第13話 食べ歩きデート
これは、果たしてデートと言ってもいいのか。
少しの気恥ずかしさを抱えながらも、私は目の前に座っている公爵様に話しかけた。
「公爵様。どこに向かってるんですか?」
「隣町だな。今の時期は、屋台が並んでるはずだから、食べ歩きでもしよう」
「食べ歩きですか!」
私は目を輝かせる。「屋台を回って食べ歩く」、なんていい響きなんだろう。何より、屋台にはビールもあると思う。
絶対に、ビールも、あると思うんだ‥‥‥!
「公爵様」
「わかってる。飲むぞ」
「はい!」
私が勢いよく返事をすると、公爵様が呆れたように笑った。
「飲んだり食べたりするのが、いつも通りで楽しいよな」
「そうですね。だけど、いつもとは違う場所だからこそ、楽しみです」
二人でクスッと笑い合う。もう先ほどまでの気恥ずかしさはなく、気安い和やかな雰囲気が流れた。
よかった。いつもの私たちの調子が戻ってきたみたいだ。
「ジゼル。今日のその格好、」
「はい?」
「‥‥‥いや、何でもない」
公爵様が首を横に振る。
やがて目的地に辿り着き、私たちは馬車から降りた。
レンガ造りの広い道の両側には、屋台がずらりと並んでいる。たくさんの人がごった返していた。
公爵様とはぐれないようにしなければ、と気を引き締める。
まず目についたのは、果物屋さんだった。何種類ものフルーツが串刺しにされていて、店の前に並べられている。
「公爵様、フルーツの串刺しがありますよ」
「食べるか?」
「食べます」
私はパイナップル、公爵様は苺の串刺しを選んだ。
パイナップルに
パイナップルの果汁がジューシーで、果実の一つ一つが瑞々しくて甘い。また、少し酸味もあって、それが美味しさを倍増させていた。
「公爵様。よかったら、一個ずつ交換しませんか?」
「ああ、いいよ」
パイナップルと交換で、公爵様の苺を一つもらう。
「果肉が、果肉が甘くて美味しいですね‥‥‥!」
「うん。パイナップルも瑞々しくて、食べ応えがあるな」
次に立ち寄ったのは、串焼きの店だ。お肉のにおいに惹かれてフラフラ近づくと、メニューに「ビール」の文字があったのだ。
「公爵様、ビールがありましたよ」
「分かった分かった」
串焼き屋には、鶏肉だけを串刺しにしたもの、野菜だけを串刺しにしたもの、両方を串刺しにしたものがあった。
私たちは、ネギと鶏肉を串刺しにしたものを選び、ビールも合わせて注文する。そして、店前のテーブルについた。
さっそく、串焼きにかみつく。鶏肉のぷりっとした食感に、ネギのとろっとした甘み。
味付けは塩胡椒のみだったが、その粗野な味付けが屋台の醍醐味で、これが最高に美味しいのだ。
青空の下で、心地よい風に吹かれながら、冷たいビールを飲む。
「ん〜〜っ、美味しいですね」
ビールの喉越しがよくて、多幸感に包まれる。ここに辿り着くまでに歩いたこともあって、ビールの冷たさが身にしみて美味しい。
「こうして外で飲むのも、またいいな」
「そうですね。気持ちいいです」
のんびりと時間が過ぎるような感覚に、ほっと息を吐く。今までは家で飲むことが多かったけど、空の下で飲むのも楽しいんだな。
「いつか、みんなでお花見とかしたいですね」
「お花見?」
「はい。ピクニックみたいなものなんですけど‥‥‥」
私は公爵様に、「お花見」とは何かを説明した。花の木の下に集まって、飲んだり食べたりすることで、とても楽しいものだと。
この世界に桜はないから、別の花になりそうだけどね。
「楽しそうだな。次は一緒にそれをやるか」
「はい。やってみたいです」
その時は、何を用意しようかな。きっと、手軽に食べられる物がいいよね。今から、色々と考えておこう。
ほろ酔い気分になったところで、次に立ち寄るのは、ワッフル店だ。もう既にお腹は膨れていたいたけど、甘い物は別腹だからね。
ワッフルにはアイスを挟めるようで、多様なフレーバーが並べられていた。
「色々ありますね。公爵様は、どれにしますか?」
「俺はチョコレートにする。ジゼルは?」
「私はイチゴのアイスにします。さっき食べた苺が忘れられなくて‥‥‥」
購入後、さっそくアイスクリームを挟んだワッフルに、かぶりつく。
ふわふわのワッフルは、まだほんのり温かくて、じわっとアイスが溶け出す。
ワッフルに乗った砂糖のザクザク食感も、いいアクセントになっていた。
「ん〜、美味しいですね」
「うん。甘すぎるかもと思ったが、ワッフルがさっぱりしているから、全然食べられるな」
公爵様の言うとおり、ワッフルの生地が甘ったるくない。ペロリとすぐに食べ終えてしまった。
「そういえば、私って
「そうなのか?」
公爵様が意外そうに目を見開く。
「はい。私は基本、おつまみになるものしか作らないので」
「ああ‥‥‥」
そもそも、よりお酒を美味しく飲みたくて、おつまみ作りを始めたんだよね。そして、基本的に、お酒に合うおつまみは塩辛いものだ。
別に甘いものも好きなんだけど、お酒に合うかと言われるとちょっと‥‥‥ってなってしまう。だから、必然的に甘い物を作る優先度が低くなってしまっていたのだ。
その後も、私たちは屋台を見て回った。
食べ物以外を売っている屋台もあって、すごく興味深かった。色とりどりの布やアクセサリー、武器や古本を売っている屋台もあった。中には、怪しげな骨董品を売っている店もあって、道に並んでいる屋台は多種多様だ。
私は調味料、公爵様は武器や古本屋を嬉々として覗き込んだ。公爵様、前に読書とか剣の技術を磨くことが趣味って話してたもんね。
ブラブラ歩いていると、とある屋台の主から話しかけられた。
「お嬢ちゃん、うちで買っていかないかい?」
「何を売ってるんですか?」
「ポテチだよ!」
思わず、すんと真顔になってしまった。もう、ジャガイモはたくさん食べたから‥‥‥
「実は、聖女様が考案したとかで、密かに人気になっていてね」
「そうなんですか?」
「ああ。そもそも聖女様自体が有名だからね。考案されたポテチも、これから売れるだろうよ」
「‥‥‥」
そう言われて、目を瞬かせる。私はコソコソと公爵様に話しかけた。
「本当なんですか?」
「知らなかったのか? 公爵領の瘴気問題の解決、孤児院で新しい催しを始めたとかで、ちょっとした有名人になっているぞ」
「そ、そうなんですね‥‥‥」
前者は聖女の力を使っただけだし、後者は前世の知識を借りただけだから、少し後ろめたさを感じる。
話しかけてくれた店主に、購入を丁重に断ってから、私たちは再び歩き始めた。
「それにしても、すごい栄えてますね」
「ああ。他国からの輸入品を扱ってる店が多いからな。それを求める人で、賑わっているんだ」
「そうなんですね」
「気になる場所があったら、言ってくれ」
「はい!」
道は人で溢れかえっている。目に入る屋台には珍しいものを売っているところも多くて、どうしても目移りしてしまう。
キョロキョロしながら歩いていると、ふと目に止まる店があった。
「あれ?」
そこはどこにでもあるような普通のフラワーショップだ。でも、その中には見覚えのある花があったのだ。
「あれって、桜の盆栽‥‥‥?」
その花は、前世に見ていた「桜」と合致する気がする気がする。でも、この世界に桜なんて、あるのかな?
「わっ」
「おっと、失礼」
気を取られていると、前方から歩いてきた人とぶつかってしまった。そして、そのまま人の波に攫われてしまった。
「ジゼル!」
公爵様の声が人混みの向こう側から聞こえてくる。公爵様と歩いていた道に戻ろうとしても、上手く前に進めない。
いけない。このままだと公爵様とはぐれてしまう。そう思って焦っていると、人混みの向こう側から、公爵様の手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
「こっちだ」
そして、そのまま人がいない裏道へと引っ張って連れ出してくれた。
人がいない場所で、ホッと息を吐く。
「すみません‥‥‥」
「大丈夫だ。この人混みだし、気にするな」
人が沢山いるから、気をつけようと思っていたのに、情けない。申し訳なさで落ち込んでいると、気づいた。
私たちが手を繋いでいるということに。
「す、すみません」
「いや、俺の方こそ」
私たちは慌てて手を離す。
心臓がドクドクと早鐘を打っている。びっくりした。本当にびっくりした。だけど、まったく嫌な感じはしなくて、むしろ‥‥‥
「ジゼル」
「はい?」
彼は、再び手を差し出してきた。
「やっぱり、はぐれると危ない。つないでおくか?」
私は、おずおずとその手を握った。
「つ、つなぎます」
「行くぞ」
「はい」
公爵様が私の手を引く。少し後ろから見上げると、彼の耳はわずかに赤くなっていた。
「今日は、空が青いな」
「そうですね。青いです」
上手く言葉が出てこない。公爵様の言った言葉に対して、なんとか返事するのが精一杯。
馬車に乗っていた時は、いつもの私たちの調子が戻ってきたって思ったけど‥‥‥。
やっぱり、いつもとはまったく違うみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます