旧校舎のグラウンドに、ショベルカー等の建築機械が並んでいる。既に足場の設置は完了し、防音、防災シートの幕も出来上がっていた。

 お祓いも済み、今日ようやく解体工事が再開できる。

 ……不知火家本家の帝一に致命打を与えられなかったのが、残念ですね。

 走り回る職人たちを横目に、僕は小さくため息をつく。しかし、彼のポリシーも、この旧校舎と一緒に壊せると思うと、少し溜飲が下がった。

 そんな工事現場の指揮を取っていた僕の元に、生徒会のメンバーが話しかけてくる。

「布引さん。お客さんです。必要であれば、彼らの場所まで案内しますが、どうされますか?」

「……わかりました。行きます」

 教えてくれたツインテールの女子生徒にそう答えて、僕は彼女の後をついていく。生徒会が立ち入りを禁止しているため、普通の生徒では旧校舎どころか、そのグラウンドにも近づくことも出来ない。

 やがて、生徒会のメンバーと誰かが会話しているのが見えてくる。その人影を見て、僕は思わず唸った。

 ……やはり来たな、帝一!

 案内された場所に帝一の姿を見つけ、僕の口が歪んだ。何を言われようとも、絶対に校舎の工事は着手すると、改めて心に誓う。

 僕は帝一、古戦さん、そして大藤さんに向き合い、内心を隠すように微笑んだ。

「どうしたんですか? 一体。お祓いも無事完了しましたし、これから解体工事を始めよう、という所なのですが」

「その工事、待ってもらうことは出来ないだろうか?」

「お願いします、布引先輩! 地下教室だけでいいんです! その教室だけ調べたら、後は工事を好きに進めても構いませんからっ!」

 必死の懇願をする大藤さんには悪いが、ここで僕が、はいそうですか、という事は絶対にありえない。

「前に言っていた、捜しものの件だね? 悪いけど、これは僕の家と雨晦明学園が結んだ契約によって遂行されているものなんだ。それを簡単に曲げてしまったのでは、うちの家はビジネスができなくなってしまうよ」

「では、金の問題なのか?」

 帝一の言葉に、僕は首を横に振った。

「いいや、そういうわけでもないんだ。考えても見て欲しい。僕は既に、一度解体工事を失敗している。理由も理由だし、僕たちは必ず、決めた期限内に工事を終わらせる必要があるんだ。そうしないと、信用問題に繋がるからね」

 帝一が金銭援助を申し出る可能性については、既にシミュレーション済み。でも、僕の家のブランドの問題にしてしまえば、帝一はそこをつきにくくなる。

 ……なにせ、帝一にはもう実家の後ろ盾はないからね。

「それに、地下教室は老朽化も進んでいます。もう工事をしようという今のタイミングで校舎の中に入って怪我でもしたら、僕たちの責任になってしまいますから」

「そんな……」

 大藤さんが絶望的な表情を浮かべる。その隣で、ふむ、と帝一は小さく頷いた。

「では、せめて旧校舎の近くに、グラウンドの中まで入れてもらうことは出来ないだろうか?」

「え? グラウンド、ですか?」

 そう言いながら、帝一がこうした何かしらの譲歩をしてくる可能性は、十分予想していた。

 ……でも、案外早かったですね。もう少し粘ると思ったんですが。

 だがそれだけ、もう帝一に交渉する材料が残っていないということなのだと、僕はほくそ笑む。

「……いいわ、そこまでしてくれなくても」

 大藤さんはそう言って、帝一の袖を引く。だが、彼は首を横に振る。

「駄目だ。それでは、妥協できん」

「でも、近くに行っても、校舎の中に入れないんじゃ……」

 大藤さんの言葉に、僕は帝一が今度はどこに落とし所を見つけたのか、勘付いた。

 ……なるほど。地下教室の解体中に、手帳が見つかる可能性に賭けているのですね。

 近くで見ていれば、ショベルカーなりで掘り出したものの判別も、出来なくはない。しかし、それで掘り出された手帳は、もう原型を留めていないだろう。

 ……見つからなくても帝一は後悔するだろうし、見つかっても無意味だと知れば、流石に彼も顔色を変えるでしょうね。

 どちらに転んでも、僕には何らデメリットがない。自分の中で、サディスティックな面がどんどん膨らんできた。

「校舎の近くに行きたい、ですか。でも、お願いするのであれば、それ相応のお願いの仕方があると思うのですが」

「え? 布引先輩、何を言ってるんですか?」

 大藤さんは狼狽するが、帝一はそういう僕の反応も予測していたのだろう。彼は、ふむ、とつぶやくと、何のためらいもなく、両膝を地面についた。

「ちょ! し、不知火帝一! あんた、何やってるのっ!」

「ふふふ、あははははっ!」

 慌てふためく大藤さんには悪いが、もう僕は笑いを止めることが出来なかった。

 でも、笑うなというのが土台無理な話だ。だって、あの不知火帝一が、不知火家の現当主の孫が、本家筋中のど本家が、分家の僕に、虐げ続けていた僕相手に、土下座をしようとしているだから!

「ちょ、ちょっと桜! あなた、あなたも不知火帝一を止めなさいよっ!」

「……私は、帝一様のお決めになられたことを、尊重いたします」

 そう言って、能面のような笑みを浮かべる古戦さんに、大藤さんは絶句する。だけど、もうそんな外野の事は僕には関係ない。

 ……もう少しで、僕をいじめていたど本家の帝一に土下座をさせれる! いや、違う。僕の過去は関係ない。藍華様だ。藍華様のためなんだ。帝一が僕に土下座をする事態になったと知れば、彼を担ごうとする連中も減るはずだ。そうだ、これは僕個人のためにやってるんじゃない! 藍華様のためだ! 藍華様のために、帝一を僕に土下座させるんだっ!

 劣等感と優越感が入り混じり、過去と現在が僕の中でごちゃまぜになる。藍華様の忠誠心のために僕は行動していたのか、それとも不知火家の本家に復讐するために帝一をここまで追い込んだのか、わからなくなる。

 でも、たった一つ、自分の中に確かな事がある。

 ……僕は、帝一の土下座が、見たい。

 そして、それが叶った。

 

「頼む。旧校舎のグラウンドまで、入れて欲しい」

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