第7話 本音





 さて。無事にポテト・パーティーが終わり、かなりのジャガイモを消費できた。


 しかし、まだまだ沢山のジャガイモが公爵家内に余っている。


 公爵家内では「ジャガイモ料理に飽きてきた」という声が聞こえているし、これは本格的に別の対策を考えた方がよさそうだ。


 やっぱり、イアンに相談して商売でも始めた方がいいのかな‥‥‥? うーん。


「ジゼル、何か悩んでいるのか?」


 私が黙って考え込んでいると、公爵様が声をかけてくれた。隣でレンドールも心配そうに、こちらを見ている。


「いえ、大丈夫です。それより、もうすぐ孤児院に着きますね」

「ああ、そうだな」


 現在、私たちは再び孤児院へと馬車で移動中だった。

 今は、ジャガイモの消費のことではなく、孤児院の子ども達が授業に集中するための対策を考えなくてはならない。


 今回は、公爵様と話し合いの末、既製品のクッキーを持ってくることにした。これで子ども達が喜んでくれるといいな。



 孤児院にたどり着いて、さっそく私たちは子ども達のいる教室へと向おうとしたんだけど‥‥‥


「なんか、忙しそうですね?」

「そうだな。何かあったのかもしれない」


 孤児院内で、職員の人たちが慌ただしく駆け回っている。

 そこで、通りかかった職員に声をかけてみた。


「あの、何かあったんですか?」

「公爵様、ジゼル様! 実は‥‥‥」


 その人によると、「あんな女の菓子なんかじゃ、やる気なんか出ねーよ」と言っていた男の子が自室に篭ってしまったらしい。

 今回の私たちの視察訪問に合わせて、謝らせようとしたところ、彼はヘソを曲げてしまったみたいだ。


「叱っても諭しても、なかなか動こうとせず‥‥‥」

「そうだったんですね」

「重ね重ねすみません。こちらで対応をするので、ジゼル様たちは、教室に残っている子達に会いに行ってもらえますか?」


 そう提案されて、少しだけ考える。確かに、私は教室に残っている子ども達に会いに行った方がいいだろう。


 でも、元孤児の私だから出来ることがあるんじゃないかな。


「あの、公爵様」

「そいつのところに、行きたいんだな?」

「はい」


 私が頷くと、公爵様は渋い顔をした。前に貶された時に誰よりも怒っていたくらいだから、公爵様は納得しないよね。


「また何か嫌なことを言われるかもしれないぞ」

「そうですね。でも、気にしてないので大丈夫です」

「しかし」

「公爵様たちのおかげで、大丈夫になったんですよ」


 私の言葉に、公爵様は目を瞬かせた。


「実は、ああ言われた時は、ちょっとだけショックだったんです」


 言葉にも態度にも出さなったけど、やっぱり作ったものを貶されるのは、悲しいし悔しい気持ちにはなる。


「でも、公爵様たちが私以上に怒って、私のことを気にかけてくれたから、ショックな気持ちなんて忘れちゃったんですよ。だから、大丈夫なんです」

「‥‥‥分かった。そんなに言うなら、止めないよ」


 公爵様はまだ心配そうにしているけれど、とりあえず納得してくれたみたいだ。


「私が行っても、また嫌がられちゃうだけかもしれないんですけどね」

「いや、ジゼルなら大丈夫だろう」

「そうですか?」


 公爵様がやけに自信満々に言い切るから、不思議に思って聞き返してみる。

 すると、公爵様は力強く頷いた。


「ジゼルは、俺やレンドールの心だって動かしたんだ。きっと、そいつの心だって変わるはずだ」


 公爵様の言葉に、信頼に、じんわりと嬉しさを感じる。自信が無尽蔵に湧いてくるようだ。


「じゃあ、行ってきますね」


 私は職員の人たちに許可を取ってから、その男の子の部屋へと向かった。


 男の子が篭っている部屋にたどり着き、ノックをする。すると、少しだけ扉が開いた。扉の向こう側で、私を見た男の子はものすごく嫌そうな顔をした。


「叱りに来たのかよ」

「違うよ。話を聞きに来ただけだよ」

「‥‥‥」


 彼は黙っているが、明らかな拒絶はない。うん。これなら、話しかけても大丈夫そう。


「なんで、こんなことするの?」

「教会でも聖女として優遇されて、公爵家に嫁入りした奴に、俺の気持ちなんて分かんないだろ」


 そういえば聖女が贅沢をしてるって、大司教は嘘をついていたんだっけ。

 本当は全然違うのにね。


「私もね、孤児として教会で育ったんだよ」

「え?」

「今は公爵家に引き取られて、毎日が楽しいけど、教会にいた時はずっと惨めでひもじかったな」

「‥‥‥」

「だから、少しはあなたの気持ちが分かると思う」


 彼はグッと歯を食いしばった。しばらく黙っていたが、やがて彼は口を開いた。


「ずっと、無意味に働かされてきた。なのに、今度は無意味に勉強させるのか?」

「‥‥‥」

「俺たちは、今は食べ物にありつけているけど、これからどうなるか分からないだろ。それなら、俺は早く働いてお金を稼ぎたい」


 彼は最後にポツリと呟いた。


「勉強する意味が分からないよ」

「そうだったんだね」


 今まで強制的に働かされていたのに、急に勉強しろって言われても、納得できないよね。


 でも、それなら‥‥‥


「よし、分かった。私が君に何とかしてみるよ」

「は? そんなことできるわけ‥‥‥」

「ううん。いいことを思いついたんだ」


 孤児院のことも、ジャガイモ問題も。すべてを解決するための、いい案が思い浮かんできたのだ。



 とにかく考えをまとめてから、公爵様に相談してみよう。


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