そもそも、これ程までに次期当主争いが激化したのは、帝一が原因なのだ。

 元々、不知火家の中で八割は帝一が次期当主となる、というのが大筋の見立てだった。むしろ、今のうちにどうやってあの神童に取り入ろうかと画策する輩の方が、圧倒的に多かったのだ。

 だが、そこから一転。どういうわけか、帝一は妥協するようになり、落ちこぼれとなる。両親とも勘当状態、つまり、不知火家現当主の不知火乾一との関係も絶たれたと考えていい。

 実際、帝一自身も当主の座に興味はないと話しており、その権利も破棄する声明も出している。

 しかし、それでも候補者たちは、帝一を警戒していた。

 ……彼自身に興味がなかったとしても、その周りの人間まで興味を完全に絶たれたかと言えば、そうではありませんからね。

 利権争いから遠い分家であればあるほど、本家筋から離れれば離れるほど、水面下で帝一を担ぎ出そうとする動きが起こっている。帝一が次期当主争いに復帰し、その座につくような事があれば、そこまで推したい候補者がいない彼らは莫大な利益を得ることになるからだ。

 まだ飛び抜けて有利な候補者が出ていない今だからこそ、帝一に戻ってきて欲しいと願っている人も多いだろう。そしてそうなれば、今まで推していた候補者を裏切り、帝一につく輩も出てくるはずだ。

 ……でも、そうした動きも、少しは鳴りを潜めましたがね。

『狢の肝抜き事件』。

 詳細は、分家の僕には多く語られていない。でもこの事件は、分家の間ではもっぱら、この様に噂されている。

 帝一を祭り上げようとした一部の分家が暴走し、それを当の本人である帝一によって、あまりにも行き過ぎた行動をした分家が全て調伏された、と。

 帝一が次期当主を辞退する声明を正式に発表した時期と、いくつかの分家に処分がくだされた時期が被っているのも、そう思われる要因の一つである。

 帝一が雨晦明学園に入学する前に起きたこの事件を聞き、少数ではあるが、神童未だ死なず、と影で言い出す輩も出るほどだ。

 ……だから、帝一には確実に沈んでいてもらわないと、駄目なんですよっ!

 帝一に興味はなくても、その周りの人間は、まだ帝一に利用価値があると考えている。何かのきっかけで帝一が次期当主争いに再戦したともなれば、藍華様の強力な対抗馬になり得る。

 ……それに、雨晦明学園に入学してから、帝一の動きは怪しいんですよね。

 何でも、学園の揉め事の解決に、帝一が乗り出しているというではないか。この学園は、社長令嬢や企業の子息が多く通っている。卒業生も優秀だ。彼のこうした活動は、不知火家以外での地位向上を狙っている動きに繋がるかもしれない。

 そして不知火家の外という事は、本家から離れている、つまり帝一を担ぎたいと考えている層とも一致する。

 他にも、あの青鷺コーポレーションの令嬢が帝一と接触していた、という話まで出てきているではないか。

 ……既に婚約関係が解消されているのに、何故わざわざ帝一と話す必要があるんだ?

 まさか、婚約解消は目くらまし? 当主争いのここぞという場面で、帝一を水面下で支援するためのダミー工作なのか?

 ……わからない。仮にも青鷺コーポレーションの令嬢は、不知火家現当主の孫の許嫁に選ばれた女ですよ? まさか好いている本心を言い出せず、だらだらと帝一の周りをうろちょろしているという事はないでしょう。

 考えれば考えるほど、不知火帝一という存在は、不気味なのだ。決して油断できる相手ではない。

 ……何か、手はないか? 帝一を次期当主争いから脱落させる、良い手は。

 悩み続けていた、ある日。

 その良い手というのを、僕は旧校舎のグラウンドで見つけることが出来たのだった。

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