工事現場に、悲鳴が鳴り響いた。地面に落ちた鉄パイプが、抗議するように金属音をがなり立て、他の鉄パイプとぶつかって、更に騒音を撒き散らす。

 僕は悲鳴が上がった場所へ、一目散に走り始めた。

「何があったんですかっ!」

 狼狽する職人たちを掻き分けて、僕は喧騒の中心地へと向かっていく。人の森を抜けると、そこには地面いっぱいに、赤い花が咲き乱れていた。

 それは真っ青なブルーシートの上に撒き散らされた、目が痛くなる程の、赤い液体だった。

「怪我をしたのは、一体誰だっ!」

 そう叫ぶ僕を、周りの職人たちが、困惑げに見つめている。

「何だ? 一体どうしたんだ?」

「いないんですよ、昇さん」

「いない?」

 熊のような男に、もう一度僕は問いかけた。

「いないって、どういうことなんだ?」

「それが、オレたちの中に、怪我人がいなんでさあ。誰も、傷をしちゃいねぇ。誰も、傷ついてねぇんですよ」

「何? じゃあ、一体――」

 

 この血は、誰のものだというのか?

 

 そう続くはずのその言葉を、誰一人として口にする事が出来なかった。

 真夏の太陽に照らされる中、不気味な静寂を破るように、蝉たちが一斉に鳴き始める。

 堪えきれなくなったように、誰かが言った。

「祟りだ」

 そして、その言葉は瞬時に伝播していく。

「そうだ、そうに違いない!」

「お祓いをしなかったからだ……」

「やっぱり、ここには何かがあるんだ!」

「なんまいだなんまいだなんまいだ」

「だからやめようって言ったじゃねぇか!」

「うるせぇ! 結局それに従っただろうがっ!」

「でも、こんな、血って! 血が出てくるってっ!」

「……昇さん。こりゃあ、ヤバいですよ」

 そう言われるまでもなく、僕も今の状況は把握している。こんな状況で、解体工事を無理に進めるなんて、不可能だ。無理に工事をしようにも、職人たちが集中して作業に取り組めるはずがない。下手したら、本当に怪我人も出かねない。

 それに、何もしてないのに血が溢れてくる現場に、誰だって長居したいとは思わないだろう。

 僕は内心を隠すようにうつむくと、小さくつぶやいた。

「……今日は、撤収だ。引き上げるぞ」

「わかりやした。おい、お前ら! 撤収だっ!」

 その声を聞いて、職人たちは我先にと車の中へと乗り込んでいく。それを横目に見ながら、僕は歩き始めた。

 途中、大藤さんが僕の方を見ていることに気づいていたが、今はそれを無視。そしてそのまま、僕は生徒会のメンバーへ話しかけた。

「こんな現状ですし、解体工事を始めるまでは旧校舎、及びそのグラウンドへの立ち入りは禁止。そういう事で、いいですね?」

「ええ。お話していた通り、この辺りの封鎖は我々生徒会で実施します」

 そう言って、背の低い彼は頷いた。

 それを聞いていた大藤さんは、絶望的な表情を浮かべている。

「そんな! それじゃあ、もう地下教室には……」

「だ、大藤様! しっかりしてくださいっ!」

 倒れ込む大藤さんを、古戦さんが慌てて支える。

 それを振り切るように立ち去ろうとする僕の前方に、帝一の姿が現れた。しかし、彼の目は僕の方を向いていない。

 帝一は腕を組み、ふむ、と頷いて、血が溢れ出したブルーシートの方を見つめている。その彼の横を通り過ぎて、僕は旧校舎を後にした。

 新校舎に向かう間、僕の頭の中を占めているのは、あの溢れ出した血の事だ。

 あれは、一体何なのか?

 何故、あんなものがあそこに現れたのか?

 それを考えるだけで、僕は思わず、笑ってしまいそうになる。

 ……ついに、馬脚を露わしたな、帝一! これでお前は、不知火家の次期当主争いから、完全に脱落だっ!

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