幕間 サシ飲み(イアン視点)
俺の名前はイアン。ヴァロワ侯爵家の三男で、商会の会長をやっている。
今、俺は幼なじみであるアベラルドの家に滞在していた。滞在理由は、恋人に家を追い出されちゃって帰る場所がないから。
そして、今日はアベラルドと二人で久しぶりに飲むことになった。
俺たちはビールを酌み交わして、グラスをぶつけた。
「それじゃ、乾杯」
「乾杯」
ビールを飲み干して、息を吐く。
「はぁーっ、やっぱ働いた後の一杯は最高だね」
「そうだな」
ここ一週間は、商会の仕事をしたり孤児院に顔を出したりと、日程管理が大変だった。色んな人と会うのが楽しくて、ついつい予定をつめすぎてしまったのだ。気をつけないとね。
「それにしても、ジゼルちゃんはしっかりしてるね」
酒の飲み方について、アベラルドを注意していたジゼルちゃんの姿を思い出す。
あんな風に本気で心配して叱ってくれる相手なんて、アベラルドにはほとんどいなかったから、少し意外だった。
アベラルドは嬉しそうにクスッと笑う。
「そうだな。ジゼルには頭が上がらないよ」
「彼女、いい子だよね。しっかり自分の考えを持ってるし、一生懸命だし」
「本当にな」
そもそも公爵家には敵が多すぎて、信用できる人が少ない。だから、アベラルドにとって彼女の存在がどれだけ貴重か計り知れない。
「ジゼルちゃんみたいな子が公爵家にきてくれて、本当によかった」
「ああ。イアンの言う通りだな」
「たまには、デートとか連れて行きなよ。大事にしないと、追い出されちゃうよ?」
「イアンみたいにか?」
「そうそう! 俺みたいにね……って、傷口がえぐられる!」
得意のノリツッコミに、アベラルドが笑う。
「デートとは違うが、イアンが勧めてくれた飲み放題の店には行ったことはある」
「ああ、あれね」
数ヶ月前、まだ瘴気の原因解明が進んでなかった頃のこと。
急にアベラルドが「結婚相手の喜びそうな飲み屋を教えて欲しい」と相談してきたのだ。
あの時は驚いた。
まさかアベラルドから、女の子について相談されるとは思わなかったからだ。
今まで俺がいくら女遊びに誘っても、なびかなかったのに!
あのアベラルドが女の子のことを相談してくるなんて……!
俺は感動して、数十件の飲み屋の候補を挙げた。そして、数時間に渡るプレゼンテーションを行った。最後の方はアベラルドの顔が死んでたな〜。
「結局、ジゼルちゃんと一緒に行ってきたの?」
「ああ、飲み放題に喜んでた。イアンが教えてくれたおかげだな。ありがとう」
「いえいえ〜」
俺は候補を教えただけだ。実際に候補の中から選んで連れて行ったのは、アベラルドだしね。
「またデートに行きなよ」
「デート……」
「そうそう」
「ジゼルにそのつもりはないから、デートにはならないと思う」
「そっか」
多分、二人は契約結婚なんだと思う。
はっきり言われたわけじゃないけど、なんとなく察していた。
二人の距離感は、夫婦や恋人のものではない。せいぜい上司と部下、もしくは友達。
公爵家が瘴気の問題を抱えていたことや、彼女が聖女ということも踏まえれば、二人が契約結婚であることは容易に想像がついた。
でも、二人がお互いを意識しているのは確かだし、どうにかして進展させたいんだけど。
外野があれこれ言うことじゃないんだよね。
「まあ、仕方な……」
「だけど、今度誘ってみようと思う」
驚いてアベラルドを見ると、彼は顔を赤くしていた。こんなアベラルド見たことがない。
へえええええ、そんな顔も出来るんだ。ふーーん。
「なに、ニヤニヤしてるんだ?」
「べっつに〜。それより、頑張って誘えよ」
「どこがいいと思う?」
「自分で考えなよ。ジゼルちゃんの好きそうな場所」
「飲み屋」
「即答じゃん。……せっかくなら、別の場所にしたら?」
アベラルドは「やっぱり酒の飲める店がいいよな。しかし……」と考え始めた。
一人の女の子のことを真剣に考えて、一喜一憂してる。そんな彼の姿を見て、俺はクスッと笑った。
本当に、アベラルドのこんな姿を見れると思ってなかった。
“冷徹公爵”と呼ばれて、社交界で心を閉ざしている姿を知っている身としては、彼の人間らしい姿が嬉しい。
たとえ契約でも、ジゼルちゃんがアベラルドと結婚してくれて、本当によかった。
「よし、今日は祝い酒だね。たくさん飲むよ」
「ほどほどにな。ほどほどに」
そう言いつつ、俺たちは飲んだ。
調子に乗って、かなり飲んでしまった。お願いだから忘れて下さいとジゼルちゃんに頭を下げることになったのは、次の日のことである。
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