第4話 体に悪いから美味しいんですよ




「ムカつく! 好きだから作ってるのに、こっちが食べ物で釣ってるみたいに言って!!」


 私は怒りに叫びながら、ジャガイモの下ごしらえをしていた。

 もちろん、怒っている相手はレンドールである。


「たとえ食べ物で釣ってたとしても、公爵様も喜んでるんだからいいじゃん!」


 トントントンと、ジャガイモを包丁で切っていく。あまりの勢いに、キッチンを貸してくれたコックさんが戸惑っているくらいだ。


「というか、公爵様を籠絡してるって? そんなこと出来るかっ」


 私は、切ったジャガイモを油の中に入れた。ジャガイモがジュワジュワパチパチと音を立てる。


「気に入らないのは分かるけど、なんであんなこと言われなきゃならないの!!」


 狐色になってきた頃合いで、揚げたジャガイモを油から取り出して、皿の上に乗っけた。


 出来上がったのは、フライドポテトだ。


 冷めていくポテトを見て、私も少し冷静になった。


「彼は何をあんなに警戒してるんだろう‥‥‥」

「何の話だ?」


 振り返ると、後ろには公爵様がいた。整った顔が至近距離にあって、少し驚く。彼の海色の瞳が透き通っていて、とても綺麗だと気づいた。思わず、見惚れてしまいそうになる。


「どうした?」


 彼は、私の手元を興味深そうに覗き込んでおり、私は慌てて視界を手元に戻した。


「なんでもないです。それよりも、今日のおつまみをつくったので、今から運びますね」


 私がお皿を持ち上げると、彼が代わりに持ってくれた。そのまま二人で部屋に向かう。


「なんだ、これは?」

「フライドポテトです」


 前の世界で、フライドポテトはハンバーガーのお供の定番だった。しかし、今回提供するのはビールのお供だ。ただのフライドポテトにするつもりはない。

 私は三つ仕切りになっている小皿を差し出した。そこには、色の違うソースが入っている。


「今回のソースは串カツの時と違うのか?」

「違います。左から、チーズクリーム、ケチャップ、からしです」

「なるほど」

「これらのソースをディップして、食べるんです」


 私は試しに、チーズをつけて食べる。サクッと心地のいい音が響く。

 チーズの酸味のある甘さとポテトの塩っけが絡み合う。そして、その濃厚な味わいを、容赦なくビールで押し流す。最高。


「ちなみに、今回は二人分のお皿を用意したので、ディップし放題。二度漬けオッケーです」

「なん、だと‥‥‥?!」


 以前、二度漬け厳禁にショックを受けていた公爵様が、雷に打たれたような顔をした。


「さあ、早速食べましょう!」


 ケチャップは王道の味わい。トマトから丁寧にソースを作ったので、濃厚ながら、爽やかな後味になっている。からしは、ピリッとした刺激がアクセントになっていて、さっぱりとした味わいだ。


 無心でポテトを頬張る。しばらく室内には、サクッサクッと咀嚼音だけが響いた。一通り食べ比べをした後で、私は公爵様に尋ねた。


「私は、からしが好きですが、公爵様はどうですか?」

「俺はケチャップだな。一番合っていると思う」

「ケチャップも美味しいですよね。というかどれも美味しい。これを提案した私って天才なのでは‥‥‥?」

「自分で言うか?」


 公爵様は、私を呆れた目で見てくる。


「こんなに美味しいのに、体に悪そうなのが難点だな‥‥‥」

「何を言いますか。体に悪いから、美味しいんですよ」


 私はニヤリと笑って、一旦部屋を出た。そして、「とあるもの」をとってきた。


「どうした? また何を持ってきたんだ」

「ソフトクリームです」

「そふ‥‥‥? なんだって?」

「ソフトクリーム」


 ポテトにつけるには邪道だから、出そうか迷ったんだけど。

 前世、マッ〇のCMで、フラッペのクリームにポテトをつけていたのを見たことがあるんだよね。

 あれ以来、やってみたくて仕方がなかったんだ。


 さっそく、私はポテトにクリームをつけた。公爵様が信じられないものを見る目をしていて、少し面白い。


「おいし~~~っ」


 ポテトの熱によって、ソフトクリームが溶け出し、なめらかな味わいになっている。それに、ポテトの塩っけがクリームの甘さに絡んで、絶妙な美味しさを体現している。


 甘いものとしょっぱいものを交互に食べることはあるが、同時に食べることの何と素晴らしいことか。この背徳感がたまらない。


 塩分と糖分が、疲れた体に効いていく。



「公爵様も、食べてくださいよ?」

「は‥‥‥」

「ほらほら~」


 酔っているからか変なテンションになって、クリームをつけたポテトを公爵様の口元に差し出してしまった。公爵様は少し迷った後、私の手からポテトを食べた。

 彼は口元を押さえて、顔を赤くしている。耳元まで真っ赤にしているのを見ると、公爵様もだいぶ酔ってきているみたいだ。


「どうですか」

「不思議な味がする。‥‥‥うまいな。なんだこれ」

「そうでしょう?」

「もっとクリームをつけたら、美味しいかもしれなな」

「そうですね」


 私達は同時にポテトを口に放り込んだ。


「「〜〜〜〜っ!!」」


 悪魔的な美味しさに身もだえる。公爵様も私と同じように、あまりの美味しさに言葉を失っていた。


「確信した。君は天才だ」

「ようやく気づきましたか」

「ああ‥‥‥っ」


 軽口を叩きながら、なごやかに会話をしていく。今日会った面白い領民のことや、領地のこと。ただし、仕事の話は抜きにして。


 初めは会話の少なかった私たちだが(初回は除く)、徐々に晩酌中に話すことも増えてきた。

 昼はビジネスパートナー、夜は友人。私たちは、そんな関係を順調に築いていると思う。


 お酒飲んで、美味しいものを食べて。それに、こうして晩酌を共にしてくれる人がいる。


 幸せだなあと、しみじみと感じた。


 突然、公爵様が笑いを漏らした。


「なんですか?」

「君の幸せは、随分と呑気だな」

「私、声に出してましたか?」

「ああ。はっきり声に出してた」


 しまった。私も結構酔っているらしい。


「君は、本当に面白いな」


 公爵様は、私を瞳に映して目を細める。彼の優しい微笑みに、心臓がドクリと鳴った。


「君は、本当に‥‥‥」


 しかし、その後の言葉は続かなかった。公爵様は、そのまま目を閉じて寝てしまったのだ。


「公爵様は、本当に純粋ですね」


 彼のおかげで、楽しい晩酌ライフを送ることが出来ている。だから、他の人に少し嫌味を言われた事など気にしなければいい。


『いつも、こうして食べ物で釣って、公爵様を籠絡しているんですね』


 私のことを敵視しているレンドールのことを思い出して、「なるべく関わらないようにしよう」と決意を新たにした。


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