第11話 あたたかいおでんを、一緒に
子ども達におでんを振る舞い、ポテチ販売は無事に終了した。
ポテチの売り上げは、上々。評判もよかったので、これからも孤児院で開催することになるそうだ。
そして、ポテチ販売には、これからもジャガイモが必要になる。そのため、私は豊穣の祈りを続けることになった。
孤児院への視察もこれで終了。私は引き続き領地を回りつつ、時々孤児院の様子を見に行くだけになりそうだ。
名残惜しい気持ちを抱えながらも、子ども達とお別れをした。
こうして約二週間に渡る視察を終えて、私たちは公爵邸へと戻った。
そして、公爵様と晩酌をするためにビールを注いで、グラスを掲げた。
「それでは、お疲れ様でしたー! 乾杯!」
「乾杯」
二人でグラスをぶつけて、互いを称え合う。
おでんを振る舞っている間我慢していたお酒を、ようやく飲める。ゴクゴクと喉を鳴らしながら、さっそくビールを飲み干していく。
そして、グラスをテーブルの上に置いて息を吐いた。
「くぅぅぅ、おいしいっ」
今日は販売のために動き回っていたので、疲れた身体にビールが沁みる。
アルコールが注入されて、ほわほわと楽しい気分になってきた。
「公爵様。おでんも食べましょう!」
「ああ」
子ども達に振る舞った、おでんの残り。これを温め直して、お酒のおつまみにするのだ。
まずは、大根。
はふはふと
大根におでんの旨味が、ずっしりしみ込んでいる。
「おいひ〜っ」
次は、卵だ。おでんのつゆが浸った、しっとりと柔らかい黄身を味わう。
そして、ごぼう巻きや牛すじ、豆腐も食べていく。
「でも、やっぱり大根が一番美味しいんですよねぇ」
「だが、ごぼう巻きも美味しいぞ」
「それ、イアン様も好きって言ってました」
「確かに、アイツも好きそうだな」
二人でおでんの美味しさを語り合う。おでんの温かさがほっと心に沁みて、自然と会話も弾む。
「おでんは、本当に美味しいな。いつ食べても、ホッとする」
「そういえば、おでんを一緒に食べるのは、二回目でしたね」
「そうだな」
あれは、瘴気の原因が判明したばかりの頃。温かい食べ物は元気になるからと、公爵様と一緒におでんを食べた。
今回も、子ども達に温かい物を食べて欲しくて、おでんを作ったのだ。
「あの時よりも具材が豊富だよな?」
「実は、あれから密かに開発を進めてたんですよね」
前に食べたおでんが美味しかったから、あれから何度もおでんの具材を作るための研究を重ねていた。
ちくわには魚のすり身を使ったり、がんもには豆腐を使ったりして、試行錯誤を重ねていった。
正直に言うと、かなり手間がかかった。だからこそ、こういう特別な時におでんを提供したかったのだ。
そんな話をしながらビールを片手におでんを食べていると、はんぺんを口にした公爵様が、目を見開いた。
「はんぺんって、本当にふわふわしてるんだな‥‥‥」
「そうですよ。ふわふわで美味しいんですよ」
公爵様は、はんぺんのやわらかさに感動していた。というのも、子どもから「はんぺんってふわふわなんだよ!」と力説されて気になっていたらしい。
「公爵様は、だんだん子どもと仲良くなれましたよね」
「そうだな。最初は怖がられていたが、何回か話しているうちに、なんとか打ち解けられたよ」
「公爵様が優しいから、それが子ども達にも伝わったんですよ」
「ジゼルがそう言ってくれるから、俺も救われるよ。俺は“冷徹”だって怖がられがちだからな」
公爵様は、少し目つきが鋭いけれど、本当は優しい人だ。それは話していれば、すぐに分かる。なのに、“冷徹公爵”と呼ばれている。
イアンが『アベラルドが“冷徹”って呼ばれるのにも、色々と事情があってね』と言っていた。
今まで、公爵様が“冷徹”って呼ばれている理由を深く考えたことはなかったけれど、事情を聞いてもいいかな。
私は意を決して口を開いた。
「公爵様は、なんで“冷徹”なんて呼ばれているんですか?」
「それは‥‥‥。あまり聞いても気持ちのいいものじゃないぞ」
「公爵様が嫌じゃなければ、私は知りたいです」
私は公爵様のことを全然知らない。けれど、イアンに言われて、私は公爵様と“一緒にいたい”んだと気づいた。一緒にいたいなら、知っておくべきなんじゃないかなって思ったんだ。
公爵様はしばらく迷った後、口を開いた。
「“冷徹公爵”と呼ばれるようになったのは、俺が父親を引きずり下ろして、当主になったからだ」
「‥‥‥」
そして、彼の過去をとつとつと語り始めた。
公爵様の父親であり、イーサン公爵家の前当主。彼は、平たく言うと、最低な領主だったらしい。
領民に重い税金を課して横柄な態度を取り続け、取引先との癒着もしていた。
公爵様は、ずっと、その在り方を疑問に思っていた。だから、実の父を失脚させて、当主の座についた。
当主になってからは、税金を軽くして、前当主と裏で繋がっていた取引先とは取り引きを中止にしていった。
しかし、それを気に入らなかった前代の当主が、公爵様のことを悪く言いふらし始めた。
自分が権力を得るために、血のつながった親すら無慈悲に切り落とす“冷徹”な人間だ、と。
前代当主によって利益を得ていた人達は、その噂を積極的に流し、いつしか“冷徹公爵”と呼ばれるようになっていってしまったのだ。
「その噂を信じている人間はたくさんいて、今でも俺を怖がっているんだ」
「そんな噂を信じる人なんているんですか?」
「前当主の息子だというイメージも強いから。それに目つきが鋭いのも相まってな。でも、その噂は間違ってないんじゃないかと思う」
「え?」
「俺は冷徹な人間にならないよう気をつけている。でも、その噂通りの人間になる可能性はあるだろう」
「そんなこと‥‥‥」
「俺は前当主の息子だ。血が繋がっているんだ。いつかあの親と同じことをするようになる可能性だって‥‥‥むぐっ?!」
私は公爵様の口にはんぺんを突っ込んだ。ふわふわのはんぺんを、容赦なく。もちろん、火傷しないように冷ましてあるやつをだけど。
「ジゼル‥‥‥?」
「おでん、ホッとしますよね?」
「あ、ああ」
「私も公爵様といるとホッとします」
公爵様と一緒に飲む時は楽しくて、仕事をする時は頼もしい。
だから、これからもずっと一緒にいたいと思うんだ。
「私は、公爵様が優しいってことを知ってます。レンドール君もリーリエも、イアン様も知ってます。誰がなんと言おうと、公爵様は優しい人です」
「‥‥‥」
「それだけで、十分じゃないですか?」
「……ああ。そうだな」
公爵様がくしゃりと嬉しそうに笑う。
「ありがとう。俺はいつも君に救われてるな」
「そうですか? 私もいつも助けてもらってますよ」
私もかつては“聖女は贅沢ばかりしている”って教会に嘘の情報を流されていた。それでも、公爵様は私のことを信じてくれた。
それに、困っているときは、いつだって助けてくれる。欲しい言葉をくれる。
だから、私も同じ気持ちを、公爵様に返しているだけのことだ。
そう思ったんだけど、公爵様は首を横に振った。
「いや、俺の方がずっと、ジゼルの存在に助けられてるんだ」
びっくりして、顔を上げると、公爵様は優しい表情で私を見つめていた。
真剣な言葉と表情に、どきりと胸が鳴った。
「今度、二人でどこかに出かけないか?」
私が一人で顔を赤くしていると、ふいに公爵様が提案をしてきた。
「いつものお礼に、今日はどこかに誘いたいと考えてたんだ。……どうだ?」
「それは、前に飲み放題の店に行ったみたいな感じですか?」
「いや‥‥‥」
彼は首を横に振った。彼の耳が赤くなっているのが見えた。
「昼から下町で店を見たり、夜は酒を飲んでもいいし‥‥‥」
「行きたいです」
気づけば、自然とそう答えていた。
あとになって、気づいた。男女が買い物に出かけて、食事もする。
これってデートなのでは‥‥‥?!
―――――――――――――――――――――
デートに誘った公爵様(めっっっっっちゃ緊張した‥‥‥)
脳内イアン「どうせなら、デートって言えよ〜!」
別キャラ視点の「幕間」を一度挟んだ後、再来週からデート回です。
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