第13話 この契約を破棄しよう
許可証を渡そうとした、その時だった。
「それは王家からのものだが、何をしているんだ?」
「え?」
驚いて振り向くと、そこには公爵様の姿があった。
「公爵様、なんで‥‥‥?」
公爵様は自白剤の副作用で眠りについたはずだから、ここに来れる訳がない。なのに、なぜ彼はここにいるのか。
というか、これって私が裏切っているような状況に見えるんじゃ‥‥‥
そんな不安がよぎった次の瞬間には、大司教が公爵様の足元に縋っていた。
「公爵様っ! お助けください。この子が勝手に許可証を盗んできて、私に渡そうとするのです」
「違‥‥‥っ」
慌てて否定しようとするも、大司教は強くこちらを睨んで言葉を制止してきた。
ああ、そうだ。
まだ子供達が解放されていない。ここに来る途中で見かけた教会孤児の子達を思い出す。大司教が何かしらの方法で合図したら、あの子達は無事ではいられないかもしれない。
「彼女がそんなことをしたのか?」
「はい。そうなんです」
公爵様はすっと目を細めた。彼の視線は、どこまでも冷徹無慈悲で‥‥‥
そういえば、彼は「冷徹公爵」と呼ばれていただっけ。今までずっと優しかったから、思い出すことなんてほとんどなかったのに。
大司教の言葉を鵜呑みにしていまうかもしれないと不安に思った次の瞬間。
「嘘をつくな、大司教」
「え?」
公爵様は剣で大司教を切り伏せていた。
「え? え?」
「安心しろ、レプリカだ。気絶はさせたが、切ってない」
「レプリカ‥‥‥」
「閉じ込められていた子供達も無事だ。レンドールが保護してくれている。怖がらせてすまなかった」
彼が手を差し出し、まだ混乱している私を立たせた。
「怪我はないか?」
「大丈夫ですけど、どうしてここに?」
「先週、君と大司教が会っていたところをレンドールが見ていたんだ。だから、全部知っていた」
「え‥‥‥」
一週間前。窮地に陥った教会が私に接触しようとする可能性があると見て、レンドールに私を張らせていたらしい。そして、彼から私と大司教の会話の報告を受けたそうだ。
全てを知った公爵様は、一計を案じた。
罠にかかったフリをして大司教を釣ろう、と。
未だに王家からの許可証も出されておらず、調査は不可能。ならば、大司教側の有責を盾に、瘴気の件について洗いざらい話させようという作戦だ。
「許可証が出ていない?」
「王家としては、なるべく教会とは争いたくないようで、なかなか首を縦に振らなかった。だから、君が持っているそれも偽物だ」
私は公爵様の部屋から持ち出した許可証を見た。精巧に作られているし、正式な王家の文書を見たことがなかったので、まったく気づかなかった。
自白剤を含んだ酒も上手く別の場所に流して飲んでおらず、自白剤が効いていると見えるように演技をしていたらしい。
だから、公爵様はこの場に駆けつけることが出来たのだ。
「どこに裏切り者が紛れているか分からなかったから、君と作戦内容を共有できなかった。本当にすまない」
公爵様はこう言って、話を締めた。
彼の話を聞き終わった瞬間、私の目からぽろぽろと涙が溢れてきた。
「じ、ジゼル?」
「‥‥‥」
「ここに来るのが遅くなって、すまない。閉じ込められていた子供達を保護するのに時間がかかって‥‥‥。怖かったよな?」
「ちがいます。公爵様が悪いんじゃなくて」
公爵様は慌てているが、怖かったから泣いているわけではない。安心したから、泣いてるのだ。
「私は、公爵様を裏切っていた訳ではないんですね」
「ああ、そうだよ」
「よかったぁ」
公爵様は小さい子供をあやすように、私の涙を拭った。彼が変わらず優しくて、安心する。
しばらくして、公爵様はその手を止めた。そして、「ちょっと待っていてくれ」と囁いて、いつの間にかやって来ていたレンドールの元へと向かった。
「子供達の安全は確保しました」
「ありがとう。すまないが、その剣を貸してくれないか」
「はい」
レンドールから剣を受け取り、彼は這いつくばっている大司教の所へ歩いていく。
いつの間にか目を覚ましていた大司教は、この場から逃げ出そうとしていた。
「さて、大司教」
「ヒッ」
逃げだそうとしていた大司教の体の横に、容赦なく剣を突き刺す。今度はレプリカではないようで、剣先が床にしっかりと刺さっていた。
「ジゼルを脅し、公爵家にあった証書を盗もうとした現行犯だ。言い逃れは出来ないぞ」
「私は、何も知らない。ジゼルが勝手にやっただけです。その小娘のことを信じるのですか」
「俺は、ジゼルと信頼関係を築いてきた。どちらを信じるかは明白だ。さあ、さっさと吐け」
「な、なにを」
「しらばっくれるんじゃない。工場で行われていること、教会で行われた非人道的な行いの数々、すべてだ。それから、稼いだ金もどこかに隠してあるだろう。その在処も吐け」
「いや‥‥‥」
大司教が首を横に振ると、公爵様はガンッと剣を突き立てた。
「嫌じゃない。これまで教会孤児を苦しめてきた罪、領地に瘴気を増やした罪。それから、公爵家の妻に手を出した罪。全て償ってもらう」
「ひいいいいいいい」
大司教はガクガクと震えて、情けない叫び声をあげた。その後、数時間にわたる尋問が「冷徹公爵」によって行われることとなった。
☆☆☆
教会所有の工場で瘴気が発生していた原因は、大司教の証言により明らかになった。工場では、魔物が使用された法外の研究が行われていたらしい。
王家にこれまでの所業を報告をされ、教会のトップである大司教は捕らえられた。余罪はまだまだあるそうで、王家によって徹底的に調べられているところだ。
教会所有の工場は全て閉鎖され、そこで働かされていた子供達は保護された。
富と権力に固執した大司教は、全てを失い、今は牢屋で孤独に過ごしている。
後日。私は、公爵様と向かい合って座っていた。私たちがいるのは、初めて契約を交わした部屋だ。
「元々、君を介して教会が何かを仕掛けてくるだろうことは予想していたんだ」
聖女は非常に珍しい存在であり、教会が簡単に手放すはずがない。公爵様は、何か裏があると見て、私のことを警戒していたらしい。
だから最初に「これは契約結婚だ」などと突き放すような言葉を敢えて言ったのだ。
「なのに、君は‥‥‥」
『契約の条件に晩酌もつけて下さい』
公爵様は、クッと笑いを漏らす。
「最初は、新手の罠なのかと思った」
「そ、そんな変なこと言いましたか?!」
「‥‥‥いや」
そこで目を逸らさないで下さい、公爵様。
「晩酌中に何かを仕掛けてくるのかと思ったら、そんなこともない。最初の晩酌の時は、レンドールも俺も何が目的なのかと疑っていたんだ」
「じゃあ、最初の晩酌の日に酔っていたのも演技っていうことですか?」
「‥‥‥いや」
公爵様は再び、そっと目を逸らす。
本当に酔っていたらしい。彼のために忘れてあげよう。公爵様はコホンと咳払いをして、話を続けた。
「特にレンドールは、教会の実態を知っていたから、君への警戒心も強くて、しばらくは疑っていたみたいだ」
彼の敵意もそれが原因だったのかと納得した。公爵家に来てから疑問に思っていたことが明らかになっていく。
「今回は君を囮に使ってしまい、申し訳ない。心から謝罪する」
「いえ。あの時はあれが最善でしたよ」
私が大司教に利用されずに済んだのは、公爵様が私のことを気にかけてくれていたからだ。
感謝しかないのに、公爵様は真面目に頭を下げてくれる。
「さて。すべてが解決した訳だが、君との契約は破棄したいと思う」
「そうですか」
瘴気の原因も判明し、やがて瘴気はなくなる。聖女である私の力は不要になったのだろう。あらかじめ予想していたことだから、取り乱さずに受け入れることが出来た。
しかし、公爵様の次の言葉は予想していないことだった。
「その上で、提案する。また新たな契約を結ばないか?」
「え?」
「君が浄化をした地域では作物がよく育つらしい。領民から、聖女様にまた来て欲しいと要望が絶えないんだ」
私は、これまでの浄化作業の中で、感謝の気持ちを伝えてくれた領民の顔を思い出す。あの時、私は確かなやりがいを感じていたように思う。
そして、その後に飲んだお酒が格別に美味しかったことも覚えている。
「私でいいんですか?」
「俺が君と仕事がしたいんだ。それに何より、また晩酌もしたいと思っている」
私はどうしたいのかと、改めて気持ちを問われる。公爵家に来てからの日々は楽しくて、充実していた。「どうしたいか」なんて答えはとっくに決まっている。
私は公爵様に頭を下げた。
「私でよければ、やらせて下さい」
「なら契約成立だ。書類は、後ほど渡すからそこにサインしてくれ」
「はい」
話がまとまり、立ち上がる公爵様を引き留める。
「公爵様。本当にありがとうございます」
「いや、大したことではない。君は俺の大切な‥‥‥」
公爵様の真剣なまなざしに、ドキリと心臓がはねた。
「大切な?」
その後に続く言葉に期待して、胸の奥が締め付けられる感覚がした。
公爵様の次に続く言葉を待つが‥‥‥
「‥‥‥大切な飲み友達、なんだからな」
しばしの沈黙。それを打ち破るかのように、部屋にレンドールが入ってきた。
「公爵様、確認してもらいたい資料があるのですが‥‥‥。お邪魔でしたか?」
「あ。じゃあ、私は失礼しますね」
「そうだな。うん。そうしてくれ」
しどろもどろになりながら挨拶をして、自分の部屋へと戻っていく。
びっくりした。本当に、びっくりした。
一体、私は、「大切な」の言葉の後に何を期待していたんだろうか。
―――――――――――――――――――
新たな契約を交わし、ジゼルが出ていった直後。
レンドール「公爵様」
公爵様「なんだ?」
レンドール「ヘタレですか?」
公爵様「‥‥‥うるさい」
遅くなりました‥‥‥
最終話は明日更新。最後は楽しく晩酌です。
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