第10話 あたたかいおでんを、みんなで
「ポテチいかがですかー?」
「お安いですよー!」
子ども達の元気な声が響く。今日は待ちに待ったポテチ販売日である。
子ども達の姿を見て買ってくれる人。
この販売をチラシで知って、来てくれた人。
販売所は、たくさんの人が集まって賑わっていた。
イアンのお得意さんである貴族が来た時は、一気に数十袋のポテチを買ってくれた。それを見て、子ども達は嬉しそうに歓声をあげていた。
午後になると、ポテチの評判を聞きつけて買いに来た人もいて、私たちは終始めまぐるしく動いていた。
そして、日が沈みかけた頃。
「ポテチを一袋くださいな」
「はい。お買い上げ、ありがとうございまーす!」
ついに、最後の一袋を売り切ることができた。
「じゃあ、これで完売でーす!」
その瞬間、ワッと歓声が上がる。
予定していた時間より、大幅に早く販売が終わらせることが出来た。もちろん、売り上げは黒字。
この結果は、やっぱり子ども達が頑張ったおかげだと思う。
ということで。こっそりサプライズで、美味しいものを用意しておきました。
「みんな、ご褒美のご飯だよー!」
私が大きな鍋を持って行くと、子ども達は興味津々に覗き込んだ。
「これはなにー?」
「美味しそうなにおいがする〜」
「湯気が出てるよ〜」
私は一番大きなテーブルにおでんを置いて、言った。
「これはね、おでんって言うんだよ」
「おでん!!」
子ども達が目を輝かせる。
大根・はんぺん・がんも・たまご・ちくわなどの定番の具材から、ごぼう巻き・牛すじまで揃えている。
ほわっと湯気が漂って、思わずおでんの香りに食欲をそそられてしまう。
ああ、美味しそう。
食べたいし、飲みたい‥‥‥けど、子ども達のために我慢だ。
「一人、五個ずつ選んでね」
一人一人に気になる具材を聞いて、お椀によそってあげる。
「はんぺん、ふわふわしてるよ」
「がんも、うめぇ〜」
「あつあつの大根‥‥‥!」
みんなで身を寄せ合いながら、思い思いにおでんを頬張っていた。
「あれ、ジャガイモが入ってるよ?」
「あれ、俺のにも入ってる」
「私のにも!」
そんな言葉が聞こえてきて、ぎくりとした。実は、まだ少しジャガイモが余っていたから、おでんの中にこっそり入れちゃったんだよね。
関西地域では、おでんにジャガイモを入れる文化があるから、セーフなはず。セーフであって欲しい‥‥‥!
ジャガイモに気づいた子は、首を傾げる。
「なんで、こんなに沢山入ってるんだろう」
「きっと、まだ消費しきれてないんだよ」
「聖女さま、大変そうだったもんね」
「可哀想だから、指摘しないであげよう」
子ども達は「うんうん」と頷き合って、それ以上の追求をやめていた。
うっ、子ども達に気を使われてしまった。これはセーフじゃないかも‥‥‥?
謎の罪悪感に苛まされていると、私の元にリーリエとレンドールがやって来た。今回の販売には二人も手伝ってくれていたのだ。
「ジゼルさま〜、私たちの分もありますか?」
「今回はちゃんと作っておいたよ」
「わーい!」
「いただきますね」
二人は鍋の前に並んで、選ぶ具材を吟味し始めた。
「リーリエ姉さん。がんもが美味しそうですよ」
「うーん。でも、はんぺんは食べてみたいしなぁ」
二人は悩んだ末に、三つの具材を選んでいた。結局、がんもとはんぺんは、半分こすることにしたらしい。本当に二人は仲が良いなあ。
「ジゼルちゃん、やっほ~」
「お疲れ様です」
そこへイアンがやって来た。今日一日手伝ってくれていた彼も、おでんを食べに来たみたいだ。彼は、迷わず大根やごぼう巻きを取って、
「これ美味しいね。俺は、ごぼう巻きが好きかも」
「渋いですね〜」
「そうだ。俺、今日で家に戻るね」
「彼女さんは大丈夫なんですか?」
「実は、今日の販売に、彼女が来てくれてたんだよね。子ども達と接してるのを見たら、許す気になったって」
「それは、よかったですね!」
「長い間、居座っちゃってごめんね」
いえいえ、と首を横に振る。公爵邸は広いから人が増えてもまったくストレスに感じなかったし、大して気にしてない。何より、今回の孤児院の販売には沢山助けてもらったからね。
それにしても仲直りできたなら、よかった。
「アベラルドにもよろしく伝えておいて。寂しくなったら、すぐ連絡しろよって」
「あはは。はい、分かりました」
公爵様は、今、院長院の院長先生と話しているところだ。今日の反省点とか、今後の孤児院経営について話し合っているのだろう。
「本当にアイツのこと、よろしくね。俺と違って抱え込むタイプだし、責任感の塊みたいな奴だから」
イアンは「本当に、俺とは正反対な奴」とため息を吐く。二人は似ていない。それは最初にイアンと会った時には、確かにそう感じていた。けれど‥‥‥
「お二人は似てますよ」
「そう?」
「はい。優しいところとか。あとは、お酒の酔い方がすごく‥‥‥」
「あはは。それは忘れて下さいお願いします」
飲みすぎて号泣してしまったことは、彼にとっても消したい過去らしい。忘れてあげよう。
「じゃ、また来るよ」
「はい。また、いつでも公爵様に会いに来てください」
彼を見送っていると、後ろから肩をつつかれた。
「聖女サマ、おつかれ!」
そこには、かつて授業をボイコットしていた男の子の姿があった。
今回の販売に誰よりも乗り気だった彼は、目をキラキラさせて私に話しかける。
「俺、勉強がんばることにした!」
「本当?」
「うん。今回のことでよく分かったんだ。勉強が必要なんだって。読み書きや計算もできないと、ろくに商売すらできないだろう」
「そうだね。じゃあ、院長先生の言うことをよく聞くんだよ。友達とも仲良くね」
「わかった!」
彼は嬉しそうに目を細めて、友達の元へと去って行く。その後ろ姿に手を振っていたんだけど。
「あと、頑張った後のあったかいご飯って美味しいんだな! 俺、初めて知ったよ」
彼は嬉しそうに笑いながら、大きく手を振ってくれた。
私の作った料理で、そう思ってくれたのは嬉しい。作ってよかったなと思う。
でも‥‥‥
でも、頑張った後のお酒はもっと美味しいからね‥‥‥!
「今、酒のこと考えていただろう」
突然、公爵様から声をかけられて、私はびっくりした。どうやら、院長先生との話し合いが終わって、戻って来たらしい。
「か、考えてませんよ?」
「声が裏返ってるぞ」
「あはは‥‥‥」
なぜ、バレた?
けど、私だって最近は、公爵様の考えていることが分かる時が増えた。やっぱり、長い時間を一緒に過ごしてるからかな。
「ジゼル」
「はい?」
公爵様が改めて私の名前を呼んだ。
どうしてだろうか。公爵様の表情は優しいんだけど、どこか緊張しているような気がする。
「あとでおでんを食べながら、ゆっくり飲まないか?」
「分かりました」
私も少しだけ緊張しながら、コクリと頷いた。
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