりんや醤油で味付け。卵を加えて、ほかほかのご飯の上に乗っければ。
「完成しました。親子丼です!」
「おぉー……おやこどん?」
料理名を聞いてもピンとこなかったみたいで、誘拐犯達はそろって首を傾げている。
「鶏肉と卵を使っているから、“親子丼”なんですよ」
「親子を一緒に食べるってことか? なんだその、悪魔みたいな発想」
なぜか、誘拐犯達にどん引きされてしまった。
彼らは「誘拐先で料理を始めるし、やばい女なんじゃ……」と、恐ろしいものを見る目でヒソヒソし始める。
失礼な。“誘拐先で料理”はともかく、料理名は私が考えたわけじゃないのに。
彼らは、出来たてほやほやの親子丼を前にしてなかなか口をつけようとしない。仕方がないので、まずは私が食べることにした。
「それじゃあ、いただきます」
パクッと口に放り込む。その瞬間、美味しさと感動が押し寄せてきた。
白米はもちもちで、ふっくら炊き上がっている。だくだくのつゆにひたされた鶏肉はジューシーで、卵も優しい味わいだ。どこか故郷を思い出すような、懐かしい味。
つまり、めっちゃ美味しい。
「~~~っ、おいひいっ!」
私は無我夢中で、親子丼をかき込んだ。
そんな私の姿を見て、誘拐犯達はゴクリと喉を鳴らした。そして、一人が恐る恐る一口目を口にした。
「う、うめえ……!」
すると、他の人達も親子丼に手をつけ、ポツリポツリと呟き始めた。
「な、なんでかお袋を思い出す」
「母ちゃん、元気かな」
「あれ、涙が出てきた……」
「なんで、俺たちはこんなことを……」
「おふくろ……」
と、こんな調子で親子丼をかき込みながら、涙を流している。
なんだろう。この既視感のある感じ‥‥‥
ああ、そうだ。前世で見た刑事ドラマで観た、犯人が丼物を食べて母親のことを思い出して泣く定番シーンだ。
あれに似てる。
確か定番なのは、親子丼っていうよりカツ丼だったけど……
誘拐犯のうちの一人が目に涙を浮かべて、私の肩を掴んだ。
「俺が悪かったよ、嬢ちゃん! ……いや、アネキ!」
「あ、姉貴⁉」
「こんなにうまいものを作れる人を誘拐するなんて間違っていた! どうか、俺を子分にしてくれ!」
彼に続いて、他の人も声をあげ始めた。「俺も!」「アネキ、お願いします!」と。
あわよくば、彼らが料理に夢中になって、逃げられればとは思っていた。思ってはいたけれど……。
なんか、流れがおかしくない?
「俺は認めないぞ!」
しかし、その時、先ほどまで「アニキ」と呼ばれていた男が声をあげた。
「お前たち、なんで絆されてるんだよ。きっと、その女は俺たちを公爵家に突き出すつもりだぞ!」
「……」
「俺たちは、さっさとこの女を使って、お金を手に入れて、お腹いっぱい食べるんだろう⁈」
彼の言葉に、皆が俯いてしまった。「そんな……」「俺たちが悪かったけど……」「もう一度、お袋に会いたいよ」と呟いている。
「あの、これまでの誘拐事件やひったくりも、あなたたちの仕業なんですか?」
犯行の手際も悪いし、すぐに改心するところを見ると、あまり誘拐に慣れているようには思えない。
疑問に思って聞いてみたんだけど……
「それは、俺たちじゃない! ほとんどが教会の人間達の仕業だ」
「ん? 教会?」
ここで教会の言葉が出てくるとは思わず、聞き返してしまった。
詳しく話を聞いてみると、大司教の悪事が暴かれたことにより、教会が大幅編成。教会に雇われていた人間が職と行き場をなくして、犯行に及ぶケースが増えているらしい。
「あー。じゃあ、物騒な事件が続いているのは、そのせいなんですね?」
私の言葉に一同頷く。だから、公爵様が異様に私に対して過保護になっていたんだ。
多分、公爵様のことだから、事態の把握と収束のために動いているだろうけど、念のため帰ったら報告しよう。
「あいつらが事件を起こすせいで慎重になっている商会が多くなって、俺たちみたいな弱小農家は相手にされなくなっちまった」
「そうなんですか?」
「その上、変な作物に時間と金をかけたせいで、お金の余裕もなくなって……」
彼がそう言うと、一人の誘拐犯が「うっ、すみませんアニキ」と涙目になった。どうやら、一人が間違えて買ってきてしまったものらしい。
「なるほど。……そんな事情があったんですね」
私がそう呟くと、誘拐犯達は涙目で訴え始めた。
「でも、今回が初めてのことで……!」
「アネキを誘拐のターゲットにしたのだって、もし傷つけても、聖女なら自分で癒やすことが出来るっていう理由なんだよ……!」
「俺たちを公爵家に突き出さないで欲しい! こんなこと二度としないから」
私はそんな彼らの言葉を制して、口を開いた。
「どんな事情があっても、事件を起こしたことは許されることじゃありません。私は、あなたたちを公爵家に突き出します」
厳しい私の言葉に、彼らは「そんな……」とショックを受けている。
公爵家の妻という立場もあるし、これは仕方のないこと。そして、彼らに下す罰も、既に考えていた。
私は息を吸って、宣言した。
「そして、あなたたちには、公爵家で稲作をしてもらいます!」
「い、稲作?」
「米を作って下さい。それが、あなたたちへの罰です」
私の言葉に、彼らはどよめく。
彼らは、一度稲作を経験しており、稲作を出来るだけの技術がある。正直、彼らを手放すのは惜しい。それならば、公爵家で稲作をさせる罰を与えればいいんじゃないかと考えたのだ。
調査は必要になるだろうけど、初犯なら、私が見逃せば済むことだしね。
しかし、彼らは、私の言葉に納得できず、戸惑っているようだった。そこで、最後のダメ押しとばかりに、私は口を開いた。
「ちなみに、毎日、私のまかないを付けるつもりです」
瞬間、うをおおおおおおおと場が沸いた。
「さ、最高だぜ!」
「毎日、うまい料理にありつけるってことだろう!」
「これでお腹いっぱい食べられる!」
「あれ、泣いてるんですか、アニキ」
「うるせえ!」
と口々に喜びを語り合っている。
彼らが笑い合っている姿を見つつ、私は親子丼の入ったお椀を再び手に取った。食べている途中で話を始めてしまったから、まだ残っていたのだ。
しかし、親子丼を食べているうちに、何かが物足りなくなってきてしまった。喉が渇いたというか、もっとテンションを上げたいというか。
まあ、つまり何が言いたいかというと……
「ビール、飲みたいかも」
「ありますぜ、アネキ」
思わず願望を呟くと、一人がビールの入ったグラスを持ってきてくれた。周りを見渡すと、皆が酒瓶を持ってウズウズしている。
「よし、じゃんじゃん飲みますよー!」
乾杯ーっと陽気な声が響き、宴が始まった。私は誘拐されたという事実をすっかり忘れて、飲み始めてしまった。
⭐︎⭐︎⭐︎
一方、その頃の公爵邸。アベラルドは、とある報告を受けていた。
「ジゼルが誘拐されただと……?!」
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