第6話 突然の来客






 まだ、私が知らないことも多いみたいだ。


 リーリエとレンドールは、言い合いを続けている。二人の会話を聞きながらお酒を飲んでいると、そこへ公爵様がやって来た。


「二人とも、何をしてるんだ?」

「レンドールが素直じゃないんですよ!」

「‥‥‥揶揄うのは、ほどほどにしといてやれよ」

「はーい」


 公爵様は苦笑しつつ、さらりと流してしまった。


「止めなくていいんですか?」

「あれで、じゃれてるだけだからな。よくあるんだ」

「そうなんですね」


 曰く、なかなか公爵家に馴染めなかったレンドールに積極的に話しかけていたのは、リーリエだけだったらしい。


「それよりも、俺も何か食べてもいいか?」

「もちろんです」

「どれも美味しそうだな」


 公爵様が嬉しそうに目を細める。


「そういえば、公爵様はいつも私のおつまみを美味しいって言ってくれますよね」

「本当に美味しいからな。それに、俺は料理ができるわけじゃないから、尊敬してるんだ」

「‥‥‥ありがとうございます」


 公爵様が「美味しい」って言ってくれるから、いつも楽しくおつまみを作れてる。

 このおつまみは公爵様が好きそうだなぁとか考えながら作るのも、すごく楽しいんだ。


「たくさんあるが、何がオススメなんだ?」

「うーん。グラタンですかね。でも、どれも美味しいですよ」

「自分で言うんだな」

「皆さんのおかげで、自己肯定感が上がりまくってますからね」


 私の言葉に公爵様はクスリと笑った。


「じゃあ、グラタンから食べるよ」

「せっかくだし、乾杯もしましょうよ」

「そうだな。‥‥‥それじゃあ、乾杯」

「乾杯」


 パーティー会場の隅っこ。私たちは静かにグラスをコツンとぶつけた。



 しばらく公爵様と一緒に飲んでいると、私たちの元に使用人がやって来た。


「公爵様。イアン様がいらしてます」

「イアンが? それなら、ここに通してくれ」

「かしこまりました」


 すぐに使用人は、来客を呼びに戻って行った。


 イアンって誰だろう? 初めて聞く名前なんだけど‥‥‥


 公爵様に聞いてみようか迷っていると、パーティー会場の入り口がざわめいた。というか、侍女たちが色めきだった。


「きゃっ、イアン様よ」

「今日もかっこいいわ」

「公爵様に会いに来たのかしら?」


 侍女達の視線の先には、甘栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持った男性がいた。


 彼は、顔を赤らめている侍女達ににこやかに手を振りつつ、真っ直ぐ公爵様のところに来た。


「やっほー、アベラルド」


 彼が公爵様の名前を親しげに呼んだことに、驚いた。公爵様を名前で呼ぶ人なんて、今まで見たことがなかったから。


「突然来るなよ、イアン」

「公爵家でパーティーするって聞いたからね。来るに決まってるじゃん」

「本当の理由は?」

「恋人に家から追い出されたので、公爵家に泊めて欲しかったからです」

「そうだろうなと思った」


 公爵様が呆れてため息を吐く。けれど、どこか気を許しているような親しげな雰囲気もあった。


 二人をチラチラと見ていると、その人、イアンとばっちり目が合った。


「もしかして、君がアベラルドの嫁ちゃん?!」

「はい。そうです」

「おぉ! 初めまして。アベラルドの友人のイアン・ヴァロワです」


 彼はすぐに私の手を握って、パチンとウィンクをした。


「アベラルドから話は聞いてるよ! 料理上手な元気で可愛い子が妻になったってね。というか、今日のパーティーの料理、君がぜんぶ作ったの? すごいね!」

「え、ええと?」


 彼の勢いに押されて、自己紹介すらできない。見かねた公爵様が、彼と私を引き離してくれた。


「その辺でやめろ。ジゼルが戸惑ってるから」

「もしかして、嫉妬〜?」

「そういうことばっかり言ってるから、恋人から追い出されるんじゃないか?」

「ぐっ、ど正論。しっかり挨拶するから許してよ」

「さっさとしろ」


 彼はくるっと私に向き直って、紳士らしくお辞儀をした。


「驚かせちゃって、ごめんね。

改めまして。アベラルドの友人、イアンと申します。ヴァロワ侯爵家の三男だけど、今は独立して商会を経営してるよ」

「公爵様の妻のジゼルです。はじめまして」


 私が名前を告げると、彼は「よろしくね、ジゼルちゃん」と言った。


 チャ、チャラい。


 真面目で硬派な公爵様とは、正反対な印象だ。


「お二人は、友人なんですね?」

「そうそう。同い年で爵位も近いから、昔からよく会ってたんだ。幼なじみだよ」

「腐れ縁な」

「ひどいよね。アベラルドってこういうこと言うんだよ」

「事実だろう」


 公爵様が辛辣に言い放つ。しかし、イアンは気にしていないようで、陽気に話を続けた。


「それにしても、こんなに可愛い嫁ちゃんもらって、アベラルドが羨ましいなぁ!」

「お前だって、恋人がいるだろう? あ、追い出されたのか」

「すぐ傷口えぐるじゃん! まだ別れてないし」

まだ・・、な」

「そういうこと言う〜〜!!」


 公爵様は辛辣だ。けど、いつもとは違う男の子みたいな顔で笑っていて、どこか楽しそう。



 うーん。これは、ちょっとジェラシーかも。


 公爵様の珍しい一面は可愛いと思う。だけどその一方で、私には見せてくれない表情に少しだけ嫉妬してしまった。


 私だって、毎週一緒に飲んでいるのになぁ。


 とか考えていたら、私の横でレンドールがめちゃくちゃ悔しそうに歯を食いしばっていた。私より嫉妬してるみたいだ‥‥‥


「というか、俺も料理を食べていい? お腹ぺこぺこなんだけど」

「ジゼル。こんな奴だが、食べさせてもいいか?」

「あ、はい。ぜひ!」

「さすが、ジゼルちゃん。優しいね」


 さっそく彼は盛り付け皿の上に、何品か料理をとった。


「うっま! めちゃくちゃ美味しいんですけど!」

「いつも言ってるだろう。ジゼルの作るつまみは絶品だって」

「絶対、誇張してるって思ってた。これを毎週食べれるとか羨ましすぎるんだけど」


 彼は「おいしい、うまい」と呟きながら、完食。


「ごちそうさまでした。おいしかったよ」

「よかったです」

「というか、店を開いたりしないの? このポテチとか絶対に売れると思うけど」


 彼は、ポテチを指さす。


 彼の質問に、私はうーんと考え込んだ。


 実は、店を開くというのは考えたことはある。ジャガイモが余ってるなら、新しくポテチの店を開くのもアリなんじゃないかなと。

 何より、ポテチは珍しいし、売れると思うのだ。


 だけど‥‥‥


「それは、やらないですね」

「どうして?」

「油が高いから、そのぶん売値が高くなりますよね? 元を取るためには、たくさん売る必要がありますし、それを売りさばく人手がないのですから」


 私が前々から考えていたことを言うと、イアンが感心したように頷いた。


「しっかり考えているんだね。ね、アベラルド」

「なんで俺を見るんだ」

「なんとなく」


 彼は私ににっこり笑いかけた。


「じゃあ、何か商売を始めたくなったら俺に声かけてよ」

「え?」

「これでも商会を立ち上げた会長だからね。商売のノウハウを教えられるし、人手も貸せるよ」


 彼はパチンとウィンクをする。


 確かに、彼の力を借りれば、しっかりとした商売が始められそうだ。けど、本格的に商売を始めるとなると、大変そうだなぁとも思う。


 彼は「いつでもいい」と言ってくれたし、少し保留にして、また考えよう。


「あ、あと。結婚祝いにお酒を持って来たから、二人で飲んでよ」

「お酒ですか! ありがとうございます!」


 私がすかさずお礼を言うと、イアンは少し驚いてクスッと笑った。


「お、本当にお酒が好きなんだね。アベラルドの言った通りだ」


 そう言われて、ちょっと恥ずかしく思いながらお酒を受け取った。


 それにしても、公爵様に友人がいることなんて初めて知った。本当に、まだまだ私は知らないことは多いみたいだ。

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