第9話 結局、二人は似た者同士





 私の考えた「ポテチ販売計画」が通ったので、少しずつ準備を始めていた。


 孤児院の子供たちのほとんどが参加を決めたので、孤児院では販売のための準備に大忙しだ。


 上級生たちはポテチの作り方を学び、下級生たちはポスター作りに励んでいる。

 みんなで力を合わせて一つのものを作り上げていく姿を見ていると、前世の文化祭を思い出す。


「ジゼルさま、こっちに来てください」

「はーい」


 子どもに呼びかけられて、私はポテチを作っている子達の様子を見に行く。


「そろそろ揚がりましたか?」

「うーん。もうちょっと待ってね」

「聖女様、指切っちゃいましたぁ‥‥‥」

「じゃあ、すぐに癒すね」


 子供たちが揚げているポテチの様子を見つつ、包丁で少し指先を切ってしまった子を聖女の力で癒す。すると、子供たちから歓声が上がった。


「おぉー、本物の聖女だ」

「そうだよ。でも、いつも私がいるわけじゃないから、今度から気をつけて包丁を使うんだよ」

「はーい」


 こんな調子で、子ども達の監督&面倒を見ていた。

 一方の公爵様やレンドールは、ポスター班の面倒を見ている。話しかけると幼い子達から怖がられたりするので、二人で遠くから監督しているそうだ。

 この間の晩酌で、公爵様がちょっと泣いてた。


 そして‥‥‥


「なあ、イアン。ポテチを売りに行く場所の案なんだけど」

「イアン様、ね。‥‥‥お、なかなかいい場所出してくれたじゃん」

「しょっちゅう孤児院抜け出してるから、土地勘あるんだよ」

「こら、ほどほどにしておきなよ」


 前回、自室に立て籠ってしまった男の子とイアンが話している。彼は「働きたい」と言っていただけあって、ポテチ販売に積極的に関わっていた。

 特に、商人の立場でアドバイスをしてくれるイアンのことを慕っていて、このように二人で話しかける姿を見かけることが多い。


 彼らの姿を見ていると、私の視線に気づいたイアンが手を上げた。


「おー、ジゼルちゃん。調子はどう?」

「元気ですよ。イアン様は?」

「元気元気! 楽しいからね!」


 イアンは子供が好きなので、この計画にも乗り気だった。商会の仕事の合間を見て、こちらに手伝いに来てくれているくらいだ。


 本来の仕事は大丈夫なのかと聞いたことがあるんだけど‥‥‥


『部下が優秀だから、大丈夫。なにより、こうして公爵家に恩を売っておいた方が商会にとってメリットがあるからね』


 と言ってウィンクをしていたから、問題ないのだろう。


 イアンは話していた子と別れて、私の元に駆け寄ってきた。


「販売日は今週末だったよね。彼らと相談しながら、少しずつ詳細が決まってきてるよ」

「分かりました。あとは、しっかり売れるかどうかですよね‥‥‥」


 たとえ売れなくても、公爵家で材料費などはまかなうつもりだ。

 けれど、せっかくならポテチを売り切って、子供達に成功体験を積ませてあげたいと思っている。


「大丈夫。俺の見立てだと、すぐに売り切れちゃうと思うよ」

「そうですか?」

「うん。ポテチはもちろん、それを孤児院で売ることも珍しい取り組みだからね。注目している人は多いはずだよ」


 確かに、孤児院で子供たちが食品を販売するのは、初めての取り組みだろう。


「俺の商会でお得意さんに宣伝してみたけど、反応よかったし、買い占めてくれる人もいるんじゃないかなぁ」

「そこまでしてくれたんですか?!」

「せっかく協力するなら、成功させたいしね」


 そして、イアンは遠い目をした。


「あと、まだ公爵家に泊めてもらいたいからね‥‥‥」

「ああ‥‥‥」


 彼は未だに公爵家に泊まっていた。

 同棲している恋人が、家に戻ることを許してくれないらしい。一体何をしちゃったんだろう。


 けれど、彼はヴァロワ侯爵家の三男だったはずだ。そっちには、帰らないのだろうか?


「イアン様は、ご実家には帰らないんですか?」

「うーん。俺は実家を飛び出して商売始めたから、ちょっと家には帰りづらいんだよね」


 彼は気まずそうに頬をかく。貴族だからこそ、色々なしがらみがあるのだろう。


「言いづらいことを聞いてしまって、すみません」

「いやいや。仲が悪くなったわけじゃないから、そんなに深刻じゃないよ。それより、アベラルドの方が‥‥‥」

「公爵様?」


 急に公爵様の名前が出てくるとは思わず、驚いた。私が聞き返すと、彼は曖昧に頷いた。


「三男の俺と違って、公爵家の当主として背負うものが大きいから、大変なんじゃないかな」

「そうなんですか?」

「アイツが“冷徹公爵”って呼ばれているのを知ってるよね?」

「はい。知ってます」

「アベラルドには敵が多いから、そう呼ばれているのにも色々と複雑な事情があってね‥‥‥」


 イアンは言葉を濁す。肝心なところは教えるつもりがないらしい。


「ジゼルちゃんは、アベラルドのことを冷徹だって思う?」

「まったく思いません」


 公爵様と過ごした時間はまだまだ短いし、知らないことも多い。


 けど、大司教に脅された時に迷わず手を差し伸べてくれたり、過去のことで悩んでいることに気づいてくれたり‥‥‥。公爵様は、この短い期間の間でたくさん助けてくれた。私は、公爵様のことを優しい人だと思っている。


「だよね。俺もそう思う。だけど、俺は友達ってだけで、アイツの苦労までは背負えないからさ。ジゼルちゃんがいてくれて、嬉しいんだ」

「‥‥‥」

「勝手かもしれないけど、これからも側にいてあげて欲しい」


 私と公爵様は、契約上の関係だ。本当の夫婦ではない。でも、公爵様と仕事をする時は頼もしくて、一緒に飲む時は楽しい。


 できることなら、私だってずっと一緒にいたい。


「そうですね。そばにいますよ」

「うん。ありがと」


 イアンは心底嬉しそうに笑った。


「よーし! じゃあ、我が友人が困っていないか、ちょっと様子を見てくるよ!」

「あはは」


 明るく陽気に、イアンは公爵様の元へと向かっていく。


 本当に、イアンと公爵様は正反対の性格だ。でも、だからこそ仲がよくて、二人で励まし合っているんだろうな。





 販売の計画が着々と進んでいた、ある日のこと。イアンが公爵様の肩に腕を回して、提案した。


「よし。アベラルド、今日は飲もう!」

「急にどうしたんだ?」

「明日は特に予定ないだろう? なら、サシ飲みしよう」

「仕方ないな」


 と言いつつ、公爵様も嬉しそうだ。


 しかし、イアンが大量の酒瓶を持っているので、公爵様が飲みすぎてしまわないか心配だ。


 水を差すのは悪いかなと思いつつも、私は公爵様に声をかけた。


「公爵様、飲みすぎないようにして下さいね」

「ああ、大丈夫だ。友人に醜態を晒すわけにはいかないからな。気をつけるよ」

「私は基本的に公爵様のことを信頼しているんですけど、その言葉だけは信用してません」

「そんな」


 今まででフラグを立てて回収しなかった公爵様がいたか? いや、いない。


 私には、公爵様が酔っ払う未来がはっきり見える。


 私が公爵様にお酒の飲み方の注意をしていると、イアンが「まあまあ」と私達の間に割って入った。


「大丈夫だよ、ジゼルちゃん。俺もついてるし、アベラルドの面倒は俺が見ておくから」

「本当ですか?」

「うん。俺は絶対に酔わないし、任せておいて!」









 1時間後。

 やっぱり様子が気になったので、私は公爵様とイアンが飲んでいる部屋の様子を見ることにした。


 彼らが飲んでいる部屋の前にたどり着くと、すすり泣く声が聞こえてきた。やっぱり、公爵様が飲みすぎてしまったみたいだ。


 ノックしてから、扉を開ける。


「公爵様、また飲みすぎー‥‥‥」

「うっ、うぅ‥‥‥っ! あべらるどぉぉっ、おまえっ、よかったなぁっ」


 え、誰? 



 扉を開けて目に飛び込んできたのは、号泣している男性だ。


 その男性は、イアンに見える。確かにイアンに見えるんだけど、私の知っている陽気な彼とは少し‥‥‥いや、かなり違うような?


「あべらるどがいい子を嫁をもらって、本当に‥‥‥っ、本当によ゛か゛った゛っ」

「イアンの言う通りだよ。俺にはもったいないくらいだ。うぅ‥‥‥」


 イアンの横で、公爵様も泣きながら弱音を吐いている。こっちはこっちで通常運転だ。


「おまえが幸せそうになれそうで、俺は嬉しい」

「ありがとう、ありがとう‥‥‥」

「それに比べて、俺は恋人に追い出された。なんて情けないんだ。うぅっ」

「そんなことない。イアンはいつも明るくてすごいよ。俺の方がぜんぜんダメで‥‥‥」


 ぐすんぐすんとすすり泣く声が部屋の中に響く。



 成人済みの男性二人が、ひたすら泣き続けている、恐怖‥‥‥





 私は、そっと扉を閉めた。

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