番外編 初めての女子飲み(※新キャラ紹介話)
パン屋で晩酌をした、次の日。私は休日を謳歌していた。
急な仕事が入ることもなく、休日出勤する必要もない。その喜びを噛み締め、昼間からゴロゴロする。何もしなくていい休日って、本当に最高。
ビバ、ホワイト貴族。最高の労働環境!
そんなことを考えながら、ベットで惰眠を貪っていると、部屋の扉がノックされた。
「ジゼルさま〜、お掃除の時間ですよ〜!」
「わ、ありがとう」
慌てて、身を起こす。
入ってきたのは、侍女のリーリエ。私が公爵様家に来たばかりの頃から、身の回りのお世話をしてくれている子だ。
私の作るおつまみを気に入っていて、いつもつまみ食い‥‥‥もとい味見をしてくれている。
前に晩酌用に作った串カツをお裾分けしたことがあって、それ以来すっかりおつまみの虜になってしまったらしい。
そして、彼女は、私と公爵様が契約結婚であることを知っている数少ない人物のうちの一人でもある。
「そういえば、昨日は屋敷に戻ってくるのが遅かったみたいですけど、晩酌はしなかったんですか?」
「実は、公爵様と外で飲んできたんだよね。だから、帰るのが遅くなっちゃんたんだ」
「そうだったんですね! 楽しそうです!」
彼女の黒髪がぴょこんと揺れる。
「でも、今週はジゼルさまの“おつまみ”を食べれなくて、リーリエは悲しいです〜」
「あはは。来週はリーリエの好きなものを作るよ」
「本当ですか?! 約束ですよ」
彼女は嬉しそうに、にぱーっと笑った。
彼女の年齢は十九歳で、私より一つ年上。だけど、私は、彼女のことを年下のように感じていた。
それは、彼女の人懐っこい性格ゆえなのか、私の精神年齢がかなりいい年になっているからなのか‥‥‥うん。深く考えるのは、やめておこう。
そこで、思い至った。そういえば、彼女とお酒を飲んだことがなかったと。
時々一緒につまみ食いしたり、雑談をするくらいで、一度も酌み交わしたことがなかったのだ。
もちろん、女主人と使用人という立場上、一緒にお酒を飲むことは難しいのかもしれないけれど‥‥‥
それでも、私はもっと彼女と仲良くなりたいと思っていた。
「り、リーリエ」
緊張で、少し声が震えてしまった。思えば、私は、前世ですら友達を飲みに誘ったことがなかった。
少しだけ言い淀んでから、私は意を決して口を開いた。
「今日、一緒に飲みませんか?」
その瞬間、リーリエの顔がぱあーっと輝く。
「いいんですかっ?!」
「うん。一緒に飲みたい‥‥‥!」
「やったー!」
というわけで、今日はリーリエと二人で「女子飲み」である。
私はさっそくおつまみを用意することにした。私が準備している間に、リーリエは今日の仕事を終わらせてくるそうだ。
リーリエが戻って来るまでに、晩酌の用意は済ませてしまいたい。手早く作れて、なおかつ「女子飲み」に相応しい、おつまみが何かないだろうか‥‥‥
うーん。
考えていると、昨日のパン屋さんで購入したバゲットが目に入ってきた。昨日の帰りがけに、「何かに使えるかな」って思って、お土産として買ったパンだ。
せっかくだし、これを活用してみよう。
というわけで、バゲットを使ったおつまみを完成させて、私はリーリエが待っている部屋へと向かった。
「おつまみ、出来たよ〜」
「おぉ〜! それは、何ですか?」
「“タルティーヌ”だよ」
スライスしたパンの上に、チーズやフルーツ、野菜など様々な具材を乗せる“タルティーヌ”。
私は、これを今回のおつまみとして用意した。
見た目が可愛くてオシャレなんだけど、簡単に作ることができる。何より、しっかり美味しい。
「女子飲み」に相応しい、完璧なおつまみだと思うんだよね。
「それじゃあ、乾杯!」
「かんぱーい!!」
私たちはグラスをぶつけ合ってから、ぐいっとビールに口をつけた。
「ん゛ん゛ん゛、おいしいねっ」
「ぷはぁ〜っ、おいしいですねっ」
お互い同時に話しかけて、吹き出してしまった。
「さっそく、おつまみも食べよう」
「食べましょ、食べましょっ」
バターを使って焼かれたバゲット。その上には、様々な具材が乗せられている。
贅沢にたっぷりチーズを乗せたもの。ブロッコリーやトマトを乗せたもの。季節のフルーツをふんだんに使ったもの。などなど‥‥‥
私は、その中からフルーツが乗ったものを選んだ。
サクッとバゲットにかぶりつく。ほのかなバターの香りとフルーツの甘やかな酸味が口いっぱいに広がった。
「ん、美味しい」
「ジゼルさま! チーズが乗ったものも美味しいですよ!」
「本当? じゃあ、私も食べてみる」
「はいっ」
チーズが乗ったタルティーヌを手に取っていたリーリエが声を上げる。しばらくは二人でタルティーヌを食べ比べながら、お酒を飲んだ。
しかし、数杯目のビールを飲み始めたところで、リーリエの飲酒のペースが早いことに気づいた。
「リーリエ。あんまり飲みすぎると、良くないよ」
「大丈夫ですよ〜。私はぜったいに酔いませんので!」
リーリエは力強く頷く。しかし、自信満々な彼女の姿に、私は一抹の不安を覚えた。
「本当に大丈夫?」
「はいっ! 大丈夫だという自信がありますよ」
「ほどほどにね。お願いだよ」
「大丈夫ですよ〜!」
リーリエは呑気に笑う。
私はフラグを乱立&回収する公爵様の姿を思い出して、心配になっていたのだが‥‥‥
1時間後。
「ジゼル様、こっちのお酒もおいしいですよ!」
リーリエ、
もう何杯目か分からないほど飲んでいるはずなのに、彼女の顔色はほとんど変わらなかった。
むしろ、私の方が酔いが回ってきていた。
「ごめんね、ちょっと限界かも」
「そうですか? すみません」
「ううん。ちなみに、リーリエはあと何杯くらい飲めそうなの?」
「あと十数杯はいけそうです〜」
ひぇ。今日飲んだ量の倍以上が飲めるって言うことだ。
知らなかった。リーリエって酒豪だったんだな。普段の彼女の可愛らしいイメージとはかけ離れていて、かなり新鮮だ。
そんなことを考えているうちに、ふらふらしてきた。まずい。倒れるかも。
すると、リーリエは私にそっと寄り添って、水を渡してくれた。私の様子を見て、彼女はふっと笑いを溢す。
「ジゼルさま、安心して下さい。私が介抱しますから」
やだ。イケメン。
彼女の背中に薔薇が咲いたのが見えた気がした。酔ってるから、多分幻覚。
けれど、少女漫画のヒーローみたいな彼女に、不覚にもトキめいてしまったのは確かだ。
「‥‥‥リーリエがかっこいい」
「本当ですか? やったー!」
しかし、にぱーっと笑った彼女の笑顔は、やっぱり可愛かった。
「ジゼルさま、また一緒に飲みましょうね!」
「うん。一緒に飲もうね。次は一緒におつまみも作る?」
「それ楽しそうです!」
こうして、初めての女子飲みは楽しく終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます