番外編 公爵様と寄り道
お久しぶりです。いつも読んで頂き、ありがとうございます。
本日から連載を再開させていただきます。今週と来週は二回ずつ更新。その後は、基本週一更新になります。
今回と次回は番外編で、エピローグよりも前の時間軸の話です。(瘴気の原因が判明していない頃です)何卒よろしくお願いいたします。
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夕方。私と公爵様は、馬車に乗って公爵邸に戻っていた。
窓から外を眺めると、空は夕暮れ色に染まっており、ほんのり寂しさを感じる。
私は伸びをして、目の前にいる公爵様に話しかけた。
「んーっ、疲れましたね」
「そうだな」
「でも、今日は晩酌の日ですよ!」
私は一週間ぶりの晩酌にワクワクしながら、「おつまみは何にしようかな」と考えた。
私の名前は、ジゼル。公爵家で契約上の妻として働いている。
元々教会の聖女として働いていたんだけど、前世の記憶を思い出したことで、教会の労働環境がブラックであることに気づいてしまった。
「このまま働き過ぎたら、死ぬ!」って思った私は、教会に違う仕事の紹介を頼んだ。
その結果、私はイーサン公爵家当主との契約結婚を命じられることになった。
公爵家の領地には瘴気が蔓延しており、その浄化と原因究明をできる聖女を探していたのだ。
契約結婚は、聖女を公爵家に引き留めるための手段だった。
私は契約上の妻でも構わなかったんだけど、せっかくだから、こちらの願いも叶えてもらうことにした。
私は契約を結ぶ時に、公爵様に言った。
「契約の条件に、晩酌もつけて下さい」と。
お酒好きだった前世を思い出した私は、どうしても一緒に飲んでくれる「飲み友達」が欲しかったのだ。
そして、公爵様がその条件を受け入れてくれたことで、「三食晩酌付き」の契約結婚が始まった。
今日は、その晩酌の日だ。瘴気の浄化と原因究明のために一緒に行動していた公爵様と公爵邸に戻りながら、私はお酒とおつまみに思いを巡らせていた。
ぼんやり外を眺めていると、私は「とあるお店」を見つけた。
「公爵様、パン屋がありますよ。お酒も提供してるって書いてあります」
私が指を差すと、公爵様が窓から外を覗いて、目を細めた。
「この距離で、よく見えるな」
「お酒の二文字は、見逃しませんから。‥‥‥そういえば、今日は晩酌の日でしたよね」
「そうだったな」
「私は、まだ作るおつまみを決めてません」
「‥‥‥寄り道するか?」
「します!」
というわけで、今日は寄り道をして、パン屋でお酒を飲むことになった。
前世、パンをつまみにしてお酒を飲む、「パン飲み」が流行っていた。
前世の私は、王道のおつまみばかりを好んで食べていたので、興味を持ちながらも、「パン飲み」をする機会を持たなかった。
けれど、せっかく二度目の人生だし、今世は色んな飲み方をしてみたい。
公爵様の許しをもらったところで、馬車を止めて、お店に入って行く。
庶民的で素朴な店の中は、香ばしいパンの香りが充満していた。
店頭にパンが並べられており、店の奥にイートインスペースが併設されていた。
どうやら、そこで選んだパンと共に、お酒を飲むことが出来るみたいだ。
「公爵様、色んなパンがありますよ! どれから食べましょうか?」
「落ち着け。焦らなくても、なくなったりしないから」
公爵様とお店の中に並べられているパンを物色していると、後ろからクスクスという声が聞こえてきた。
「新婚さんかい? 初々しいねぇ」
「え? あはは‥‥‥」
店の奥から現れたオーナーらしき女性に、曖昧に笑って返事をする。
「初めてのお客さんだよね」
「はい。今日は、お酒が飲みたくて、寄り道しちゃいました」
「お、ありがたいねえ。最近は、瘴気のせいで、すっかり客足が遠のいてしまったからね。新しく酒の提供も始めたけど、なかなか上手くいかないんだ」
「そうなんですね」
「だから、あんた達みたいな若い子が来てくれて、嬉しいよ」
「じゃあ、今日は沢山食べていきますね」
私たちが会話をしていると、公爵様が後ろから顔を出した。
「瘴気によって、客足が遠のくことなんてあるのか?」
「農家は作物が取れなくなってるからね。単純な不景気だよ」
「なるほどな」
「早く瘴気さえ収まってくれれば、いいんだけどね。‥‥‥まったく、公爵家は何をやってるんだろうね」
「公爵家?」
突然飛び出してきた「公爵家」の言葉に、公爵様は目を瞬かせた。
「ああ、この土地を治めてるイーサン公爵家さ。聖女を使って瘴気を浄化してるって話だけど、どうなることやら。もっと具体的な対策をして欲しいね」
「具体的な対策‥‥‥」
「もっと、商売を繁盛させるための対策さ」
女性は「ふんっ」と言って、店の奥に引っ込んでしまった。多分、それは公爵家の仕事ではないと思うんだけど‥‥‥
どうやら、この女性は私たちの正体に気づいていないみたいだ。
この店は貴族向けではないみたいだし、まさか公爵家の当主がやって来るなんて思ってないんだろうな。
正体を明かしたら、きっと萎縮してしまうに違いない。
私と公爵様は顔を見合わせて、正体を明かさないように気をつけることにした。
お酒に合いそうな惣菜パンをいくつか選び、さっそく席につく。
提供されているビールを頼み、さっそく喉に流し込んだ。冷えたビールが体に沁み渡る。
「はぁーっ、うまぁ」
私が購入したのは、ウィンナーパン。ふんだんにケチャップとマスタードソースがかけられている。
小麦の香りがふわっと鼻腔をくすぐった。さっそくかぶりつくと、パリパリッとウィンナーの音が弾けた。
「んんっ」
ウィンナーを挟んでいるパンは、外側はカリッと、中はふんわりとしている。
麦が使われているパンとビール。その相性は抜群だ。
「美味しいですね」
「そうだな。パンにもしっかり味がついているから、パンだけ食べても美味しそうだ」
「ふわっふわですしね」
「ふわっふわだしな」
公爵様が真顔で返す。
公爵様から「ふわっふわ」なんて聞けると思わなかったから、少し笑いそうになってしまった。
その後は、二人で小さなピザを半分こした。とろっと伸びるチーズとトマトソース。ピザ生地はモチモチで、食べごたえ抜群だった。
「はぁ〜、美味しかったです」
「たまには、こういう店も悪くないな」
「はい。今度は公爵家でもピザを焼きたいです」
「いいな、それ」
私一人の力でピザを作るのは大変だと思うので、ぜひともプロの方にご助力を願いたいところだ。今度、コックさんに相談してみよう。
二人で、残ったビールを飲みながら、次の晩酌の計画を立てる。すると、私たちの目の前にパンが乗った皿が置かれた。
お皿を差し出してきたのは、先ほどのオーナーらしき女性だ。
「これって」
「まだ試作品の段階なんだけど、食べてくれないかい」
「クロワッサンですか?」
私が呟くと、彼女は「名前は、まだ決めてないよ」と答えた。
彼女はそう言うが、どこからどう見ても、前世でお馴染みのパン「クロワッサン」なのだが‥‥‥。この世界では、まだ浸透していないみたいだ。
「いただきますね」
さっそくクロワッサンを半分に割ると、ほわっ‥‥‥とバターの匂いがほのかに香った。
すぐにクロワッサンにかぶりつくと、サクサクっと軽快な音が響く。
「んん〜っ」
表面はサクッと、中はふんわり。噛むたびにジュワッとバターが溶け出して、口の中が幸福感に満たされる。甘さは控えめで、塩っけの強さが上手くビールとマッチしていた。
「これ、すっごく美味しいですよ!」
「そうかい? 若いお嬢さんに言ってもらえると嬉しいね」
彼女は照れくさそうに笑う。
「やっぱり、店を繁盛させるには、お客さんの意見が大事だからね。
酒の提供も最近始めたばっかりだけど‥‥‥。どうだい、酒の提供は続けた方がいいと思うかい?」
「続けた方がいいと思います」
すかさず言うと、公爵様がちょっと笑ってた。
「それは、よかった。何か要望とかあったら、聞かせてくれ」
「そうですねぇ‥‥‥。お酒に合うパンを、もっと増やした方がいいんじゃないでしょうか?」
「ほお、どんなパンがいいんだい? あたしは、あんまり酒に合うものに詳しくないんだよ」
「やっぱり、惣菜パンを増やすのがいいと思います。なんなら、このクロワッサンにハムやレタス、卵なんかを挟むと更に美味しくなるんじゃないでしょうか」
「ふむ」
「あと、ワインとバゲットは欠かせないですよね。チーズパンも合うだろうし‥‥‥」
止まらない私のマシンガントークに、公爵様が肩を振るわせて笑っている。
「後はカレーパンとかもあったら、美味しいかな‥‥‥」
「かれーパン?」
聞き馴染みがなかったようで、彼女が首を傾げた。
私は簡単に、「カレーパン」がどういったパンなのかを説明した。
しかし、この世界には「カレー」が普及していなかったので、カレーをビーフシチューに置き換えて説明をした。
「ふむ。油をかなり使うんだね。だとしたら、頻繁には作れないだろうけど、神出鬼没のパンとしてプレミア感を持たせて‥‥‥」
彼女はぶつぶつと呟いている。考えがまとまってきたようだ。
「奥さん、それ採用してもいいかい?!」
「どうぞ」
「よし、きた!」
彼女は豪快に笑って、私の背中をバシバシ叩いた。
「ありがとうね、奥さん! おかげで、考えがまとまったよ。これで商売繁盛間違いなしだ!」
「あはは」
「やっぱり、商売に関する具体的な対策は、貴族なんかに頼ることじゃないね! お客さん様様だよ!」
「そ、そうですね」
それはその通りなんだけど、今この店にいる公爵様は貴族なんだよね。
というか、当の公爵様はこの状況にずっと笑ってる。さては、酔ってるな‥‥‥
彼女に本当のことを教えようか迷ったけど、やめた。
公爵様は不敬くらいで、領民を罰しないし、真実を教える必要はないだろう。
というわけで、その日の晩酌は終わった。
のちに、このパン屋で「クロワッサン」と「ビーフシチューパン」が売り出された。
クロワッサンは、卵やハムなどの具材が挟まれた新たなサンドイッチの形として、子供から大人まで愛される人気商品になった。もちろん、ビールとの食べ合わせとしても、好まれている。
ビーフシチューパンは、時々しか作られない幻のパンとして、その存在を求める人が増えた。値段は張るが、その希少性と高級感から、お金を払う人は後を絶たないと言う。
結果的に、珍しいパンは注目を集め、売れまくった。
そして、このパン屋。のちに、公爵家当主とその妻の御用達の店としても名を馳せることになる。
しかし、人々は知らない。店の繁盛の裏には、とある聖女の提案があったことを。大雑把で気のいいオーナーがとある夫婦の正体を知った時に、悲鳴をあげたことを。知る人はほとんどいなかった。
お忍びで訪れていた夫婦の正体にオーナーが度肝を抜かれるのは、もう少し先の話である。
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