第14話 「昨日のことは忘れてくれないか」「嫌です」




「俺は情けない‥‥‥」


 うん。いつも通りみたいだ。


 夕方になったので、私たちは食べ歩きを終えた。そして、近くの飲み屋に入って、飲み直しを始めていた。

 そこでお酒に弱い公爵様が酔っ払って、泣き言を言い始めた。いつもの流れである。


 私はそんな公爵様を眺めながら、お酒を飲む。おつまみは、チキンステーキである。

 お肉の身には脂が乗っていて、ぷりぷりしている。少し脂っこいけれど、その分、さっぱりしたビールの喉越しが爽やかだ。


 え? あんなに食べ歩いて、まだお腹に入るのかって?

 ほら、歩いていれば、お腹空くから‥‥‥


 目の前にいる公爵様は、相変わらず酔っていて、泣き言をこぼす。


「何が情けないんですか?」

「今日は、緊張してたんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。本当は、ジゼルにもっと言いたいこともあったんだ」

「私に?」


 緊張する要素なんて、あったかな? 私と出かけるだけだし、何か特別なことなんてないはずなんだけど。

 そう思って首を傾げていると、公爵様と目が合った。


 真っ直ぐ見つめられて、思わずドキッとしていると。


「‥‥‥今日のジゼルが、かわいくて」

「は?!」


 急に、公爵様が爆弾発言を落とした。


 公爵様がいつもは言わないような言葉に、顔が一気に赤くなるのを感じた。

 しかし、そんな私の様子をお構いなしに、彼は言葉を続ける。


「なんで、今日はそんなにかわいい格好で来るんだ」

「そ‥‥‥、え、えぇ?!」


 私の動揺なんてお構いなしに、公爵様はどんどん言葉を重ねていく。


「そのワンピース、すごく似合ってる。いつもの雰囲気とは違って、ドキドキした」

「な‥‥‥」

「あと、髪もかわいいよな。いつもジゼルの黒髪は綺麗だが、一つにまとめるのも似合うって初めて知った」

「ひぇ‥‥‥」

「今日は、本当にびっくりしたんだ。急にやめて欲しい。心臓に悪い。というか、他の奴には見せたくないと思」

「ちょっと止まって下さい!」


 こっちがやめて欲しい、本当に。心臓に悪いから!


「どうしたんですか、急に」

「ずっと思ってたのに、言えなかったんだ。だから言った」

「酒の勢いに任せて?」

「ああ」


 公爵様がキリッとした表情で答える。こっちは、急な褒め殺しを受けて、それどころじゃないのに。


「あとは‥‥‥」


 まだ続けようとする彼の目の前に、慌てて水の入ったコップを置いた。


「さっさと水を飲んで下さいお願いします」

「なんでだ?」

「いいから、酔いを冷まして」


 周りからクスクスという笑い声が聞こえてくる。「仲良しね」「バカップル」という声もチラホラ。


 は、恥ずかしい。


 公爵様は、お酒を飲むと本音をこぼすタイプだったはずだ。だからこそ、心から思ってくれてる言葉なのかなって考えてしまって、恥ずかしい。恥ずかしくて仕方がない。


 というか、まだ周りからクスクスという笑い声が聞こえている。


「公爵様、帰りましょう。今すぐに」

「? 分かった」


 ということで、私たちは大急ぎで公爵邸へと戻ってきた。


 玄関ではリーリエが出迎えてくれて、彼女は意外そうに首を傾げた。


「もう帰ってきちゃったんですか?」

「う、うん」


 まだ夕方だからね。予定より、ちょっとだけ早い帰宅になってしまった。

 ちなみに、公爵様はレンドールによって寝室に連れて行かれていた。レンドールは「公爵様、回収します」と言っていたので、手慣れてらっしゃる。


「楽しかったですか?」


 リーリエに聞かれて、考える。


 今日は、食べ歩きをして、色々な店を見て回った。手を繋いで、二人で赤くなった。最後は飲み屋で飲んで、公爵様が爆弾発言を落とした。


 いつも通りなような。いつもとはちょっと違うような一日だったと思う。私にとっては、それがとても‥‥‥


「楽しかったな」


 私の答えを聞いて、リーリエが「よかったですね!」と笑う。

 こうして、公爵様とのお出かけ(デート?)が無事に終わった。





 次の日の朝。


「公爵様、今日は外に行くんですか?」

「っ、ああ」


 仕事で領地に向かう前に、玄関先で公爵様と鉢合わせた。公爵様は、私の姿を見てびくりと肩を震わせた。


「そ、そうだな。今日は、王都の方まで行ってくるつもりだ」

「そうなんですね。いってらっしゃい」


 そう言って、私は立ち去ろうとしたんだけど。


「ジゼル」

「はい?」


 公爵様から呼び止められて、振り返る。彼は悲痛な面持ちをしていた。


「勝手なお願いだと分かっているんだが」

「なんですか?」

「昨日のことは、忘れてくれないか?」

「ああー‥‥‥」


 公爵様は「あそこまで言うつもりなかったんだ」と頭を抱える。


 昨日の公爵様は、いつもだったら言わないような台詞を口にしていた。後から思い出して、恥ずかしくなってしまったのだろう。


 いつもだったら、私は「忘れます」と伝えるし、なるべく忘れる努力もする。だけど‥‥‥


「いやです」

「え?」

「絶対に忘れません」


 昨日のことだけは、絶対に忘れない。


 昨日は恥ずかしかったけど、それと同じくらい嬉しかったのだ。今までの人生で、あんまり言われたことがなかったっていうのもあるんだけど‥‥‥


 公爵様が言ってくれたのが、何よりも嬉しいって思ったから。


「ずっと覚えてますから」


 私はすぐに恥ずかしくなって、公爵様の元から去って行った。


 実はその会話をリーリエとレンドールが聞いていて、何があったのかニヤニヤと問い詰められることになるのは、すぐ後のことである。


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