第3話 従者の方から敵意を向けられています




 公爵家で生活を始めて、二ヶ月ほどが経過した。


「疫病が流行っている様子はない。魔獣の死体もない。なのに、なぜ瘴気が収まらない?」

「出来ることは、やりましたよね‥‥‥」


 私たちは行き詰まっていた。この二ヶ月、瘴気が濃いとされる地域で浄化活動をしてきた。すると一時は瘴気が収まるのだが、すぐに瘴気が復活してしまうのだ。更に、瘴気の発生原因も分かっていなかった。

 各地に足を運んで、時には聖女の力で癒しながら確認したが、これといった疫病は流行っていなかった。

 瘴気の発生原因は、魔物の死体と疫病の二つが主流であり、他に理由が考えられない。まさに、八方塞がりである。


 私たちはうーんと考える。


「聖女様!」

「浄化をしてくれて、ありがとうございます!」


 通りすがりの領民たちが手を振っている。私は笑顔でそれに返した。


「君は、すぐに人と仲良くなるな」

「そうですか?」

「俺は怖がられることが多い。君は、うちの料理人とも打ち解けているようだし、俺とも物怖じせずに話してくれただろう? コツとかはあるのか?」

「コツ、ですか」


 確かに、公爵家に来たばかりの時の公爵様は、怖い印象が強かったように感じる。しかし、晩酌を重ねて打ち解けてきたし、何より最初の晩酌での印象が強い。今は、怖いなんて思わなくなっていた。


「とにかく、相手の言葉は否定せず、笑顔でいることですかねえ」

「なるほど。勉強になるな」


 私が実践しているのは、これくらいだ。特別なことではなく、社会人なら誰でも持ってる対人スキルだと思う。


「とりあえず、今日は調査を終わりにしようか」

「お力になれず、すみません」

「いや、いい。瘴気を払ってくれるだけ充分だ。今日も一日ご苦労だった」

「お疲れ様です。公爵様は、この後はどうされるんですか?」

「俺は、もう少しだけ調査をしていきたいと思う」

「私も手伝いますよ」


 ぼかした言い方が気になったので、そう提案した。しかし、公爵様は首を横に振った。


「いや、いい。俺一人でできるし、君も疲れているだろう。それに気になることもあるんだ」

「気になること?」


 私は首を傾げる。


「ああ。公爵家の情報を流している人間がいるかもしれない。その調べをちょっとな」

「‥‥‥情報を? スパイということですか?」

「こちらの動きを把握して、阻止しているような動きがある。それについて、ここの地域にいる権力者と話したいんだ」


 私はチラリと後ろに目線を向ける。そこには、珍しい公爵当主と聖女を一目見ようと、群がる領民たちの姿がある。


「いいんですか? 誰が聞いているか分からないですよ」

「領民たちの反応も見ている」


 領民の反応を見て、容疑者を洗い出しているということか。公爵当主は、敵が多いから大変だろう。


「それじゃあ、俺は行くが‥‥‥。今日はあれ、、の日だったな。俺の部屋で準備して、待っていてくれないか」

「あー、はい」


 彼の言葉で、「あれ」が晩酌を指しているとすぐに分かった。しかし、他の人はそうはいかなかったようで‥‥‥

 後ろの方で、キャアと黄色い悲鳴が上がった。私たちの会話を聞いていた領民たちの声だ。

 多分、夜の営み的なアレに勘違いされているのだろう。ただの晩酌なのに、公爵様が意味深に伝えるから。


 公爵様が去ると同時に、領民の女性方に囲われてしまった。


「公爵様は、聖女の力が欲しくて娶ったと噂を聞いたんですけど、それって嘘ですよね!」

「お二人は恋人関係だったんですね!」

「仲睦まじくて、羨ましいです!」


 キャッキャと嬉しそうに尋ねられると、こちらも否定もしづらい。どうしたものかと思案していると、後ろから一人の男性がやって来た。


「ジゼル様。こちらで確認していただきたいものがあるのですが‥‥‥」


 声をかけて来たのは、公爵様の従者だ。彼の名前は、レンドール。以前、私に「無理やり飲ませたのか」と嫌疑をかけてきたのも彼だ。

 金髪碧眼の美青年で、公爵様が酔うと、いつも彼が介抱してくれている。


「分かりました。すぐに行きます」


 私は領民の女性たちに断って、彼の元へと向かった。彼女たちの姿が見えなくなるところまで、歩いて行く。


「それで、確認が必要なものは?」

「助けが必要そうだったので、声をかけただけです。特に確認の必要なものはありませんよ」


 どうやら、助け舟を出してくれただけみたいだった。どう答えていいか分からなかったので、本当にありがたい。


「すみません。助かりました」

「いえ。公爵様に関して、変なことを言われても困りますので」

「‥‥‥」


 実は彼、私のことをよく思っていないみたいなんだよね。以前から薄々勘付いていたけど、今日は特に私に対する当たりが強い。


「それから。先ほど、ジゼル様が癒した領民の方から差し入れです」

「?」


 レンドールが差し出した紙袋を受け取る。想像以上のずっしりとした重さに、恐る恐る中身を見る。そこにはー‥‥‥


「ジャガイモ!」

「この地域の特産物になります」

「うわー、嬉しいっ! ありがとうございます!」

「‥‥‥」


 ジャガイモがあれば、色々なおつまみが贅沢に作れる。

 ポテトサラダにしてもよし。肉じゃがにしてもよし。じゃがバターにしてもよし。


 考えただけで美味しそうすぎる。


「これで、おつまみ作りますね。レンドールさんの分も用意しときますので」

「いりません」

「でも、」

「結構です。‥‥‥しかし納得しました」


 彼は蔑むように鼻で笑った。そして、敵意に満ちた目でこちらを見てくる。


「いつも、こうして食べ物で釣って、公爵様を籠絡しているんですね」

「え?」

「お帰りの準備をしますので、少し待っていて下さい」


 はい??



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