第11話 大司教との再会






「大司教様‥‥‥」

「久しぶりだね。ジゼル」


 そこには、大司教の姿があった。私を売った時と変わらない顔で、にこやかに話しかけてくる。


「私は、あなたと話に来たわけではないのですが」

「私は君と話したかったんだよ。だから、公爵家の料理人に頼んで、連れてきてもらったんだ」


 騙された。私を連れてきた人は、既に姿を消している。

 そういえば、以前に公爵様が「公爵家の中に裏切り者がいる」と言っていた。あの時は他人事のように考えていたけれど、まさか仲良くしていたコックさんが教会のスパイだなんて。

 「もっと早くに気付けたら」と後悔しても、もう遅い。とにかく今は、無事に公爵邸に戻ることを考えなくては。


「早く帰して下さい」

「反抗的な君を見ていると、悲しいよ。君は大人しくて優しい子だったのに、変わってしまったね。よほど公爵家でつらい目に遭ったんだね」


 話が通じなさすぎて、イライラしてきた。


 もしも私が変わったのだとしたら、それは前世を思い出したからだ。前世を思い出して、教会のいいなりにならなくなっただけ。公爵家は関係ない。


「でも、大丈夫だよ。君が変わってしまっても、教会は君の味方だからね」

「何が味方ですか。今まで散々いいように使ってきた癖に」


 私が睨み付けると、まるで話にならないとでも言うように大司教は肩をすくめた。


「まあ、いい。今日は君に恩を返してもらうために、来てもらったんだ」

「恩?」

「そうだよ。教会が君を育てた恩を忘れてはいけない。たとえ君が忘れようとも、神様はすべて見ているから」

「あなたの悪事も?」

「‥‥‥」


 今まで教会所有の工場に結界を張っていく中で、改めて劣悪な環境を目の当たりにした。本格的に調査が始まれば、その労働環境も問題視されるだろう。

 教会は頑なに調査を拒否しているが、それも王家からの許可証が与えられるまでの悪あがきだ。教会をまとめる立場にいる大司教でも、王家の追求から逃れることは出来ないのだから。


「さて。公爵家は、瘴気の原因が教会所有の工場だと疑っているみたいだね」

「‥‥‥」 

「教会は無実なのに、内部を調べられるなんて嫌だろう? 王家から与えられた許可証を盗んで教会側に渡して欲しいんだ」

「盗むなんて出来ません」


 私にこれ以上ない生活を保障してくれている公爵様を裏切ることなんて出来ない。それに、王家の許可証は厳重に保管するはずだ。私に盗むことは不可能だろう。


「ああ。君が出来ないと言うのなら、教会にいる孤児達がどうなってもいいということだね」

「は?」

「せっかくだから、君のかつての仲間から消していこうか。身寄りのない子達だから、誰も文句は言わないしね」

「そんなこと‥‥‥」


 大司教なら、やりかねないと思ってしまった。そして、それが実現してしまうことを恐ろしく思った。

 私の心情を察したのだろうか。大司教は笑って、私に粉状の物を渡した。


「ここに自白剤がある。ある程度親しくないと効果がないものだけど‥‥‥君たちはいつも晩酌をしていて仲がいいみたいだから、安心だね。これで、王家の許可証の在処を聞くんだよ」

「‥‥‥」

「ああ、公爵に助けを求めては駄目だよ。君が不審な動きをしたら、すぐに私の元に報告がくるからね」


 私をここに連れてきた彼のように、スパイは他にもいるのかもしれない。そう考えると、下手に公爵様に相談なんて出来ない。


「やるかどうかは、君次第。自由だからね」


 大司教は去って行き、私は一人取り残される。


「何が、自由なの‥‥‥」





☆☆☆







「ジゼル様、どうしたんですか?」

「レンドール君」


 ふらふらとした足取りで公爵邸に戻ると、すぐにレンドールと出会った。彼は心配そうに私の顔を見ている。


「顔が青ざめています。侍女を呼んできますね」

「何でもないので、大丈夫ですよ」

「ですが‥‥‥」


 立ち往生していると、たまたまそこに公爵様が通りすがった。


「二人とも、どうしたんだ?」

「公爵様‥‥‥」


 彼の顔を見て、ずきりと胸が痛んだ。


「ジゼル様の体調が悪いようです。ここはお任せしますので、侍女を呼んできます」

「ああ、分かった」


 レンドールを見送ると、公爵様は私の顔をのぞき込んできた。


「ジゼル、大丈夫か?」

「はい‥‥‥」

「レンドールの言うとおり、顔色が悪い。気分が悪いのか?」


 黙って首を横に振る。公爵様の優しさが、今はつらい。

 彼に全てを話してしまいたいけれど、どこで教会の人間が見ているのか分からない。そして、今日のことを話したら、教会にいる子達が‥‥‥


「飲み過ぎたのか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。‥‥‥来週も晩酌しましょうね」


 私はむりやり笑顔を作って、来週の約束をした。

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