放課後。僕は生徒会室で愕然となっていた。

「何だって! 誰が血糊を仕込んだのか、わからないっていうのかっ!」

 激高する僕に対して、日焼けした男子生徒は、冷静に回答する。

「はい。僕らが撮影している間、あのブルーシートに工作がされたような映像は撮れませんでした」

「そんな、馬鹿な!」

「では、ご覧になりますか?」

 否定的な僕のために、目の前のノートPC上で、昨日行われた工事の記録動画が表示された。

 動画は計四本で、それぞれに撮影時刻が表示されている。

 映像は、工事現場を駆け回る内容がまずは表示されていた。

『さぁ! これで何があっても、すぐに原因の特定は出来るぞ! 僕らは、プロとして僕らの仕事をやろうじゃないかっ!』

 そして次に、僕の声が聞こえてくる。録音して聞く自分の声は、違和感があって気持ち悪い。でも問題なのは、その気持ち悪さではないのだ。

 映像は、どんどんと工事現場を撮影していく。行き交う職人たち、ショベルカーの巨体、雑に積まれた防音カバー、そして壊される日を待つ旧校舎。

 そして四つ映像の中の一つ、そこに血が湧き上がってきた現場、ブルーシートが映し出される。カメラが右に移動したのか、そのブルーシートが映像から消えた、三秒後――

『うわぁぁぁあああっ!』

 映像が戻ると、画面の左から血に塗れたブルーシートの姿が現れた。

 鉄パイプが奏でる金属音と職人たちの喧騒の中、映像が左右に揺れる。負傷した人を、撮影している生徒会のメンバーが探しているのだろう。しかし、そんな人、どこにも見当たらない。

 それは、もう昨日わかっていたことだ。でも、だからこそ僕は余計に混乱していた。

 

「どうして映像に、帝一たちが映っていないんだっ!」

 

 そう、血糊をブルーシートに仕込んだ帝一、もしくは古戦さんか大藤さんが、悲鳴が上がる以前に映像に映っているはずなのだ。

 もう一度、巻き戻して再生する。撮影を開始しはじめた生徒会のメンバーの移動風景。事件が起こるまでの工事現場の様子。そして、問題のあったブルーシート。それが消えて三秒後、血に濡れたブルーシートが表示される。

 ……何故だ。何故帝一たちは映像に映っていないっ!

 あのブルーシートに血糊を仕込む動機があるのは、帝一、古戦さん、そして大藤さんの三人だけだ。

 その三人以外であの日、旧校舎にいたのは、生徒会のメンバー四人に、僕が選んだ職人たちと僕だけ。青鷺コーポレーションの息のかかったメンバーを僕が人選するわけもないし、生徒会のメンバーも、わざわざ決定した旧校舎の解体工事を延長させる動機もないだろう。

 だからブルーシートに血糊を仕込むために、帝一、古戦さん、もしくはそれに協力する大藤さんが映っていなければおかしいのに――

「……だったら、あの血は、一体誰が用意したんだ?」

 そうつぶやいた自分の言葉に、僕の脳はすぐに反応し、こんな言葉が脳裏をよぎる。

 

 旧校舎の、幽霊。

 

 ……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! あれは僕が作った偽物だ! 正体は大藤さん、生きてる人間なんだよっ!

 しかし同級生三人を誘って花火をしたあの晩、僕は旧校舎の窓のサッシに付着した泥を確認しただけで、大藤さんが旧校舎の中に忍び込んだ所まで確認していない。

 ひょっとしたら、僕があの日見た光は、大藤さんではなく――

「あの」

「ひっ!」

 急に話かけられたため、僕は情けない声を上げてしまう。

 僕に映像を見せてくれた男子生徒は、若干呆れながら、僕に向かって問いかけた。

「犯人探しは難航しそうですし、ひとまず旧校舎の解体工事はお祓いを済ませてから進める、という形で大丈夫ですか?」

「そ、そうですね」

 僕はなんとかそう答え、お祓い等の手続きはこちらで実施すると約束し、生徒会室を後にした。

 一歩歩く度にため息が出てくるが、徐々にそれは怒りへと変わっていく。

 ……くそっ! 帝一を、本家の人間を潰せるチャンスだったのにっ!

 憤慨するが、僕は今の状況を改めて整理してみる。

 旧校舎を封鎖しているため、現状、帝一も自分が想定していた落とし所にたどり着けていない。工事を延期しても、手帳を探すことが出来ないからだ。

 時間を伸ばして、手帳を探せるようにする。それが帝一の考えた、妥協点だった。

 ……だったら、妥協を模索するお前のポリシーを、なんとしてでも壊してやる!

 僕は心にそう誓うと、生徒会のメンバーに帝一たちを旧校舎へ入れないように念押しする連絡をし、お祓いの準備も進めていった。

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