第3話

喉の乾きを覚えて、身体が床に張り付けられているような不自由な感じがする。


目を覚ますと、オレンジ色の照明が目を刺激しすぎない程度に光っていた。


体が動かせない。胴と、腕と足が、ベルトでがっちりと固定されている。


服は全部脱がされていて、腹の毛まであらわになっている。


首だけを動かして辺りを見回すと、そこは悪い先輩に何度か連れられたことのある、広いラブホテルの一室だった。


大画面テレビの前でソファーに座っている男が、コントローラーを握ってカチャカチャとやっている。


大画面のテレビでは最近人気のハンティングゲームが行われていた。


「やーば。誰かバリスタでコイツ落としてよ。くっそ邪魔なんですけどぉ?お、ブンちゃん笛さんきゅ。」



テレビの前に陣取る、ヘラヘラとした声で笑う男。


記憶が蘇る。


トイレで俺たちをボコしたクソ痴漢ヤローだ。


多分、みんな拉致ラチられたらしい。


ゲームをしてる男はあまり見ない灰色の毛並みをしていて、体もデカい。顔つきは俺たちとは若干違う。オオカミに近かった。


どっかで見たことがある。ウルフドッグと言うやつだろうか。


だけど、見てねぇ今ならチャンスだ。何とかベルトを外して、後ろから締めてやれば___


「おん?ああ、起きたっぽいわ。一旦オチるねブンちゃん。そっちの子も頑張ってねー」


あまりにもタイミングの良すぎる男の反応に鼓動こどうが跳ね上がる。バレたのだろうか。どうして?アイツは俺の方なんて見ていなかったのに。


「おはよう。ルアくん?だったかな?目ぇつむったって今更無駄だよー。脈拍がドクンって跳ねてたし。なに?スキをついて逃げようとしたけど気づかれちゃった?」


ウルフドッグの男はヘッドセットを外しながらニヤニヤと語り掛けてくる。


ベッドの脇にキャンプ用の折り畳み椅子を持ってきて、それに腰かけて俺の顔を嫌な笑みを浮かべながら見てきた。


「なんで自分がここにいるかわかるかな?キミたち、俺らにボコされた後、さらわれちゃったんだよね。」


「…クソヤローが。」


「元気があっていいね!身体付きも健康的だし、真性包茎とかめんどそうなのがないのがいいね!多分万人受けするいい素体そたいになると思うよ?いやホントホント。」


男は俺の体をジロジロ見て値踏みしてくる。身動きが取れないから股間を隠すこともできない。恥辱ちじょくで顔に熱が上っていくのを感じる。


絶対に殺してやる。


「あ、ちなみに多分お家とか帰れないと思うから。他のみんなもそうだけど。」


「…?は?」


「いやね、お兄さん、あー、ランさんって呼んでいいよ。ランさんはね、君みたいなやんちゃばっかしてる子みたいな悪ーくて、いなくなってもなかなか探して貰えないような子を探してたんだよね。」


ランと名乗った男はどこからか取り出した1枚のコピー用紙を擦り付けるように俺に見せてくる。


【】ルア


犬系獣人、兄弟有。


健康面問題無。学校内外での素行不良報告多数。


発育、良。精神面要矯正。


目を滑らせただけでもそれだけの情報が。他にも親戚との交流具合や住所、テストの成績、行きつけのファミレス、更には盗撮された着替えや入浴時の写真までが細かく____



「キミたちさ、冤罪で小銭とか稼いでたっしょ。いや別にいいんだよ?弱肉強食の世の中で、備えてねぇやつは食われるだけなんだからさ。」


「でもねぇ、子犬は子犬ちゃんらしく弱いやつだけを相手にしないとさ、ホントに悪くて強いやつに食べられちゃうんだぜ?」


もう元の場所には帰れない。ランはそれが当然で日常かのように話す。


「エラーい人はね、偉いからね。なんでも出来ちゃうわけよ。未成年どころか年齢一桁の女の子とエッチしたいとか、JKを複数で穴が擦切れるまでマワすとこが見たいとかさ。それを調達するのが俺らの仕事ってわけ。あ、残念だけど”君のツレの女の子”は多分そっち。」


ノノコのことだ。こんなクソ野郎達のために…。

それより、そんな人身売買みたいなことを現実でやっているやつが本当にいるなんて…冗談だろう?


「でもさぁ、嫌な感情が一定のライン超えちゃうとさ、心を閉ざして無にしちゃう子が多いんだよね。自己防衛としては正解エサクタなんだけどさぁ。マグロなんか抱いててもつまらないし、それだと俺たちが怒られるんだよね~」


ランは、困った困ったとわざとらしいジェスチャーを挟みながら話し続ける。


「だから、それに対してちゃあんと喜べるようなるように”仕込む”のよ。ルアくん御一行への依頼はえーとどれどれ…”女の服が似合うプライドも放り投げてどんなチンポにもしゃぶりつくNGなしのショタが欲しい。”うーわめんどくさ。1からおとこの娘にしろってことかよ…」


「は…?なんだよそれ…」


しゃぶるとか、は?女装?男のを?そんなの絶対に__


「まー、悪いけど君のいやだは一切聞かないし、まぁ、無理やりにでもそうなってもらうしね。ごめんねー。気が進むわけじゃないけど俺らもこれで飯食ってんだ。」


“ドンマイドンマイ”と言った具合にぽんぽんと軽々しく俺の腹を叩くランの手は口調とは裏腹に冷たく、重かった。


「さてと…“リキッド”はまだ負担慣れしてないから後にして、ぼちぼち行こっか。付け加えとくと、ここは俺ら管轄のラブホで警察も立ち入らないし、この部屋には窓もないから飛び降りて逃げることも無理だから諦めてね。まあ、ルアくんは大事な商品だから、トイレと飯と風呂だけはちゃんと保証してあげる。拉致監禁って、結構金かかるんだよ?知ってた?」


ランが、ごそごそとスーツケースを漁り出す。


取り出した袋を破くと、中から注射器が出てきた。


続いて小瓶を取りだして液を吸い上げる。


得体の知れないものをヘラヘラした顔のまま慣れた手つきで扱うランに、その時初めて恐怖した。


「なんだよ、それっ!やだっ!やめろっ!やめてくださいっ!」


「あー、ごめんねー。注射嫌い?まぁ、死ぬ毒とかシャブとかじゃないから安心してよ。これはねー、ルアくんがこれから気持ちよくて可愛くなれる薬たっぷりと打つんだけどそれで死なないように段階踏むのね。心臓とかも強くなって血流も良くなるよ。ただ、結構ムラムラしちゃうみたいだけど。」


ランは俺の腕を万力のように強い力で押さえつけて、血管に狙いを定める。


「やだっ、やめろ!やめ、やめてください!ヤダ!やだっ!」



「動いて針が折れちゃうと血管の中に入ってマジで死ぬよー。少なくとも命は取られないんだから打たれちゃいな?」


チクリという痛みの後、何かが入っていくのを感じる。


自分の体から血の気が引いていくのを感じる。もう後戻りできない。そんな気がしていた。


「えー、午前1時開始ね。大体1週間位で変身できると思うから、よろしくねー。」


そう言い残して、ランは部屋から消えた。








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