第4話 ポテチ作戦、開始!




 次の日。私はさっそくポテチを作って、孤児院へと向かった。馬車に乗っているのは、私と公爵様。そして‥‥‥  


「ジゼル様。今日は僕も行きますので、よろしくお願いします」


 公爵様の従者・レンドールだ。常に公爵様のサポートに務めている彼が、今回の視察にも協力してくれるらしい。


「うん。よろしくね」

「今日は、“ぽてち”というものを配るんですよね?」

「そうだよ。子供たちあげるつもりだよ」


 レンドールの問いかけに頷く。


 孤児院に持っていくためのポテチを、朝早くから大量生産したのだ。

 昨日は夜遅くまで飲んじゃったから、朝は起きるのがちょっとだけ大変だったな。


 そんなことを考えていると、彼はチラチラと何かを気にするように私を見始めた。「どうしたの?」と首を傾げると、彼はゴホンと咳払いをしてから口を開いた。


「あの、“ぽてち”って余ったりしますか?」

「今日は、ぜんぶ配っちゃう予定だよ」

「そうですか‥‥‥」


 彼が肩を落とす。その様子を見て、公爵様がクスクスと笑った。


「レンドールもポテチを食べたいんだろう? ジゼルの作るつまみを楽しみにしているからな」

「え?」

「それこそ、チーズフォンデュを食べた時から、好きだって言ってたよな」

「え??」


 確かに、初めて一緒にチーズフォンデュを食べた時に、彼は「美味しかった」と言ってくれた。けれど、「楽しみ」なんて思っているはずが‥‥‥


「別に、そこまでは言ってません」


 彼はほんのり耳を赤くしていた。公爵様の指摘は図星らしい。


「また作るからね!」

「別に、無理しなくてもいいですよ」

「ううん。大量にジャガイモが余ってるから、本当に食べて欲しいんだ‥‥‥」

「僕は処理係ですか」


 私たちの会話を聞いて、公爵様がクスクスと笑う。和やかな雰囲気で話している内に、あっという間に孤児院にたどり着いた。



 まずは院長に挨拶をしに行って、昨日私と公爵様で考えたことを話した。


 最初は、私たちの提案に戸惑っているようだった。しかし、ポテチを試食させると、彼はすぐに顔を輝かせた。


「なんですか、これは! 長い人生を生きてきましたが、初めて食べましたよ」

「美味しいですか?」

「美味しいです。これは子供たちも喜びますよ!」


 院長は、しばらく夢中でポテチを頬張っていた。

 しかし、私たちの温かな視線に気づくと顔を赤くして、慌てて話を続けた。


「これを子供達にあげるのですね。素晴らしい案だと思います」


 彼の言葉にホッとする。院長の許可をもらえなかったら、子供達にあげることは出来ないからね。


「せっかくですし、直接ジゼル様に手渡してもらいたいです」

「私がですか?」

「ぜひ、お願いします」

「分かりました」


 院長の提案によって、私は初めて子ども達と対面することになった。



 今日も教室内は騒がしくて、まともに授業ができていないようだった。院長は先に教室に入って行く。


「皆さーん。静かにしなさい!」

「院長先生だ〜」

「何しに来たんですかー?」

「はいはい。静かにしなさい。今日は特別なお客様が来てますよ」


 院長に手招きされて、私達は教室に入って行った。すると、騒がしかった室内が一気に静かになってしまった。誰も一言も発しようとしない。


 知らない人が来たから、緊張しているのだろうか?


「はじめまして」


 さっそく挨拶をしてみるが、子供たちは無反応だ。無言で、警戒した目をこちらに向けている。


 私が戸惑っていると、一人の男の子が立ち上がって私を睨みつけた。


「なんだよ、貴様ら!」

「こら! やめなさい」


 院長が慌てて、子供を叱る。


 後ろに控えていたレンドールが剣に手を携えたので、そちらも公爵様が嗜めた。


「大変申し訳ございません」


 院長は、すぐに私たちに頭を下げた。彼にとっても、子供達の反応は予想外だったらしい。


 なんでこんなに警戒するんだろうと考えて、ハッとした。


 子供達は、長い間、教会の大人達から虐げられてきた。殴られたり、騙されたりしたこともあっただろう。

 そんな経験をしてきた子供が、知らない大人に警戒心を向けるのは当然かもしれない。


「‥‥‥」


 そして、今の状態で子ども達に、「頑張ったご褒美にお菓子をあげる」と言っても、あまり効果がない気がする。


 それなら、予定変更だ。


「今日は、みんなにお菓子を配りに来たんだ」


 今日は、子供達と打ち解ける日にしよう。


 私はテーブルの前に座って、袋につめていたポテチをお皿の上に取り出していった。


 最初は遠くから私の様子を観察していた子供達だったが、徐々に、珍しい形をしたお菓子に吸い寄せられていった。

 しかし、近づくだけで、なかなか手を付けようとする子はいない。


「こうやって食べるんだよ」


 私はお手本として、ポテチを一枚手に持って、パリッと食べた。


 子供達は、顔を見合わせている。食べるべきか迷っているようだった。


 その中で、少しぽっちゃりした男の子がポテチに手を伸ばした。


 全員の視線が彼に向けられる。そんな中で、彼はポツリと呟いた。


「おいしい」


 その子が呟くと、他の子もおずおずと手を伸ばし始めた。


「私も食べる」

「お、俺も」


 パリッ、パリッとポテチを頬張る音が教室に響き、子供達が一斉に話し始めた。


「なんだ、これ!」

「ぱりぱりしてるよ」

「初めて食べた」

「ジャガイモの味がする!」


 子ども達が嬉しそうな声をあげて、教室内はすっかり元の騒がしい状態に戻った。子ども達の警戒が解けたみたいだ。


 ホッとして振り返ると、公爵様とレンドールも安堵しているようだった。


 しばらくは楽しそうにポテチを食べている様子を観察する。すると、一人の女の子が私の膝に縋りついた。


「お姉ちゃん、もっとちょうだい!」


 しかし、もう作ってきたポテチはすべて渡してしまった後だった。


「次は明日ね。また勉強を頑張ったら、あげるよ。約束できる?」

「分かった!」


 最後に約束をして、その日の視察は終わった。これで、当初の目的は果たせたかな。





⭐︎⭐︎⭐︎




 次の日も、私たちは孤児院に出向いて行った。もちろん、約束したポテチを持って。


 さっそく教室をのぞくと、ほとんどの子供が静かに授業を聞いていた。私たちの存在に気づいた子がこっちに手を振ってくれたが、すぐに授業に聞き入っていた。

 中には騒がしくしている子もいたが、ほんの一部だ。


 どうやら、院長が「ポテチを食べたいなら、頑張りなさい」とよく言い聞かせたそうだ。ポテチ効果、恐るべし‥‥‥!


「成功ですかね?」

「だな」


 私と公爵様は顔を見合わせて、笑い合った。とりあえず、私たちの目論見は成功したみたいだ。


 その後ろで、レンドールがため息をついた。


「まったく。昨日、子供が不敬な言動をした時は、どうしてやろうかと思いましたよ」


 レンドールの言葉に苦笑してしまう。

 昨日は、一人の男の子に「なんだよ、貴様ら!」と言われてしまった。レンドールは、その言葉に対して怒っているのだろう。


「子供の言ったことなんだから、許してやれ」

「そうだよ。私たちは大して気にしてないから」


 公爵様と頷き合う。子供の言ったことだ。少しくらい大目に見てあげるべきだろう。


 しかし、レンドールは頑なに首を横にふった。


「お二人は、甘すぎます。あの子どもが調子に乗ったら、どうするんですか」

「そんなわけ‥‥‥」


 公爵様がレンドールの言葉を否定しようとした、その時だった。


「あんな女の菓子ごときじゃ、やる気なんて出ないんだよ!」


 教室内から、男の子の叫び声が聞こえてきたのだ。「子供だなぁ」と私は苦笑いしながら聞いていたのだが。


「「は?」」


 公爵様とレンドールの、ドスの効いた声が同時に響いた。

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