第6話 あと三年は一緒にお酒を飲みませんので。






「いいですか? 食べ物は誰かが一生懸命作ったもので、沢山の人が関わっているんです。それを粗末に扱うなんて、言語道断。わざとじゃないならまだしも、『仲良くしたくない』なんて理由で食べ物を振り払って‥‥‥。もちろん、不注意だった私も悪いですが」


 私は、レンドールを椅子に座らせて、粗末にしてしまった食べ物について言及していた。しかし、彼は話を全く聞いていないように見える。


「あの、聞いてます?」

「‥‥‥食べ物のことで説教をするなんて、聖女様はずいぶんと立派なんですね」


 彼は蔑むようにこちらを見た。その目線が憎々しげで、ここまでされると流石に少し悲しい。


「そんなに、私のことが嫌いですか?」

「嫌いですね」

「なぜですか?」


 彼は、私の質問には答えようとしない。


 私はチラリと、手のつけられていないチーズフォンデュとお酒を見た。


 おいしい食べ物とお酒は、口を軽くさせる。私は、今度こそしっかりと彼に食材を手渡した。


「せっかくだし、食べてみませんか? 私のことは嫌いでも、チーズフォンデュが嫌いなわけではないんですよね?」

「‥‥‥はあ。分かりました。けれど、お酒は飲みませんよ」


 まあ、お酒は酔う危険があるし、嫌っている相手に酔っている姿なんて見せたくないだろうしね。


 彼はウィンナーをチーズにつけて、口に運んだ。私も同様にブロッコリーを取って食べる。ブロッコリーの先端部分が口の中でホロホロ溶ける。


 しばらくの間、沈黙が続いた。


 彼は黙々と食べるだけで、何も喋ろうとしない。しかし、チーズフォンデュも終盤に差し掛かった時、彼はようやく口を開いた。


「‥‥‥僕は、教会孤児です」

「え?」


 思わぬ言葉に驚いた。彼が私と同じ境遇だったからだ。


「教会が孤児を引き取っていると言えば聞こえはいいですが、実際は強制的に働かせて、金を稼がせる人材が欲しいだけ。少しでも休めば、殴る蹴るも当たり前にされました」


 それは、私にとっても覚えある記憶だ。聖女として長時間の労働を強いられていた。


「必死になって働いた金が何に使われているのかと思って、ちょうど僕の所属する教会にいた司教に問いただしてみれば‥‥‥」



『ああ。あれはね、聖女たちが着飾るために使われているんだよ。彼女が贅沢ばかりするから、経営が厳しいからね』



「あの地獄から抜け出せたのは公爵様のおかげです。だから、公爵様に感謝してるんです。なのに、公爵様はの買った聖女は、公爵家でもこんな晩酌会を開いて贅沢ばかり」

「‥‥‥」

「それに、なによりも許せないことがあるんです」


 彼は、ぐっと拳を握った。そして。


「どうして、そんなに公爵様と仲良くなってるんですか? 僕だって、晩酌したことないんですが!」

「え、そっち?」





☆☆☆







「はあ? 全部、司教の嘘ですか?」

「卑劣な教会のことです。元々聖女に罪を擦り付けるつもりだったんじゃないですか」


 私は、彼の誤解を解くため、教会の実態を伝えた。しかし、彼はまだ半信半疑といった様子だった。


「それなら、何故当たり前のように食材を浪費するんですか? 今日だって、決して安くないチーズをこんなに使って‥‥‥。贅沢に慣れてるからなのでは?」

「ええと。一応、材料は私の給金で買ってますよ」


 実は、聖女として役目を果たす対価として、公爵様から給料ももらっていた。

 元々は給料はない予定だったのだが、教会からお金を受け取っていないと知った公爵様が配慮して下さったのだ。


 「自由に使っていい」と言われたお金を、私は晩酌のために当てていた。時々は公爵様もお酒や材料を買ってきてくれるし、お金に困ったことはない。ビバ、ホワイト企業。


「は? 給金で材料を? ドレスや宝石も買ってないんですか?」

「はい。ほとんどを材料費と酒代にしています。私の格好を見れば分かるでしょう」


 仮にも公爵夫人であるため、必要最低限は揃えてある。けれど、無駄遣いはしていないはずだ。

 私の格好をマジマジと見つめた彼は、「ああ」と唸った。


「とんだ誤解をしており、すみませんでした」

「いえ、大丈夫ですよ」

「けれど、公爵様と仲がいいことは恨んでいます」

「とんだ私怨で、びっくりです」


 レンドールの私に対するこれまでの言動は、公爵様と晩酌していることが許せなかった為のものなのだろう。しかし、いい大人が嫉妬であんな態度を取るなんて‥‥‥


「そんなに、公爵様のことが好きなんですか?」

「はい。教会から引き取って下さった公爵様は、僕のヒーローですので」

「なるほど?」


 そんなことを話しているうちに、チーズフォンデュも食べ終わってしまった。私は勇気を出して、去ろうとしていた彼を呼び止めた。


「あの、今度は一緒に飲んでくれませんか?」


 今回は、一緒にお酒を飲むことが出来なかった。けれど、誤解が解けた今、改めて一緒に飲みたいと思ったのだ。


 しかし、彼は首を横に振った。


「無理です」

「公爵様も一緒にしますよ」

「無理ですね。少なくとも、あと三年は」


 三年?と首を傾げると、レンドールは気まずそうに目を逸らした。


「僕、まだ十五才なんですよ。お酒飲めるようになるまで、あと三年なんです」

「十五才‥‥‥」


 その言葉に、これまでの彼の言動が甦る。確かに、彼は絶対にお酒を飲もうとしていなかった。


「って、私より年下?!」

「さて。チーズフォンデュとやらも食べ終わりましたし、今度こそ帰りますね」

「ちょ、レンドールさん!」


 彼は、私の呼びかけに振り返ろうとしない。ああ、行ってしまう。誤解は解けたけれど、まだまだ仲良くはなれないみたいだ。


 しかし、部屋を出て行く直前。彼は耳を真っ赤にして口を開いた。


「どうしてもと言うなら、一緒にご飯くらいは食べます。‥‥‥チーズフォンデュ、とても美味しかったので」

「え?」

「それでは!」

「えぇ?!」





――――――――――――――

(補足)

念のため。18才飲酒オッケーは、作中での設定です。日本では20才以上にならなければ、飲酒は出来ません。

本日は、第7話も投稿します。よろしくお願い致します。



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