第8話 公爵様、それはフラグですよ





 次の日。


 公爵様が連れて来てくれたお店は、外観の可愛らしい庶民的な店だった。店内はこじんまりとしていて、客の人数は数人程度。落ち着いて飲むことが出来そうだ。


「意外です。公爵様は、もっと高級なお店の方が好きだと思っていました」

「ここなら沢山の酒が味わえると聞いて、興味が湧いたんだ。もしかして高級店の方がよかったか?」

「いえ、庶民的な方が嬉しいです」


 何せ元社畜の元庶民。前世、会社の上司に回らない寿司屋に連れて行かれた時は、緊張でお寿司をろくに味わうことが出来なかったくらいだ。


 私たちは席について、店員さんに注文を始める。私は「飲み放題プラン」と書かれたメニューを指さして尋ねた。


「この『飲み放題プラン』では、何杯でも飲んで大丈夫なんですか?」

「はい。このプランでは、お酒が何杯でも飲めるようになっています。より多くのお酒を味わってもらうためのプランとなります」

「おお~」


 

 飲み放題は前世ぶりなので、わくわくする。


 まずは、やっぱり王道のビールを頼んだ。公爵様と乾杯をして、冷えたビールを体に流し込む。


「くぅっ‥‥‥!」


 アルコールが体の中を駆け巡り、いい感じに食欲を刺激された。さっそく、おつまみも食べていこう。

 おつまみには、ローストビーフを選んだ。ローストビーフには、彩り豊かな野菜とソースが付いている。

まずは何もつけない状態で、ローストビーフを口の中に放り込んだ。


「おいし~~っ」


 柔らかい肉の食感にとろけてしまいそうだ。

 次はソースをつけて食べてみる。色合いと香り的に赤ワインのソースかな。果たしてその予想は的中しており、ソースのほのかな甘みと深い味わいを感じる。


「ソースをつけると、また違う味わいがありますねえ‥‥」

「そうなんだな」

「公爵様は、何を頼んだんですか?」

「俺は、ミートパイだな。こっちも美味しいよ」

「いいですね! 私も頼もうかな」


 追加のおつまみを頼みつつ、フルーツサワーを飲み始めた。

 ミックスフルーツ味が爽やか且つまろやか。ほとんどジュースを飲んでいるみたいな感覚で酔うことが出来るの最高かよ。

 その後は、カシスオレンジも飲んだ。グラスを口元に近づけると、ふわっとオレンジの香りが鼻腔をくすぐった。オレンジ丸ごと飲んでいるような瑞々しさと、お洒落な甘さで満たされていく。


 さてさて、次は何を飲もうかな。焼酎とかもいいかな。もう一杯ビールもありかもしれない。まだ全然酔っていないから、あと数杯は余裕でいけそうだ。


 ソワソワしながら目の前を見ると、公爵様はかなり飲んでいるみたいだった。というか‥‥‥


「公爵様、いつもよりペースが早くないですか?」

「ん、そうか?」

「そうですよ。前に失敗してから、飲む量は気をつけているんでしたよね?」

「ああ。二度とあんな失敗は繰り返さない」


 疑いの眼を向ける私に、公爵様は軽く笑って首を横に振った。


「大丈夫だ。公爵当主が外で醜態をさらすわけにはいかないし、飲む量は調整している」

「そうですか?」

「ああ。俺は、絶対に酔わない」

「公爵様。それフラグって言うんですよ‥‥‥」






 1時間後。


「公爵様ー? 酔ってますか?」

「酔ってらい」

「酔ってますね」


 公爵様、見事にフラグ回収。

 目の前にいる彼の目元はとろんとしており、顔も赤くなっている。そして、以前と同じように、涙目になって弱音を吐き始めた。


「瘴気の原因もまだ見つからないし、領民からは怖がられているし‥‥‥」

「瘴気の原因は、私も探しますから。あと、公爵様は誤解されているだけですよ」


 公爵様は、酔うと弱気になるタイプなのかな。いや。もしかしたら、本音を喋ってしまうタイプなのかもしれない。


「大丈夫ですか? 気持ち悪くはなっていませんか」

「なっていない。まだ全然飲めそうだ」

「水を飲んでください」


 店員さんが持ってきたくれたお水を飲ませると、少しだけ落ち着いたようだった。


「まったく。こうなるって分かっているのに、なんでお酒をセーブ出来ないんですか」

「すまない。君と飲む酒がおいしくて、ペースをまちがえた‥‥‥」


 彼は肘をついて自分の頭を支えながら、私を見上げる。涙目だからなのか、いつもより幼い印象だ。


 彼が本音を話してしまうタイプだとしたら、恥ずかしくてむず痒い。これでお酒飲んでいる間の記憶を何も失わないんだから、タチが悪いと思う。


 そんな会話をしていると、隣のテーブルからクスクスと笑い声が聞こえてきた。声の主を見ると、そこには一人で飲んでいる女性の姿があった。


「すみません。少し、話し声が聞こえてしまって。旦那さんと仲がよろしいんですね」

「いえ、旦那というか」


 契約相手というか、なんというか。

 私が言いよどんでいると、目の前の彼女はぺこりと頭を下げた。


「最近は暗い話題ばかりなので、少しだけ癒やされました。勝手にすみません」

「いえ、大丈夫です」


 あの会話を聞かれていたのかと、少しだけ恥ずかしい。好意的に受け止めてくれていることだけが救いだ。


「それより、暗い話題というのは‥‥‥?」

「主に瘴気のことですかね。せっかく聖女様が瘴気を晴らしてくれても、すぐに復活してしまうし」

「あはは‥‥‥」


 やっぱり、瘴気のことはみんな気になるよね。彼女は、私の正体に気づいていないらしく、瘴気について雄弁に語ってくれた。

 その中で、気になった情報が一つだけあった。


「この土地に新しい工場ができてから、瘴気も増えてしまって‥‥‥」

「工場ができてから? それは本当ですか?」

「はい。確かそうだったと思います」


 今までは、瘴気の原因を疫病と魔物の死体に絞って調べていたけれど‥‥‥


 これ、もしかしたら大切な情報かもしれない。

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