第2話 「仕事終わりのお酒が一番美味しい」は、世界の真理
私が公爵家に来てから、一週間が経った。
「聖女・ジゼルの名の元に命じる。病める者に癒やしと安寧を与えよ」
私の声と共に、聖女の発する光が辺りに満ちる。すると、私の癒やしの力を一目見ようと集まっていた人達の間から、歓声が上がった。
私は瘴気が濃くなっている主な地域に出向き、聖女の力で浄化をしていった。調査をするために、公爵様がついて来てくれる日もあれば、公爵様に別の仕事があり、私と護衛の方のみで浄化に行く日もあった。
今日は、公爵様が別の仕事がある日だったので、一人で浄化活動を行った。
「聖女さん、ありがとうねー」
「ありがとうございました!」
感謝してくれる領民の人達に手を振って、公爵家へと帰っていく。
そして、そのまま公爵様の部屋に本日の成果を報告しに行った。
「ここの地域でも、疫病が流行っている様子はありませんでした」
「そうか‥‥‥」
瘴気の原因とされていることは主に二つ。
一つ目は、疫病の流行。
二つ目は、魔獣の死体だ。魔法を使う獣を、そのまま魔獣と呼ぶのだが、これを放置しておくと腐敗が進み、瘴気の原因となるのだ。
「疫病でないなら、魔獣の死体のせいなのか?」
「魔獣の死体は、考えにくいですよ」
魔獣は森に棲みつく。しかし、瘴気が深くなっているのは、魔獣が忌避する都心部ばかりなのだ。魔獣の死体が原因だと考えると、矛盾が生じてしまう。
なので、私たちは疫病が流行している可能性のみに絞って、調査を行っていた。
「一応、病気の方は何人かいましたけどね。全員治したので、この後の動向を見守るしかないですね」
「手間をかけて悪いな。感謝する」
「そういう契約ですから、気にしないで下さい」
私の聖女の力を使うために、公爵様は教会にお金を払ったし、私の生活を保障してくれている。三食はもちろん、晩酌も共にしてくれている。私は、その対価として働いているだけだ。
「そういえば、今日は晩酌をする約束だったな。飲みながら、話すか?」
「飲みます。飲みますけど、そこで仕事の話は無しにしましょう。お酒は美味しく飲みたいです」
「分かった」
さて、今日は公爵様との晩酌の日である。一日中働いた後のお酒は、さぞ美味かろう。それに、今日は酒とは別に特別なものを用意しているのだ。
この日のために一週間の仕事を頑張ってきたと言っても過言ではない。仕事の話など、無粋なのだ。
ビールをグラスに注ぐ。
そして、私は「あるもの」を机の上に置いた。
「なんだ、それは」
「酒のつまみです」
私が持って来たのは、「串カツ」である。豚肉をサクサクの衣で包んで油で揚げた、あの、魅惑の食べ物。
ちなみに、この世界には「串カツ」なる食べ物は存在しないらしい。コックさんから聞いた。油は高級品のため、揚げ物という概念自体が存在しないのだ。しかし、ここは公爵家で、私は当主の妻。多少の贅沢は許されるというもの。
今回はコックさんと仲良くなって、これを用意してもらったのだ。
私はさっそく一本の串カツを手に取り、頬張った。
サクッ。ザクザクッ
高温で揚げられた串カツは、外はサクサクで、中からは肉汁が溢れ出す。
私の食いっぷりに、公爵様がゴクリと喉を鳴らした。
「毒味は済んでますのでご安心下さい」
物欲しげに見ていた彼に、串カツを手渡す。しばらくして、公爵様は勢いよく串カツにかぶりついた。
サクッ。
「熱っ」
彼は慌てて冷たいお酒を口に含む。目を見開いた彼は、串カツとお酒を交互に口にした。
「さ、酒がすすむ‥‥‥!」
「驚くのはまだ早いですよ」
私は、彼の目の前に、片手で持てる程の大きさの壺を置いた。
「それはなんだ?」
「タレです」
「タレ?」
私は、壺のフタを開く。中には串カツ用のソースが入っており、食欲をそそる香ばしい香りがほのかに漂う。
「使った材料は、味噌、砂糖、酒。その他諸々」
「異常反応を起こしそうな材料だな。辛いものと甘いものと酒なんて‥‥‥」
「それが化学反応を起こすんですよ。さ、食べてみてください」
彼は、恐る恐る串カツを壺に入れる。躊躇っているからか、ちょこっとしかタレをつけていない。それを、すぐに後悔することになるだろうとも知らずに‥‥‥
「なんだ、これ‥‥!」
「美味しいでしょう?」
「サクサクとした食感と肉の厚みで、何もつけなくても美味しく食べられた。けれど、濃厚なタレが衣と絡み合って、絶妙なハーモニーを‥‥‥」
「公爵様って、酒が入ると饒舌になりますね」
「悪いか?」
「いーえ」
むしろ可愛いなって思う。しかし、それを言葉にすると面倒くさそうなので、黙っておくことにした。
「おっと、2度漬けは厳禁ですよ」
「そうなのか‥‥‥」
一度口にした串カツを、再びタレに漬けようとしていたので、制止した。初めて食べる物だから、マナーを知らないのも仕方ないだろう。
彼は、新しい串カツではたっぷりとタレを漬けていた。
「仕事終わりの酒って、こんなに美味いものなんだな」
公爵様の何気ないぼやき。私は勢いよく彼の手を取った。
「気づいてしまいましたか」
「は?」
「世界の真理に」
「せかいのしんり」
公爵様は「何いってるんだコイツ」と、やばい人を見る目で私に視線を向けた。言いたいことは分かるが、この間べろべろに酔ってた公爵様にされると釈然としない。
「なんで、君はこんなに美味しい物を知っているんだ?」
「‥‥‥しいて言うなら、人脈ですかね?」
なにせ、二つの世界を生きてきた人間だし。
「公爵様は、大切にしてきた人脈は、ありますか?」
「そうだな。公爵家として人脈は大切にしなければならない」
そこで、公爵様は自嘲的に笑った。
「しかし、この立場には敵が多いからな。美味しいものを教え合うほど仲のいい友人はいたことがないよ」
「じゃあ、これからは私が、美味しいものを沢山教えていきますね」
私がそう言うと、彼は驚いた表情をした。そして、ふっと顔を和らげる。
「楽しみにしてる」
なかなか笑顔を見せない人なので、その優しい笑顔に驚いた。驚いて、少しだけドキッとしてしまった。
そんな会話をして、週に一度の晩酌が終わった。
公爵様が「飲み過ぎた」とぼやいていたので、念のため、公爵様付きの従者を呼んでおいた。
「無理やり飲ませたのですか?」
「まさか」
従者の人にそう聞かれて、驚いた。
無理やり飲ませるなんて、絶対にダメだ。前世にも、飲み会で若い女の子に強引に酒を勧める上司とかいたけど、正直、気が知れない。
自分の好きな量を、ほどほどに飲むのが、一番安全で美味しいのに。
従者の人には睨まれてしまったけれど、後のことはお願いしておく。彼と入れ替わるようにして、私は部屋を後にした。
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