第10話 ひと仕事終えた後の酒=最高
「それでは、お疲れ様でした! 乾杯ー!」
「乾杯」
ビールを体に流し込むと、すぐにアルコールが回り体の奥が熱くなるのを感じた。
「疲れた体に効く‥‥‥」
「そうだな。本当に結界の作業、ご苦労様」
「いえいえ。こちらこそです」
お互いにペコリと頭を下げてから目が合うと、少しだけ笑ってしまった。
今日、無事に全ての工場に結界を張る作業を終えることが出来た。結界を張ったおかげで、領地内に瘴気が広がることはなくなってきている。
あとは、瘴気の原因調査を進めるだけだ。
教会は調査を拒否しているらしいが、公爵様が王家に事情を話して協力を仰いでいる。王家から調査の許可が出たら、教会も応じざるを終えないだろう。
瘴気の原因が判明するのも、時間の問題だ。
「よし、さっそくおつまみも食べましょう」
今日のおつまみは、『おでん』だ。私はさっそく大根や卵、野菜や練り物などを鍋から自分のお椀に取り出し、公爵様にも分けていく。
まずは大根。おでんのつゆがしみこんでおり、ずっしりと重い。口に含んだ瞬間、じんわりとつゆの味が口の中に広がる。
はふはふ言いながら、大根を
「ああーいい感じに染み渡る‥‥‥」
公爵様も大根を食べて「ほぅ‥‥」と息を吐いた。
「あぁ、どこか懐かしい美味しさだな」
「はい。特別な感じはありませんが、ほっとしますよね」
前世の社畜時代。寒い冬の日に、コンビニで買うおでんとお酒が最高に好きだった。温かいおでんとお酒が、冷えきった体を癒やしてくれたのだ。
「公爵様。卵もおいしいですよ」
「ああ、食べてみるよ。だが、汁の中で黄身がほぐれてしまって、なかなか食べづらいな」
「私は、いつもこうやって食べてますよ」
新たな卵を取って、すぐに半分に割る。黄身の出ている表面でつゆをすくい、卵を食べる。表面の黄身は温かいつゆによって、ほぐれて柔らかくなる。逆に、奥の黄身は固いまま楽しむことが出来るのだ。
少しお行儀が悪いかもしれないけれど、この食べ方が一番好きだった。
卵を食べるのに苦戦している公爵様を見つつ、ビールに口をつける。
「ひと仕事終えた後のお酒って最高ですね。格段に美味しい」
「そうだな。疲労と達成感がスパイスになって、いつもより上手く感じる」
「そうなんですよっ」
公爵様も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、いつもより大きな声を出してしまった。少し恥ずかしかったが、公爵様はあまり気にしていないようだ。
「それにしても珍しい食材ばかりだが、探すのは大変じゃなかったか?」
「あはは‥‥‥」
流石におでんに使われている具材の全てがこの世界にあった訳ではない。似ている食材を取り寄せたり、オリジナルの具を入れたりもした。レンドールやコックさんにも相談しながら、何とかおでんをつくる事が出来たのだ。
正直に言うと、かなり手間はかかった。でも、今日はどうしてもおでんを食べたかった。
「なんで、これが食べたかったんだ?」
「そうですね‥‥‥」
仕事帰りにおでんを食べ、楽しかった前世の思い出。それを公爵様と共有したかったのだ。
それに、何より‥‥‥
「あたたかい物って元気になるじゃないですか。前に、」
「ん?」
そこで言葉が詰まった。少しだけ俯いて、再び言葉を紡ぐ。
「以前に、公爵様が入れて下さったホットミルクで元気を頂いたので。いつか絶対に温かい物を作りたいと決めてました」
「‥‥‥」
あの夜の日。トラウマを思い出して眠れなかった私に、公爵様はホットミルクを入れてくれた。それが嬉しくて、じんわりと体の奥が温まって。
「それで、えっと。大きな仕事も終わったし、疲れた体にちょうどいいかなって、これを選びました‥‥‥」
「そうか。ありがとう」
公爵様がまっすぐお礼を言ってくれるものだから、恥ずかしくなってきた。私は早口で次の言葉を紡ぐ。
「あ、あと。お酒とも合うので」
「そっちが本音だな?」
「実はそうです」
「ああ、やっぱり」
私が頬を膨らますと、公爵様は「冗談だよ」と笑う。いつの間にか、お酒を飲みながら軽口をたたき合えるくらいの仲になった。それが嬉しい反面、最近は不安にも思う。
瘴気が領地に影響を及ぼすこともなくなり、瘴気の原因調査の方も大詰めを迎えている。もしも全てが解決したら、聖女である私はいらなくなってしまうのではないだろうか。
私たちは契約結婚だ。公爵様は、領地のために聖女を買ったにすぎない。全てが解決をしたら、私の存在価値なんてなくなってしまう。
公爵様は薄情な人間ではないと分かっているはずなのに、どうしても考えてしまう。
もう、こんな風に一緒に飲むことが出来なくなってしまうかもしれない、と‥‥‥。
☆☆☆
晩酌を終えて、自室に戻る途中。いつもお世話になっているコックさんに呼び止められた。
「ジゼル様。『おでん』というものは、いかがでしたか?」
「バッチリです。協力して下さり、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらも勉強になりますし、いつも作ったものを分けてもらってますから」
彼は美味しかったです、と微笑む。
彼は、私の料理を手伝ってくれていることも多い。しみじみといい人だと感じる。
「ところで、ジゼル様に少し確認したいことがあるのですが‥‥‥」
「はい。何ですか?」
「えっと」
彼は顔をこわばらせて、後ろを気にしている。もしかしたら、誰にも聞かれたくないことなのかもしれない。
「場所を変えますか?」
「そうしましょう! 付いてきて下さい」
私が提案をすると、彼は顔を輝かせた。上機嫌に足を進める彼の後を歩いて行く。しばらく一緒に歩いて行くと、やがて玄関にたどり着いた。
「あの、外に出るんですか?」
「はい。こっちじゃないと話せないことなので」
少し違和感を感じつつも、「いつもお世話になっているのだから」と自分を納得させる。しかし、どんどん公爵邸から離れていくことに不安を感じ始めた。
「あの、ここでは駄目ですか?」
「ええ、もう少し先です」
彼は振り返らずに淡々と告げる。
「あの、やっぱり別の日にしてもらっても‥‥‥」
「駄目じゃないか、ジゼル。ここまで連れてきてくれたのに」
その声に、心臓が嫌な音をたてた。なじられ殴られた記憶が甦り、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。
「久しぶりだね。ずっと君に会いたかったんだよ」
「大司教様‥‥‥」
そこには、私を売った大司教がいた。
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