第5話 ポテト・パーティー


番外編「初めての女子飲み」で紹介したキャラが今話から登場してます。侍女のリーリエです。よろしくお願い致します。


―――――――――――――――――――――






「公爵様、剣を抜いていいですか?」

「許可する」


 レンドールが聞き、公爵様がすぐに答えた。さすが主人と従者だ。連携が早い‥‥‥、じゃなくて。


「二人とも、だめですって!」


 私は慌てて二人の前に立ち塞がった。すると、さっきまで「子供なんだから大目に見てやれ」と言っていた公爵様が、首を傾げた。


「子どもでも言ったことには責任を持つべきだろう?」

「さっきと言ってることが違いますよ。公爵様こそ、責任を持ってください」


 私の指摘に、公爵様が口をつぐむ。


「レンドール君も冷静になって」

「僕はいたって冷静ですよ。冷静に、制裁を下そうとしているだけです」

「だから、それが駄目なんだって」


 懸命に訴えるが、二人とも納得していないようで、怒りを収めようとしない。こういう時は、どうしたらいいんだろう?


 そういえば、前にリーリエが「この言葉を言われたら、ジゼル様には逆らえません」的なことを言っていた気がする。確か、その言葉は‥‥‥


「二度とおつまみつくりませんよ」


 私がそう言うと、二人はピタリと動きを止めた。


「それは‥‥‥」

「困るな」

「それなら、落ち着いてください。私は気にしてませんから」


 二人は渋々といった表情で頷く。まだ納得はしていないようだけど、とりあえず怒りは収めてくれたみたいだ。


 彼らが落ち着いたのを確認してから、教室の中をのぞき込む。すると、教室の中で一人の男の子が叱られていた。


 どうやら、まだ騒いでいた子達に「ポテチをあげませんよ」と注意したところ、一人の男の子が強く反発してしまったらしい。


 後になって、私たちの来訪に気づいた職員の方が平謝りしながら説明してくれた。


「本当にすみません。私たちは、なんてことを‥‥‥!」

「いえ、大丈夫ですよ」


 とは言ったものの、あんな風に言われてちょっとだけ悲しい気もする。朝早くから頑張って作ったのになぁ、と。


 そう思っていると、後ろから公爵様が厳しい声を出した。


「あの子どもには、よく言い聞かせておいてくれ」

「はい。もちろんです」

「とりあえず、今日のところは帰らせてもらう」


 そう言って公爵様は、今日の視察を切り上げてしまった。私は慌てて彼の背中を追いかける。


「いいんですか? あんな言い方をしたら、怖い人だって誤解されちゃいますよ」


 いつも領民から怖がられてること、気にしてるのに。

 しかし、公爵様は首を振った。


「‥‥‥それは、仕方ない。それよりも今日は帰って、作戦を立て直した方がいいだろう」


 確かに、公爵様の言う通り、今の状況では「ポテチ作戦」の続行が難しそうだ。

 とりあえず、ポテチがダメなら別のものを用意した方がいいかもしれない。


 あとは、孤児院で配るポテチで消費されるはずだったジャガイモをどうするかなんだけど‥‥‥


 今回のことで、ちょっとだけ暗い気分になったし、何かパーっと明るいことをしたいよね。


「公爵様。公爵家内で、ポテト・パーティーを開いてもいいですか?」

「ポテト・パーティー?」






⭐︎⭐︎⭐︎






「わぁぁぁぁぁあ、これ全部食べていいんですか?!」

「うん。そのために作ったから」


 わーい、とリーリエが目を輝かせた。


 私たちの目の前には、たくさんのジャガイモ料理が並んでいる。ポテトサラダ、グラタン、肉じゃが、ポタージュetc‥‥‥


 週末の今日、公爵家ではポテト・パーティーが開かれた。もちろん、ジャガイモを消費するための催しだ。

 使用人も自由に参加を可能にしたので、かなりの人数が集まっていた。


 ちなみに公爵様は急な仕事が入ったため、遅れて参加をする予定だ。早く食べたいのに、とちょっと悔しそうにしていた。


「さっそく、いただきますねっ」


 リーリエは、私の料理に大喜び。すぐに目の前にあったグラタンを小皿に取って、食べ始めた。


「ほくほくで、おいひいです〜」


 リーリエにつられて、私もグラタンを頬張った。


 熱々、ホクホク。まろやかでクリーミーな味わい。そこで飲む、芳醇なワイン。


「ん〜〜〜っ、おいしい」


 グラタンとワインのマリアージュが最高。今日は週末だし、たくさん飲もう。そして、食べよう。


「ジゼルさま、ポテサラも美味しいですよ」

「じゃあ、ポテサラも‥‥‥」


 ポテトサラダにはハムを入れたので、食べ応えが抜群だった。塩胡椒がいいアクセントになっていて、ビールと一緒に飲むのが美味しい。


「ジゼルさま、肉じゃがも最高です!」

「じゃあ、肉じゃがも‥‥‥」


 肉じゃがは、ジャガイモとにんじんに醤油とみりんの味がしっかり染み込んでいた。


「ジゼルさま、ポタージュも絶品でした」

「じゃあ、ポタージュも‥‥‥」


 と、こんな感じで、リーリエに促されるまま、お酒とおつまみを味わう。


 一通り食べ終えると、リーリエが頬を抑えながら口を開いた。


「ほんとうに美味しいです〜。ジゼル様の料理は、世界一ですよ」

「ありがとう」

「本当の本当に、そう思ってますからね!」

「うん?」


 リーリエがいつも以上に私の料理を褒めてくれる気がする。急にどうしたんだろう。


 しばらくすると、私たちの側にレンドールがやって来た。


「ジゼル様。“肉じゃが”というものが美味しいです」

「本当?」

「はい。素朴ながら、どこか懐かしい味わい。香ばしいにおいに食欲をそそられてしまいます」

「うん?」

「もし店を開いたら、公爵様と毎日通いつめるでしょう」

「う、うん??」


 いつも素直じゃないレンドールが、珍しく褒めてくれる。本当にどうしたんだろう?


 その後も、二人は料理を食べては私を褒め続けた。「毎日食べたい」「公爵様が食べるに相応しい」「世界征服を狙えるレベル」「全公爵様が泣いた」とか。

 後半のツッコミどころが満載すぎる。


「それから、ジゼル様の料理は‥‥‥」

「ちょっと待って。今日はどうしたの?」


 再びレンドールが口を開こうとしたので、私はそれを遮った。ちょっと違和感を感じるくらい、二人は私の料理を絶賛してくれるのだ。


 何か事情でもあるのだろうか?


 レンドールは、気まずそうに視線を逸らした。そして。


「‥‥‥僕たちは、いつもジゼル様の料理でやる気・・・をもらってます。だから、それを伝えたかっただけです」

「そうですよ。レンドールの言う通りですっ」


 リーリエが、彼の言葉に力強く頷いている。


 そこで、思い至った。私は孤児院で、「あんな女の菓子じゃ、やる気は出ないんだよ!」と言われてしまった。


 そのことを二人は気にしてくれたのだろう。そして、貶されてしまったことを打ち消そうとしてくれたのだ。


「二人とも、ありがとう」

「いえいえ。そもそも、さっき公爵様に言われたんですよ。ジゼルさまが落ち込んでないか見ておいてくれって」

「それ、言っちゃダメなやつですよ」

「あっ」


 リーリエが口を押さえる。


「ジゼルさま、聞かなかったことにして下さいね? ね?」

「うん。分かったよ」


 どうやら、公爵様も気にしてくれていたみたいだ。彼は、孤児院で言われたことを私以上に怒っていたもんね。


 みんなの優しさに、心が温かくなるのを感じた。


「でも、さっき言ったことは、私の本音ですからね!」

「分かってるよ。二人ともありがとう」

「こちらこそ、いつも珍しくて美味しいものをありがとうございます〜」

「別に、思っていることを言っただけですから」


 お礼を言うと、リーリエは嬉しそうに笑ったが、レンドールはすぐにツーンと視線を逸らしてしまった。

 すると、リーリエが彼の頭をぐりぐり撫で始めた。


「レンドールは、もっと素直になりなよぉ」

「リーリエ姉さんは、もっと口を堅くした方がいいのでは? というか、やめて下さいよ」

「素直になるまで、やめないっ!」

「もしかして、酔ってるんですか? 酔ってますよね」


 二人のじゃれ合いを苦笑しながら聞いていたんだけど、しばらくして違和感に気づいた。


 今、レンドールが「リーリエ姉さん」って言ってなかった?


「二人って姉弟きょうだいだったの?」

「いいえ。全然」


 慌てて聞いてみると、リーリエはきっぱり否定した。


「でも、リーリエ姉さんって呼んでいたよね?」

「はい。そう呼ばせてますから!」

「呼ばせている‥‥‥?」


 私が疑問に思っていると、すぐにレンドールが答えてくれた。


「僕が公爵家に来たばかりの頃、リーリエ姉さんが面倒を見てくれたんです。その時の名残です」

「なるほど」


 もともと教会孤児だったレンドールは、公爵様に拾われて、公爵家にやって来た過去がある。その時に、リーリエに呼び方を指定されたそうだ。


「本当は、リーリエお姉ちゃんって呼んで欲しいんだけどねぇ」

「勘弁して下さい‥‥‥」


 レンドールが頭を抱える。どうやら、レンドールはリーリエに強く出れないらしい。初めて知る、意外な二人の関係性だ。


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