第2話
昼15時、カラオケチェーン「ぶんぶくちゃがま」
「フリータイム。4人で。」
バイトの陰気な奴が昼間からカラオケになだれ込む俺らを一瞬見やるけど、面倒を嫌う顔でマイクとエナジードリンクを渡してくる。
巻き上げた金で適当に楽しむオレらの毎日。
別に誰かが憎くてやってる訳じゃねぇけど、やられるやつが悪いわけで。
「ウチ、ハニトー食べたいんやけど。」
「発表昨日やしネコカミの新曲流石に入っとらんのちゃう?」
「ちょお、みんなのエナドリ俺にイッキさせてくんね?」
「オエル先輩純愛歌バリ上手かったねんけど98点やったで。」
さっき散々にどつき回して金を巻き上げたオッサンは真面目に生きてたんだろうが、それも今日で全部終わり。
学校の勉強なんて頑張ってした結果、あんなオッサンになるくらいならコイツらととびきり遊び回る方が楽しいっつーの。
ヘラヘラと笑いながら個室へと全員で入って行く。
19時半、 電車内
「いやマジでロト歌うますぎな。歌ってみたやれるやろ。」
「まじで?」
「王将行かね?」
「明日ダルすぎ。」
口々に今日の
「おいてめえ!何触ってんだよっ!クソが!」
ノノコが隣にいた男に向かって、
オレと比べたら190センチはあるだろうか。デカくて長い髪から顔は分かりづらいけど男らしい。厚着をして、少しびくついている。
「いや…触ってないですって…」
でかい図体には似合わないビクビクした声を男がだす。態度だけ見ればカモなんだけど、どう見ても20代より若いし金なんか無さそうだ。
それに、そう一日に何度もこういうことを同じ電車でしてるとさすがに目をつけられる。
「おいノノコ…」
「いやマジで、こいつマジで触ってきたから!さっきからずっと!」
いつもと違って、ノノコの顔は少し青ざめていて、まるで恐怖に
本当に触られたんだろう。
さすがにツレまでやられて黙ってられねえ。
「ちょっお前、マジ降りろよ。」
「いやホントホントやってないんですって。」
「クソがマジ殺してやっから。」
「まじボコるわお前。」
「人生終わらせてやっから出ろよてめえ。」
「…分かりました。」
いやに物分りがいいのが気味悪かったけど、とりあえずノノコの気が済むまで殴らせて、そんな持ってないだろうけど財布ごと貰ってやろう。
この時オレ達は、これを一日を締めくくるイベント程度にしか思ってなかった。
降りたところは無人駅で、改札を出たところに公衆トイレがあったのでそこに連れ込んで囲む。
ノノコが入るなり男の背中を蹴りつけると簡単によろめく。
男はぐうっと呻いてタイル床に倒れ込んだ。
「マジクソ変態ヤローがよ…ルア、モップとかちょうだいよ。」
ノノコはまだ気が済まない。徹底的に血祭りにあげるつもりらしい。
「すんません!ホント勘弁してください!あの、お金ならありますんで、あの、払ってくれる弁護士がいるんで勘弁してください!」
「ハア!?ふざけんなし。何万払おうが…」
男は慌ただしくガサガサとポケットを漁り財布を取り出すと、遠目から見てもわかるみっちりと挟まれた万札。
ぶるぶる震えた手で掴んだ万札を零しながら、「ね!?ほら、ね?」と男はヘラヘラとした笑いを浮べる。
神経を逆撫でするようなムカつく笑顔だった。
デッキブラシを今にも頭に振り下ろしそうな
「分かったわ、とりあえず100万用意しろな。これ最低金額やから。他にも誠意見せてくれたら考えてやらんこともないし駅員にも言わんわ。連絡したら?警察呼んだらコロスけど。」
「はい、すません!」
「ねえ!ルア!」
あくまで納得がいかないノノコに目配せをする。
別にボコすのは金貰ったあとでもよかろ?
「今車が、駅近いんですぐ来るそうです…すいません…うちの親銀行のやつなんで…ほんと…金なら出せるんで勘弁してください。」
男は土下座を崩さない。黒い毛もしっぽも項垂れて、反抗する気はさらさらないらしい。
触られたノノコには気の毒だけど、大物を釣りあげたみたいだ。
車の音が近づいて、男に再度電話がかかる。
「そう、そう、男子トイレの方の、横付けして。入口、うんうん。おつかれ。ありがと。始めよか。」
「はぁ?お前何笑って___」
ノノコが男の態度に気を損ねて再び蹴り飛ばそうとした時だった。すごいスピードでバンがトイレに横付けして、中から2メートルはあろうかというピットブルの男が出てきた。
俺たちの中の誰一人とも違う、無感情な目。
暴力的なこの状況に対してなんの怯えもない、冷たい目だった。
本能的に感じる。
絶対に敵う相手じゃない。
男がトイレに入るなり、ロエルとロトが腹を殴られ悶絶した。蹴飛ばされたアールは吹っ飛んで頭をぶつけ、胃の中の物をげえげえ吐き出してしまう。
「ちょっとブンちゃん!傷とか付けたら
後ろからおよそこの場に似合わないおちゃらけた声が聞こえる。いつの間にか、さっきの痴漢ヤローが立ち上がっていて、ものすごい力でオレの肩を押さえ込んでていた。
ヘラヘラと笑っていたさっきと違って、ものすごく大きな体に見える。
そして今も尚崩れないそのヘラヘラとした笑顔の奥の瞳が全く笑っていないことが、見てもいないのに何故か分かった。
「ちゃんと加減してるってランちゃん。あれ?女別にいらんくない?」
「あー、誘い込むためにちょっかいかけただけなんだけどね。ま、現場にいた方が
ノノコは自分を見下ろす圧倒的な暴力に何も言えず、震えていた。
膝が折れて床にペタンと尻をつき、鼻を刺す香りでトイレを満たしていく。
「ああっ!もうこいつションベン漏らしたやん…だからメスガキは嫌いなんだよな…ランちゃんコイツの“お召し物代”払ってよ?」
「はーいはいごめんて。でもションベンパンツも売れるからいいでしょ。あ、ごめんね〜、放置してて。ルアくんだったかな?まぁ、こういう事だからさ。逃げらんないから観念してね。」
ブンと呼ばれたピットブルがひょいひょいと軽く担ぎ上げて、気絶させた皆をバンに運び込んでいく。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
足を動かそうとした瞬間、そこで意識がぷっつり切れてしまった。
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