第5話 従者の方とチーズフォンデュを食べることになりました‥‥
ぐつぐつと、食材が煮える音がする。私は、鍋で「チーズ」を煮込んでいた。
今日は、晩酌の日である。そして、この日は、チーズフォンデュをお酒のお供にしようとしていた。
チーズの芳しい香りが漂い、もう匂いだけで美味しそうだ。「お腹すいちゃったし、一口だけ食べちゃおうかな」とウズウズしてきた。
これは決してつまみ食いじゃない。美味しく作れているかどうかの味見だ。味見なら、いいだろう。味見なら‥‥‥
「ジゼル。今日の晩酌なんだが」
「たたたた食べてませんっ」
「食べ‥‥‥? 何の話だ」
ちょうど調理場にやって来た公爵様は、私の言葉に驚いている。
危ない危ない。危うく食べてしまうところだった。「味見だから」と言い訳をして食べ始めたら、絶対に一口じゃ終わらない自信がある。
私は笑顔で誤魔化して、公爵様に聞いた。
「いえ、何でもありません。どうしたんですか?」
「実は‥‥‥。今日の晩酌なんだが、急用が入ってしまって、共に出来なくなってしまったんだ」
「ええ?!」
「本当にすまない。どうしても外せない用事がはいってしまったんだ」
そんな。今日はとっておきの料理を用意したのに‥‥‥
しかも、二人分用意してしまったから、食材が余ってしまう。
けれど、謝る公爵様は本当に申し訳なさそうで、怒る気にはなれなかった。
「お仕事なら仕方ないですよ。むしろ、いつもお忙しいのに、晩酌に付き合ってもらっちゃってすみません」
「君が謝る必要はない。契約を破る形になってしまったのは、こちらなのだから」
「契約‥‥‥」
契約という言葉に、少しモヤッとしてしまった。しかし、すぐにそれを振り払う。彼は本当のことを言っただけなのだから。
「本当にお気になさらないで下さい。食材が余ってしまうのがもったいないけれど‥‥‥また来週、飲みましょう」
「ああ。もちろんだ」
私達は微笑み合う。一緒にチーズフォンデュを食べたかったが、仕方がない。契約相手に我儘を言うなんて出来ないし、また別の機会に作ろう。気持ちを切り替えて、そう決めた。
後は、如何につくった物を余らせないかなんだけど‥‥‥
「君の料理についてだが、食材が余らない方法がある」
「?」
⭐︎⭐︎⭐︎
「‥‥‥」
「‥‥‥」
いつも晩酌をしている部屋には、気まずい空気が流れていた。
何故なら、私の目の前にはレンドールが座っていて、彼は私のことを嫌っているのだから。
彼は、公爵様の代わりに一緒に晩酌をしてくれるそうだ。ドタキャンして申し訳なく思った公爵様が呼んだんだって。
正直、自分を嫌っている相手とはあまり関わらないようにしたい。自分も相手も負荷がかからないように、仕事相手として、必要最低限関わっていくのがちょうどいいのだ。
とはいえ、公爵様のご厚意だ。食材も余らせるわけにもいかないし、レンドールに嫌な気分をさせるわけにもいかない。それに、何か誤解があるのなら、この機会に解けるかもしれない。
ここは、元社畜の対人スキルを存分に使って、もてなすしかない‥‥‥!
「えっと、とりあえず飲みますか」
「そうですね」
私はニコリと微笑みかけて、ビールを注いだ。黄金比を崩したくない私は、いつも二人分のビールを注いでいた。
一度、公爵様が注ぎたがったので、ビールの注ぎ方講座を開いたことがある。けれど、これが中々難しかった。
完璧なイメージのある公爵様は、意外にも不器用で、泡がグラスから溢れてしまうのだ。何度も失敗してしまって、しょんぼりしている公爵様、可愛かったな。
それ以来、基本的に私がビールを注ぎ、何回かに一度は、公爵様もビール注ぎに挑戦している。まだまだ合格は出せないけれど、少しずつ上手になっていた。
「今日はおつまみとして、チーズフォンデュというものを用意しました」
私がそう言うと、レンドールが眉をぴくりと動かした。
「もしかして、チーズ苦手でしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「それならよかった」
チーズは癖が強いので、苦手に思う人も多い。美味しいと思うんだけどね。
私はテーブルの真ん中にチーズの入った容器を置く。その周りに具材を配置していった。
スライスパン、ジャガイモ、ウィンナー、ニンジン、トマト、ブロッコリー、ハム‥‥‥
チーズに合う食べ物を並べて行く。
これらをチーズにつけたら、どれだけ美味しかろう。
さっそく私は銀製の串を手に取って、ウィンナーを刺した。そして、それを熱々のチーズにつける。取り出したウィンナーには、とろとろのチーズがたっぷりと絡んでおり、熱気を放っている。さっそくウィンナーにかぶりついた。
パリパリ、パリッ。
「ん~~~~っ」
噛むと同時に肉汁があふれ出して、濃厚なチーズと混ざり合う。美味しすぎる。
その濃厚な美味しさをつまみに、ビールを勢いよく流し込む。熱々のものを食べたので、冷えたビールが体に効く。
さて。次に手に取ったのはジャガイモだ。ホクホク食感のジャガイモが、熱々のチーズに溶け出している。ジャガイモとチーズの相性が本当に抜群だ。
その次は、スライスパン。そのままチーズにつけるのもいいけれど、ここは趣向を凝らしたい。パンとトマトとハムを一気に串刺しにして、ピザ風にする。お行儀が悪いかも知れないけれど、この罪悪感がたまらない。また、アメリカンな感じがお酒に合う。
「はあ、おいし‥‥‥」
そこで、レンドールが食材に全く手をつけていないことに気づいた。初めて食べるものだから、戸惑っているのかもしれない。私は彼用の串でにんじんを取って、彼に渡そうとする。
「ほら、レンドールさんも食べてみて下さい」
「いえ、大丈夫です」
「でも、夕飯もまだですし、お腹空いてますよね?」
「大丈夫ですから」
彼は、私の手を振り払う。すると、その衝撃で食材が私の手から離れてしまった。
「あっ‥‥‥」
食材がコロコロと転がっていき、気まずい沈黙が流れる。
しばらくすると、レンドールが深いため息をついた。
「‥‥‥勘違いしないで下さい」
「え?」
「僕は、公爵様に命じられて、ここに来ただけですので。食材が余れば食べますが、あなたと仲良しごっこをする気はありません」
食べ終わったら呼んでください、と彼は部屋を出て行こうとする。そんな彼の腕を、私はガシッと掴んだ。
「何ですか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥い」
命じられて来た? 仲良しごっこ?
そんなこと、どうでもいい。私が彼に言いたいのは、ただ一つ。
「食べ物を粗末に扱わない!!!!!」
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