第3話 ご褒美ビール






 私と公爵様は、馬車に揺られて移動をしていた。私は窓の外を覗き込んで、指をさす。


「公爵様、孤児院が近づいてきましたよ!」

「ああ」


 私たちは、孤児院の視察に赴いていた。


 孤児院は、これまでずっと教会の管轄下に置かれていた。しかし、大司教の一件により、教会の信用は墜落。

 各地の領主が孤児院の経営を担当することになった。


 公爵様は、担当する孤児院を二週間ほど視察して、これからの経営方針を考えていきたいらしい。

 そのために、私の意見も欲しいそうだ。



 この提案をした時、公爵様は言っていた。


『ずっと、ジゼルを連れて行こうか迷っていたんだ』

『そうだったんですか?』

『ああ。君にとって孤児院は、嫌な記憶がある場所だろう?』


 確かに、元教会孤児の私にとっては、決していい思い出がある場所とは言えないだろう。


 でも、もう全てが過去の話だ。

 今はやりがいのある仕事ができて、お酒を飲めて、毎日が楽しいのだから。


 何より、私には公爵様がいる。それだけで心強いし、大丈夫だと思えるのだ。


『私は大丈夫ですよ。どんどん私の意見を役に立てて下さい!』

『ありがとう。けど、無理はするな』

『はい』


 こうして、私達は一緒に孤児院の視察に行くことになった。


 目的地にたどり着き、私達は馬車から降りる。すると、さっそく孤児院の院長が私たちを出迎えてくれた。


「初めまして。公爵様、奥様。アベリア孤児院の院長を務めております、クリスと申します」

「アベラルド・イーサンだ。彼女は、妻のジゼル。今日はよろしく頼む」

「はい」


 院長はにこやかに答える。初老の男性で、穏やかそうな人だ。


「まずは施設内の案内を頼みたい」

「分かりました。まずは、食堂に行きましょうか」


 院長による案内が始まり、私たちは孤児院内を見て回った。

 食堂、洗面所、浴場、寝室。どの場所も清潔感に溢れていて、かつて教会が管理していた孤児院とはまったく違う。

 私がいた孤児院は、もっと暗くてゴミや埃が放置されていたのだから。


「そういえば、子供たちが見当たりませんが、どこにいるんですか?」

「今の時間は勉強をしております」

「勉強を?」

「ええ。孤児院を出た後に、少しでもまともな場所で働くことが出来るように、知識を授けています」

「そうなんですね」


 この世界には、義務教育がない。そのため、子供に勉強を教えることは、親たちの裁量による。


 当然のように、孤児に勉強を教えるという発想は生まれるはずもなく、私も孤児院にいた時は勉強なんてさせてもらえなかった。

 聖女になってからは、表舞台に立つことも多くなるからと、多少の教育は受けたけど‥‥‥


 これは、院長が心から子供達のことを思っているからこそ出来ることなのだろう。


「とは言っても、職員の中に、正式な教師はいませんから、本当に簡単なことしか教えられないのですが」

「それなら、公爵家から追加で支援金を出すから、それで教師を雇わせよう」


 ずっと黙って話を聞いていた公爵様が、提案をする。すると、院長は目を見開いて恐縮した。


「そんな。今でも十分な支援金を頂いているのに、申し訳ないです」

「立派な子供が育てば、公爵領全体の利益にも繋がる。これは未来への投資だ」


 しかし、せっかくの提案にも関わらず、院長は渋い顔をしていた。


「せっかく教師に来て頂いても、無駄になってしまうかもしれません‥‥‥」

「どういうことだ?」

「実際に見てもらった方が早いです。こちらに来て下さい」


 院長の言葉の意味は、すぐに判明した。


 私たちは、子供達が勉強している部屋へと案内された。そこには、大騒ぎをしている子ども達の姿があった。

 ほとんどの子どもが真面目に職員の話を聞いておらず、中には駆け回っている子さえいる。


 職員の人たちは、そんな子ども達の対応に困っている様子だった。


「このように、やる気のない生徒が多く、職員も困っているのです」

「‥‥‥」

「とにかく、公爵様のお手を煩わせるわけにはいきません。孤児たちの教育は、私たちで何とかします」






⭐︎⭐︎⭐︎





 孤児院から公爵邸に戻り、私と公爵様は作戦会議をしていた。


「どうにか、子供たちの勉強を支援をしたいですよね」

「そうだな‥‥‥」


 視察に行った孤児院は、子供達が暮らす環境として申し分ない。だからこそ、何かの形で支援したいと思うのだ。


「あの様子だと、正式な教師を雇っても、授業にならないだろうな」

「難しいですよね」


 二人で「うーん」と考える。

 このように公爵様と意見を交わすのは、瘴気の原因を探っていた時以来のことだ。ちょっとだけ懐かしい。


「‥‥‥少し、お腹が空きましたね」


 夜ご飯は食べたばかりなのだが、頭を使ったから、小腹が空いてきてしまった。あと、口もちょっと寂しい。


「公爵様、ポテチでも食べますか?」

「ぽてち?」

「はい。なんなら、少し飲みましょうよ」


 私は、作っておいたポテチをキッチンから取ってくる。ついでに、お酒も持ってきた。


「明日も仕事がありますし、一杯だけ」

「そうだな。一杯だけな」


 グラスにビールを注いで、ちびちび飲み始める。


 それから、ポテチを手に取ってパリッと食べた。


 薄い塩味の、素朴で優しい味だ。そして、じゃがいものホクホク感と、パリパリの食感。


 一つ食べ始めると、自然と手が動いて何枚も食べてしまって、止まらなくなってしまった。


 公爵様もポテチの魅惑には抗えないようで、どんどん手を伸ばしていく。


 しばらく、パリッパリッ、サクッとポテチの音がひたすら響いた。


 ふと、我に返った公爵様が手を止めて、苦笑した。


「‥‥‥今、無意識に食べていた」

「止まらないですよね」

「ああ」


 本当に、ポテチには何個でも食べれちゃう不思議な魅力があるのだ。


「これは、もらったジャガイモから作ったものか?」

「正解です。手軽に食べられるものなので、色んな人に配りました」


 領民からもらったジャガイモは、未だ公爵家の中に残っている。これを早々に消費するために、私は色々なジャガイモ料理を提供し始めていた。


 今回は塩味のポテチしか作ってないけど、いつかコンソメ味やのり塩味も作ってみたいな。


「ポテチなんて初めて聞いたが、うまいな」

「美味しいですよね。このパリパリ食感と無心で食べられる感じが好きなんですよ〜」


 ポテチの塩っけがお酒に合うしね。前世では、よくコンビニに行ってポテチを買い漁っていたなあ。


 やっぱりご褒美があるから、仕事も頑張れたんだよね。


 それにしても、ご褒美。ご褒美かぁ。


「公爵様」

「なんだ?」

「私が仕事を頑張れているのは、週末の晩酌があるからです。正直なところ、お酒がなければ頑張れません」

「すごいぶっちゃけるな」


 公爵様が冷静にツッコむ。しかし、私だって意味なくぶっちゃけているわけではないのだ。


「子供達にも、それが必要なんじゃないでしょうか?」

「というと?」

「勉強を頑張ったご褒美に、お菓子をあげるんですよ」


 孤児たちには、勉強の経験がない。だからこそ、急に勉強をさせられて戸惑っているはずだ。


 しかし、「美味しい食べ物のために頑張る」というのは、子供にとっても馴染み深いことなのではないだろうか。


 孤児たちに勉強する理由を与えることで、今の状況を少しは改善できると思ったのだ。


「ちなみに、お菓子は何を提供するつもりだ?」

「ポテチです」

「なるほどな」


 美味しいし珍しいから、子供たちの興味を引くことが出来ると思う。

 それに、大量のジャガイモを消費できるから、一石二鳥なんじゃないかな。


「実際にやってみなければ、効果は分からないですけどね」

「いや、面白い。やってみる価値はあると思う」


 ということで、明日から子ども達にポテチを持っていくことが決定した。

 子供たちがポテチにどんな反応をするのか、今から楽しみだ。


「それにしても、ポテチがうますぎる。本当に止まらない」

「ポテチには、不思議な魅力がありますからね。‥‥‥お酒、もう一杯飲みますね」

「明日も仕事なのにか? 俺も飲む」

「公爵様、矛盾してますよ」


 というわけで、私たちはもう一杯だけ飲んだ。本当はもっと飲みたかったけど、明日に備えて我慢した。私たちって、えらい!


 とにかく思いっきり飲むのは、今週末のご褒美にしよう。

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