第18話 連れ去られました
それは、突然のことだった。
目を覚ますと、私は見知らぬ場所にいた。暗くて、じとっとした廃墟みたいな場所だ。
体が縛られていて起き上がることすら儘ならない。
どうして、こんなことになっているんだっけ……?
そうだ。確か、私は今日も図書館に立ち寄ったはずだ。
その日もお米に関する資料探しをしていた私は、帰りが遅くならないようにと、まだ明るい時間のうちに図書館を出た。
そして、馬車に向かって歩いているところで、知らない人から声をかけられたのだ。
聖女ということが周知の事実になっていたので、話しかけられるのはよくあることだったので、特に気にしなかったんだけど……。
つい話し込んでしまって、後ろから近寄る人影に気づかなかった。話題が私の探している作物になって、夢中になってしまったのもいけなかったと思う。
いきなり、後ろから後頭部を殴られたのだ。そして、何が起こったのかも分からないまま、その衝撃で意識を失ってしまったんだ。
物騒な事件が続いていると言っていた公爵様やイアンの言葉を思い出す。
これって、誘拐だよね……?
その考えに至った時、私はサーッと青ざめていく。
まさか自分が標的になるなんて思ってもいなくて、危機管理が足りなかった。
私が転がされている部屋の隣には、誘拐犯らしき人物たちが集まっているようで、彼らの会話が聞こえてくる。
「あの女が公爵家の妻なんですか?」
「そのはずだぞ。最近、公爵家の妻がいるって噂になっていたからな」
「なら、早く身代金の要求を……」
「いや、やめておいた方がいいんじゃないですか?」
「公爵家からの報復もあるかもしれませんよ」
今後の方針につて、揉めているみたいだ。意外と行き当たりばったりの犯行らしい。
これなら、彼らの隙をついて逃げ出すことも出来そうかな……?
話し声を聞く限り、犯行人数は大体5~6人くらい。正面から突破することは難しそうだ。
そもそも聖女の力は、浄化とか結界とか攻撃力のないものしか使えないから、こういう時に役に立たないんだよね。私自身に武力があるわけでもないし……。
とりあえず、床に転がったままでは何も出来ないので、起き上がることにした。頭をぶつけたせいなのか上手く起き上がれなかったので、聖女の力で自らを癒やす。
すると、ようやく痛みが引いて起き上がることが出来た。聖女の力って、こういう面では便利なんだよね。
ついでに、隠し持っていた小型ナイフを使って、手を縛っていた縄を切った。ちなみに、この小型ナイフは公爵様が護身用にって持たせてくれたものだ。
改めて、状況を打開するため考えを巡らせる。
考え込んで俯くと、床に何かが散らばっているのが目に入った。
そういえば、床に転がされている間、体が痛くないなって思っていたけれど、床には何かが敷き詰められていたようだ。
何だろうと思って、手に取って見てみる。それは、まるで稲のような……
ん? 稲⁇
「おい、お前! 勝手に何をしているんだ!」
突然、隣の部屋にいたはずの誘拐犯達がこちらの部屋に入ってきた。
私が縄をほどいているのを見て、彼らは「また気絶させようか」と物騒な相談を始めた。
私は気を逸らすために、慌てて彼らに話しかけた。
「あの! これって何ですか?」
見つけた稲らしきものを、私は指さす。
「ああ。外国の商人に買わされた、よく分からない作物だよ。言われたとおりに育てて収穫したのに、こんなものしか出来なかった」
彼が指をさした先には、既に脱穀された米が大量に放置されていた。
「食えないし、売れないしで、最悪だったんだ。お陰で、大損害。俺たちの資金はすっからかんだ」
「……」
「だから、お前を使って公爵家から金をむしり取るんだ。こいつら、子分を食わせるためだ。悪く思うなよ」
その言葉を聞いて、後ろにいる男達は「アニキ、俺たちのために……‼」と感極まっている。しかし、彼ら以上に私の方が感動していたと思う。
だって、目の前に恋い焦がれた食べ物があるんだから。
「事情が分かったら、お前も大人しくして……」
「だったら、この作物を使った料理をさせてもらえませんか⁈」
「は?」
「捨てるつもりなら、私に料理をさせて下さい!」
「お前、自分の立場を分かってるのか⁉」
その時、「ぐー」と誰かのお腹が鳴り響いた。
やっぱりお腹は空いているみたいだ。彼らの事情から察するに、お金がないからしばらく食べることが出来ていないんじゃないかな。
それならばと、私は懐からお財布を取り出した。
「これで、卵と鶏肉を買ってきて下さい」
「お、おう」
「調理する場所と調味料はありますか?」
「あ、あっちにあったと思うぞ。確認してくる」
「それじゃあ、他の人は私を手伝って下さい」
私の勢いに押され気味になりながら、男達は頷く。
私には攻撃力も武力もないけれど、前世の知識と料理をするスキルなら持っている。久しぶりに米料理を食べるためにも、腕によりをかけて料理をしてみせようじゃないか。
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