第2話 働かざる者、飲むべからず?
「は? 領地に来るなと言われたのか?」
公爵様に聞き返されて、私は頷く。
「はい。今日行った領地で、そう言われてしまいました」
「そんな馬鹿なことを言う奴は、どこのどいつだ?」
公爵様が怒気を含んだ声を発して、立ち上がった。久しぶりに見る“冷徹公爵”の姿に、私は慌てて口を開いた。
「ま、待ってください。ちゃんと理由がありますから」
そして、今日の出来事について話し始めた。
⭐︎⭐︎⭐︎
私は、今日も頑張って仕事をしようと意気込んで領地に向かった。
その時に、辺り一帯の畑を所有している男性に声をかけられた。
「今日も来たんだね」
「はい。今から、豊穣の祈りを捧げて行きますね」
「いや、やめて欲しい」
「え?」
「聖女さま。もう領地には来ないでくれないか」
「えっと‥‥‥?」
周りを見渡すと、いつの間にか他の畑を所有している人たちも集まっていた。彼らは、その男性の言葉に強く頷いている。
私は動揺しつつも、冷静に聞き返した。
「急にどうされたんですか? 何か、私のやり方に問題でもありましたか?」
「いや。特に問題はない」
「それなら、どうして」
「なぜなら‥‥‥」
彼は悲痛な面持ちをしている。私は何を言われるのかと身構えたのだが。
「なぜなら、聖女様がすごすぎるから!!」
「え?」
予想外の言葉に、聞き間違えたのかと思った。
「聖女様の祈りがすごいんだ。本当に収穫量が増えたんだよ!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。例年の10倍は作物が収穫されたんだ。これは本当にすごいことなんだよ!」
なぜかベタ褒めされて、困惑した。
ずっと瘴気が原因で作物不足に困っていたんだし、たくさん採れる分にはいいのではないだろうか?
「けどね。このままだと、作物の流通量が多くなり過ぎてしまうんだ」
「あっ」
そこで、ようやく話が見えてきた。
流通量が増えてしまえば、そのぶん作物の売値を下げなくてはならない。そして、売値を下げると、赤字になってしまう。
売り上げを保つためには、せっかく収穫した作物を廃棄しなければならないのだ。
だから、これ以上収穫量を増やすわけにはいかないのだろう。
「俺たちには対処しきれない。だから、しばらくは来ないでくれ」
「分かりました」
「すまないね」
「いいえ。また私の力が必要になったら、いつでも駆けつけますから」
申し訳なさそうに頭を下げられて、逆に恐縮してしまった。
そのまま私は公爵邸に戻り、公爵様の元へと報告しに来たのだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
「という経緯なんですよ」
「なるほどな」
「しかも、余っているからと、またジャガイモをいただきました」
公爵家の領地は、ジャガイモを栽培している地域が多い。そのため、作物の収穫量が一気に増えれると、必然的にジャガイモが余ってしまうのだ。
だから、先週は大量のジャガイモのお裾分けをもらっていたのかと、私は肩を落とした。
「しばらくは、豊穣の祈りを捧げない方がいいですよね?」
「そうだな。流通量を減らすためには、そうするしかない。あとは、公爵家が積極的にジャガイモを買い取って‥‥‥」
公爵様が真剣に対策を考えてくれている。私のせいなのに、申し訳なくなってくる。
「じゃあ、領地を回るのは一旦やめよう」
「分かりました」
「あとのことは、任せてくれ」
「はい。でも、ジャガイモの消費の方は私に任せて下さい」
「頼んだ」
料理のことならば、多少なりとも役に立てるはずだ。あとは‥‥‥
「仕事がない間は、皿洗いでも何でもしますね」
「‥‥‥ジゼルは妻という立場なんだし、無理に働こうとしなくてもいいんだぞ?」
「いいえ。それは申し訳ないです」
あくまで私は契約上の妻。公爵様に甘えるわけにはいかない。それに‥‥‥
「しっかり働いて、美味しくお酒を飲みたいです‥‥‥!」
一週間頑張ったという達成感があるからこそ、お酒は美味しい。それに、仕事の疲れは最高のスパイスだ。
そのためなら、雑用だって何だってするつもりだ。
「キンキンに冷えたビールを飲み干す、あの高揚感。沁み渡るビールの苦味‥‥‥。思いっきり楽しみたいです」
「飲みたくなるから、それ以上はやめてくれ」
公爵様はゴホンと咳払いをして、話を続けた。
「分かった。それなら、ジゼルに頼みたい仕事があるんだ」
「やらせて下さい」
「返事が早い。内容を聞いてから、考えろ」
公爵様が呆れてる。けれど、信頼できる公爵様の提案なら、私は何でもやるつもりだ。
「俺と一緒に孤児院へ行かないか?」
「孤児院?」
予想外の提案に、私は目を見開いた。
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