「そうです。僕の同級生三人が、旧校舎の中に人魂を見た、と言っていましたよ」

 生徒会室で、僕はゆめさんに向かって、更にこう言った。

「生徒も怖がっていますし、旧校舎の解体をもう少し早めることは出来ませんか? 学園だって、幽霊の出る校舎がある、っていう風評被害にあいたくもないでしょう?」

「ですが、その人魂。正体は不審者で、その不審者が旧校舎に侵入していただけなのかもしれませんよ?」

 ゆめさんのその言葉に、僕は思わず笑ってしまう。

「この雨晦明学園に、ですか? 警備員だってそれなりの数見回りをしていますし、何より旧校舎の鍵の管理は、ここ、生徒会室で行われています。誰もあの旧校舎の中には入れませんよ」

「ええ、そうですね」

 そう言って、ぬっ、とゆめさんは僕に近づいてくる。そして、眼鏡の位置を直しながら、こう口にした。

「誰かが、意図的に鍵を開けていない限り、そうなるでしょうね」

「……だったら、こうしましょう。むやみに旧校舎へ生徒たちが近づかないように、わざとこの幽霊の噂を流すんです。そうすれば、不審者がいようがいまいが、生徒の安全は保証されるでしょう?」

 僕はゆめさんから距離を取るように、歩き始めた。

「それと並行して、解体工事も前倒しで行う。問題となっている場所を取り除けば、この問題は解決するのではないですか?」

 僕の言葉を聞いたゆめさんは、小さくため息をついた。

「……まぁ、普通はそれぐらいのクオリティですよねぇ」

「クオリティ?」

「いいえ、こちらの話です。ではこの問題は、工事は前倒し、そして幽霊の噂を流布する、という線で行きましょうか」

 こうして、大藤さんは問題を抱える事になった。ただの捜し物に、時間制限が付いたのだ。

 つまりは、揉め事が起きたのだ。雨晦明学園の揉め事を解決しているという帝一の耳に、この件は届くだろう。

 だから僕は、後は待つだけだった。僕の用意した餌(揉め事)に、魚(帝一)がかかるのを。

 そして予想通り、大藤さんは帝一を頼った。大藤さんと古戦さんが、一緒に旧校舎を捜索し始めたことも把握している。帝一は、間違いなくこの件に関わっていた。

 ……完全に、僕の計画通りですね。

 解体工事が中止になった翌日、僕は意気揚々と雨晦明学園へ登校していた。

 大藤さんの探しものは、おばあちゃんの手帳というやつは、そう簡単には見つからないだろう。撤去した備品の中に、それらしいものが発見された、という報告も聞いていない。

 だから、かなり高い確率で捜しものが見つかる前に、旧校舎の解体工事がスタートする事になる。

 そうなれば、この問題の落とし所を見つけるために、帝一は必ず動き出す。あの男が妥協点も見つけずに、問題の幕切れを許すはずがない。

 唯一の懸念点は、大藤さんが手帳を探すのを諦めてしまうことだった。もし彼女が諦めてしまえば、予定通り工事を進める事になり、帝一が動く必要もなくなる。

 せっかくの餌に魚が食いついてくれないのなら、それを用意した意味がない。

 ……でも、それも杞憂でしたね。まぁ、手帳を探して夜の旧校舎を訪れるぐらいですから、そう簡単に諦めれるとは思っていませんでしたけど。

 結果、帝一は落とし所を探しに、旧校舎まで出てきた。旧校舎を探したい大藤さんと、旧校舎の解体工事を進めたい僕たち、その妥協点は何か? と考えると、帝一が取りそうな手段は見えてくる。

 ……そう、工事の延長。それ以外ありえません!

 おあつらえ向きに、工事を延長するための材料として、幽霊の噂を僕は作り上げている。でも、旧校舎に幽霊なんて存在していない。だって幽霊の正体は、大藤さんなのだから。

 だから帝一は、いもしない幽霊の話を使って、工事の延長を交渉するしかなくなるのだ。

 ……そうなると、もう帝一に残された道は、二つしかありませんね。

 一つ目は、言葉のみで工事の延長を求めるケース。僕が登場する前に、帝一が現場の職人たちを口車に乗せようとしていたのが、これだ。

 これを選んだ場合、帝一は口先一つで工事の延長を行う必要がある。しかしこれは、既に行っているが、分家の布引家、つまり僕に意見を棄却される。そして帝一がそれ以上工事の延長をするための説得材料がないのであれば、工事は強行。その結果、最後まで順調に工事は進められるだろう。なにせ、工事を邪魔する存在はいないのだから。

 この場合、純粋に帝一よりも、分家の僕の言い分が正しかったということになる。そうなれば、帝一を担ごうとしている連中も、多少なりとも二の足を踏む事になるだろう。つまり、帝一の求心力が低下するのだ。

 ……でも、帝一は二つ目を選びましたね。

 二つ目のケース。それは、帝一が工事を延長させるため、いもしない幽霊の証拠をでっち上げる事だ。

 帝一の交渉材料は、幽霊が出るから、それを鎮める時間を作るため工事を延長した方がいい、という一点のみになる。でも、幽霊は存在していない。つまり、帝一の交渉材料は、始めから存在していないのだ。

 帝一も、強引に進められれば解体工事を止められないというのは、理解していただろう。そこで帝一は、わかりやすい形で、幽霊を現場に出現さてやる必要があった。

 ……帝一が幽霊を操れる能力があろうがなかろうが、今回旧校舎に幽霊はいません。だから、工事現場に人的な小細工をするしか方法がなくなるわけですね。

 そして帝一は、工事を止めるための工作をした。結果、工事は止まり、解体は延長される事になったが――

 ……でも、血糊はやりすぎですよ、帝一。

 工事現場で血が出たとなれば、事件性も大きくなる。そもそも、旧校舎の工事を意図的に帝一が邪魔をしたという事になれば、裁判沙汰になるのは確実。生徒会も黙っていないはずだ。この雨晦明学園を退学することにもなるだろう。

 そうなれば帝一は、不知火家の次期当主候補から、確実に外される。もう彼を担ごうとする連中も、いなくなるだろう。

 しかし、それには帝一が工事現場で工作をした、決定的な証拠を抑える必要がある。そしてそれは、既に完了していた。

 旧校舎で血が出たのは、当日持ち込んだブルーシートの上からだ。元々工作をしていたのであれば、ブルーシートを最初に広げた時に、誰かが気づくはず。つまり、解体工事を行おうとした、あの日に工作をしたことになる。

 そして僕が到着した時、帝一たちは現場の職人と話していたので、血が出たブルーシートに近づけない状況だった。

 つまり、血糊の工作が行われたのは、僕が帝一たちの前に姿を現した時間以降ということになる。

 ……でも、その時間以降は、生徒会のメンバーが記録を取るために、工事現場を撮影しているんですよね!

 彼らのカメラ、スマホの動画を見れば、帝一、もしくは従者の古戦さん、あるいは大藤さんが工作をしている瞬間が捉えられているに違いない。

 動画自体は生徒会の持ち物であるということと、昨日の今日という事で、まだ動画の内容の共有は受けていない。だが、今日の放課後には、生徒会から僕の欲しかった情報がもたらされることになるだろう。

 ……あまりにも順調すぎて、笑ってしまいそうですね。

 そう思った直後、僕は自分の教室の前に、誰かが壁に持たれて佇んでいるのに気がついた。その人物は――

「帝一……」

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