第16話 公爵様のビーフシチュー



更新が1日遅れてしまい、本当にすみません! 以後、気をつけます…!

――――――――――――――――――――――



「きゃーーーーーーー! ひったくりよ!」


 図書館を出ると同時に、女性の悲鳴が響いた。

 悲鳴の聞こえてきた方に目をやると、女性が地面に座り込んでいた。彼女は、私のいる場所とは反対方向を指さしている。

 彼女の指さす先には、走り去って行く男の姿があって、きっとあの男がひったくりなのだろう。


 しかし、既に遠くまで逃げてしまっているので、ここから追うことは出来そうになかった。


「大丈夫かい?」

「可哀想にね」


 近くに居合わせた人達が、その女性に声をかける。

 女性は立ち上がることが出来ないみたいなので、どこか怪我をしてしまったのかもしれない。


 「すみません」と謝りながら人をかき分けて、私は彼女の元へ近付いて行く。


「大丈夫ですか?」

「えっと‥‥‥、足を挫いてしまったみたいで、うまく立ち上がれないんです」


 彼女の右足を見ると、確かに少し腫れて赤くなっていた。これは、早く癒した方がいいだろう。


 私は手を合わせて、口を開いた。


「聖女・ジゼルの名の下に命じる。傷を癒やし、痛みを和らげよ」


 聖女の魔法を発動させると、ほわっと温かな光が彼女を包み込む。


「どうですか?」


 私が手を差し伸べると、彼女はおずおずと手を掴んで立ち上がった。彼女は足を少し動かしてから、頷く。


「い、痛くないです」

「よかった」


 無事に治ったみたいだ。犯人を捕まえるのは私には出来そうにないし、やれることはやっただろう。私は、その場を立ち去ろうとしたんだけど‥‥‥


「もしかして、聖女のジゼル様ですか?」


 その場に居合わせた、別の人から声をかけられてしまった。すると、周りの人たちもざわめき始める。


「聖女様って?」

「ジゼル様だよ。公爵家の妻の」

「俺、挨拶してもらったことある」

「私はポテチ食べたことあるわよ」


 おっと。いつの間にか、囲まれてしまった。それに、騒ぎを聞きつけた人達が集まってきている。


「すみません。急いでいるので」


 そう言って、私は急いでその場を後にした。




 公爵邸に戻ると、すぐに公爵様が出迎えてくれた。


「ジゼル! 遅かったな」

「はい、すみません。今日は晩酌の日なのに、遅くなってしまって」

「そんなことは、気にしなくていい。それより、何かあったのか?」

「実は‥‥‥」


 私は帰りがけに起きた事件について説明した。すると、公爵様は「ああ」と渋い顔をした。


「最近、多いんだよな」

「そうなんですか?」

「金銭目当ての事件が頻発しているんだ。だから、ジゼルにも気をつけて欲しい」

「分かりました」


 どうやら、ひったくりのみならず、誘拐事件も起きているらしい。


「というか、あんまり遅くなるようなら、今度から言ってくれ。俺が迎えに行く」

「え? 大丈夫ですよ」


 公爵様の手を煩わせるのは、申し訳ない。本当の妻ならともかく、私たちは契約関係なんだから、余計な迷惑をかけるわけにはいかない。そう思ったんだけど、公爵様は頑なだった。


「俺が行きたいんだ。何かあってからじゃ、遅いだろう」

「わ、分かりました」


 公爵様は心配しすぎだと思う。でも、公爵様が心配してくれて、ちょっと‥‥‥ううん。かなり、嬉しいかも。


 私は顔がにやけそうになるのを必死に抑える。


 こんな風に心配されたことってないから、新鮮だ。


 でも、馬車で移動しているし大丈夫だと思うだよね。これからは公爵様に迷惑をかけないためにも、なるべく早く帰るようにしよう。


「よし。それじゃあ、晩酌の準備は今から始めますね」

「実は、そのことなんだが‥‥‥」

「?」


 公爵様が私を手招きする。いつもの晩酌部屋に入ると、そこには湯気を立てているビーフシチューがあった。

 私は驚いて、公爵様を振り返る。


「もしかして、作って下さったんですか?!」

「ジゼルの帰りが遅くなるって聞いてたから、作ってみたんだが‥‥‥迷惑だったか?」

「まさか! 嬉しいに決まってます!」


 部屋の中には、既にビーフシチューの美味しそうな香りが充満している。食欲をそそる香りに、一気にお腹が空いてきた。


「食べてもいいですか?」

「もちろん」

「じゃあ、さっそくいただきますね!」


 トマト風味のまろやかな味わいの、どろっとしたルーに、大きくカットされたゴロゴロの野菜。柔らかい牛肉には味がしみこんでいて、噛む度にジュワッとビーフシチューのコク深い味を堪能できる。


「すごく美味しいですよ、公爵様!」

「そうか? 少し焦げている気がするし、やっぱりジゼルの作ったものの方が美味しいと思うんだが……」


 公爵様はシュンと項垂れる。その姿が可愛くて、愛しさが込みあげてきた。


「いいえ。すごく美味しいです」

「そうか?」

「何より、公爵様の気持ちが嬉しいんですよ」


 誰かが作ってくれたものは、それだけで美味しい。私のためを思ってくれたのなら、尚更。


「さあ。せっかくですし、お酒も飲みましょう!」

「いくつか酒を用意してあるぞ」

「流石、公爵様!」


 その後は、いつも通り二人で晩酌をした。公爵様の作ってくれたビーフシチューと一緒に飲むお酒は、いつもよりずっと美味しく感じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る