④
一瞬、私の体が、硬直する。
……え、嘘。警備員?
でも、何度も忍び込んでいるが、今まで警備員が旧校舎の中へ入ってきたことは、一度もない。
……なら、一体誰?
そう思った瞬間、全身に、鳥肌が立った。
誰もなにもない。私がこんなに苦労している原因は、ある存在が旧校舎に出始めたのが原因だ。
……嘘。え、本当に、幽霊?
今まで、幽霊なんて気にしていなかったし、旧校舎で出会ったこともなかった。おばあちゃんのためなら、幽霊なんて怖いとも思ったこともなかったが、いざそれと出会うとなれば、話は変わってくる。
コツ、コツ。
その音は、徐々に大きくなってくる。
……嘘、こっちに近づいてくる!
コツ、コツ。
ふわっ、と、教室の外が一瞬、光った。
……ゆ、幽霊の噂は確か、だ、誰もいないはずの教室に、人魂を見た、ってっ!
コツ、コツ。
光が、ゆらゆらと、揺れる。
コツ、コツ。
揺れる。光が、ゆらゆらと。
コツ、コツ。
ぼんやり灯った光が、徐々にその明るさ強くしていく。
コツ、コツ。
コツ。
足音が、止まった。私の居る、教室の前だ。
光も、揺れるのをやめる。
私は知らず知らずのうちに、両手で手にした懐中電灯を、力いっぱい握りしめていた。
そして。
教室の扉が、開かれる。
私は目をつぶって、懐中電灯の光を開かれた扉へ、悲鳴と共にと突きつけた。
「ぎゃぁぁぁあああっ!」
「ぎゃぁぁぁあああっ!」
……。
…………。
………………。
………………ぎゃぁ?
「も、もう! びっくりするじゃないですか、大藤様! 急にライトをこちらに向けないでくださいっ!」
私が懐中電灯を向けた先に居たのは――
「……へ、さ、桜?」
「はい! 帝一様に身も心も使えるメイド、古戦桜ですっ!」
ビシっ! とこちらに敬礼したメイド服姿の桜が、私に向かって微笑んでいた。
気が抜けた私は、その場にへたり込む。
「ど、どうして、桜がここに?」
「あー、私、幽霊とか、全然大丈夫なんですよ。昔、一家断絶どころじゃ済まない事態になったことがあって、そこからある程度のことじゃ動じなくなった、といいますか」
「桜にとって、幽霊って、ある程度で済ませれる事なの?」
「済ませれますよー。帝一様が出来ないことを私が出来ないと、あの方のお傍にいる意味がありませんから。とはいえ、スマホぐらいは使えるようになって頂きたいのですが」
えへへっ、と笑う桜の言葉に、私は思わず食いついた。
「え、ちょっと待って。桜、不知火帝一の代わりにここに来たっていうの?」
「そうですよ。それが妥協点だ、っておっしゃってました」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」
私は立ち上がると、桜の方へと詰め寄る。
「だってあいつ、私には協力しないって――」
「やだなあぁ、大藤様。帝一様は、そんな事一言も言ってませんよ。ただ、俺『が』旧校舎に赴くことはない、とおっしゃっただけで。なので、私が来ましたっ!」
「だったら最初からそう言いなさいよっ!」
そう言いはするものの、正直、桜が来てくれて助かった。
……私一人だけじゃ、もう調べるのも限界だったものね。
「怒鳴ってごめんなさい。手帳探すの、手伝ってもらえる?」
「もちろんですっ!」
そう言って私達は、二階の教室を探し始めた。黒板の裏に手帳が挟まっていないか、掲示板が動かせないか、校内放送を流すスピーカーに仕込まれていないか、あるいは、床のタイルがずらせるようになっていないか等、隈なく探していく。
だが、一向に見つかる気配がない。
「中々、見つかりませんね」
桜が困り顔で、こちらを振り向いた。
「そう言えば、大藤様。毎晩、あの空いている窓から校舎に忍び込んでるんですよね? 結構大変じゃないですか?」
「まぁ、楽ではないけど、入るのにコツがあるのよ」
「コツ、ですか?」
「そう。逆上がりをするみたいに、一気に教室の中に入るの。逆上がりは、おばあちゃんに教えてもらったから、得意なのよ」
そこまで言って、私は少し唇を噛んだ後、言葉を紡ぐ。
「実は、おばあちゃんから、どこに手帳を隠したのかヒントはもらっているの」
「一番思い入れのある教室に隠した、ですか? でも、その教室がわからないから、大藤様はこうやって虱潰しに教室を探されているのではないですか?」
そう言った桜の言葉に、私は頷いた。
「おばあちゃん、体育教師だったの」
少し休憩するために、なにもない教室で、私と桜は向かい合って座った。
「おばあちゃんはクラスの担任もしていたみたいだけど、それこそ受け持っていた学年も教室もバラバラ。一番おばあちゃんが過ごしてきた教室なんて、絞り込めないわ」
「後、詳しく探していないのは、一階だけですか?」
「地上は、一階だけね」
その言葉に、桜がはっとしたように顔を上げる。
「大藤様は、地下教室を疑われているんですね」
「……おばあちゃんの教え子たちが探してない場所は、今封鎖されている地下教室しかない。そこが、一番可能性があると思うの」
「でも、大藤様のお祖母様と地下教室に、一体どんな関係があるのでしょう?」
桜のその問いに、私は首を横に振る事しか出来ない。
「それは、わからないわ」
……でも、可能性があるのなら、そこに賭けるしかない。
そう決意を固める私に向かって、桜が少し気分を変えるように話しかけてくる。
「大藤様のお祖母様は、どのような方だったのですか?」
「……そうね。何か話せば、手帳を探すヒントになるかもしれないし、少し、話しましょうか」
そう言って私は、おばあちゃんの事を思い浮かべた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます