第7話 「夜中だけど、お酒飲んじゃお!」「やめとけ」





 私は、教会孤児だった。


 清廉潔白を謳っているはずの教会は、非常に劣悪な環境で、ご飯も一日一食もらえればいい方。反抗すれば、服で見えないところを殴られる。


 私に聖女の力があると判明してからも、その待遇はほとんど変わらなかった。


 ほぼ洗脳のような状態で、毎日働かなければと気を張っており、教会のために働くことが全てだった。

 この状況をおかしいと思ったのは、前世を思い出しすことが出来たから。思い出さなければ、きっと今も‥‥‥


 教会を出て、公爵家へ向かう直前。教会のトップである大司教から言われた。


『ジゼル。私たちが育てた恩を忘れてはならないよ』


 あいつは、そう言って私を売ったんだ。





「‥‥‥‥っ!!」


 嫌な夢を見て、目が覚めた。カーテンを開けると辺りはまだ暗く、夜中に起きてしまったことが分かった。


 教会孤児だったレンドールと話をしたからだろうか。久しぶりに、大司教のことを思い出してしまった。


 聖女という立場上、大司教と顔を合わせることは度々あった。彼は穏やかに微笑んでいるのに、私たちを詰って殴って、そして時々優しい言葉をかけるんだ。

 その優しいフリをした言葉に騙されて、ずっと働いてきたけど‥‥‥


 私は目線を下げ、考えを振り払った。楽しいことを考えて、さっさと寝よう。


 明日は仕事が休みになっている。何をしようかな。美味しいものでも買いに行こうかな。


「‥‥‥」


 眠れない。どうしても、教会での出来事を思い出してしまって、目を瞑っても眠りにつくことが出来ない。今までは、こんなことなかったのに。


 寝汗もかいてしまったし、喉も乾いているので、私は何かを飲むことにした。

 私は飲み物を取りに行くため、部屋を出てキッチンを目指す。


 屋敷の中は静まり返っている。


 公爵様は、仕事が終わって帰ってきているかな。次にゆっくり話せるのは、来週になるのだろうか‥‥‥


 キッチンにたどり着き、物色を始める。


「確か、この辺に飲み物があったはず」


 そこで、目に入ってしまった。レンドールが飲めなかったために、残ったビールだ。お酒はとっておけるので、来週用にと残したのだが。


 ゴクリと喉が鳴る。


 残っているなら、飲んでもいいよね?


 そーっと、お酒を取り出していく。そーっと。


「待て。夜中に酒はやめておけ」


 後ろからヒョイとビール瓶が取られてしまった。驚いて振り向くと、そこには公爵様の姿があった。


「え?! なんでいるんですか?」

「今帰ってきたんだが、夜中のキッチンに忍び込んで、酒を飲もうとしている女がいたからな」

「う‥‥‥」


 客観的に聞くと、自分がやばい女すぎて頭を抱えたくなる。


 それでも私は、公爵様に手を差し出した。


「公爵様、お酒を返して下さい。無性に飲みたいんですよ」

「ダメだ。喉が渇いているなら、別のものを飲め」

「無理ですよ。もうビールを飲む気分になりました」

「なら、早く寝ろ。寝ればそんな気分はなくなる」


 寝ても消えなかった記憶に、少し悲しくなった。少し泣きそうになったのを悟られたくなくて、私は俯く。


「無理です」

「‥‥‥」

「眠れないんですよ‥‥‥」


 ああ、最悪だ。契約相手にこんなこと言うなんて、呆れられてしまう。こんな言葉、社会人失格だろう。


「ちょっと待ってろ」


 公爵様は、私を椅子に座らせて、キッチンで作業を始めた。彼の後ろ姿をぼんやりと見つめる。

 しばらくして渡されたのは、ホットミルクだった。


「寝るために酒に頼るのは良くない。依存になる。眠りたい時は、温めた飲み物を飲め」

「温かいビールは?」

「あほか」


 公爵様が強めの言葉を使うなんて、珍しい。でも、声色がすごく優しいから、責められている感じはしなかった。


 いただきますと言って、私はホットミルクに口をつけた。


 甘くて、温かい。


 少しずつ飲んでいくうちに、じんわりと体が温まっていくのを感じた。


「眠れそうか?」

「‥‥‥」

 

 正直、胸の奥に張り付いた嫌な記憶は消えていない。けれど、それを言って、これ以上困らすことは出来ない。


「えっと、」

「そういえば、明日は仕事が休みの日だったな」


 私が言い淀んでいると、公爵様は話題を変えた。


「一緒にどこかに行かないか」

「え?」

「今日の埋め合わせもしたいし、酒の飲み放題が出来る店があるそうだ」

「飲み放題?! 行きたいです!」


 私が勢いよく顔を上げると、公爵様がポンポンと私の頭を撫でた。


「元気になったな」

「あ‥‥‥」

「君には、酒の話題が一番だな」

「そんな酒のことしか考えてないみたいに」

「え? 違うのか?」

「ひどい!」


 私が抗議すると、彼はクスクスと笑った。


「冗談だよ。とにかく、明日出かけたいなら、早く寝ることだ。いいな?」

「‥‥‥はい」


 小さい子に言い聞かせるような言い方に、私は素直に頷く。彼の言葉に、行動に、甘やかされているのを感じた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 部屋の前まで送ってくれた彼と別れて、私はベットの上にダイブした。

 

 ゴロゴロと布団の上に転がる。明日は公爵様とお酒を飲みに行くんだから、早く眠らなければいけない。


 公爵様のお陰で、もう大司教のことなんて忘れたし、少しも思い出さない。なのに‥‥‥


 なのに、眠れない。


 公爵様の優しい声と笑顔を思い出して、私は枕に顔を埋めた。

 



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