自分で言うのもなんだが、わたくし青鷺彩は、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様だ。

 貸金業で成り上がった青鷺コーポレーションの長女で、英才教育を受けてきた文武両道の才女。更に容姿端麗ともなれば、幼い時に、あの不知火家から婚約の話が持ち上がるのも頷けるというもの。

 一つ年下の帝一とわたくしが出会ったのは、つまり、そういう繋がりだ。

 小学四年生の時にわたくしは、彼の許嫁となり。

 わたくしが雨晦明学園の高等部に進学したタイミングで、その関係はなくなった。

 ……わたくしを袖にしたこと、必ず後悔させて見せますわっ!

「失礼します」

 そう言って、ノックとともに、一人の女子生徒がわたくしたちのクラスを訪ねてくる。放課後の今、この教室にはわたくしと源さんしか残っていない。わたくしたちは椅子から立ち上がって、彼女と向き合った。

「お待ちしておりました、ゆめ様」

 源さんが教室へ入ってきた、三つ編みの少女を出迎える。彼女のかけた厚いレンズの黒縁眼鏡が、夕日に照らされ煌めいた。

「いえ、そんな。頼まれていた情報をお知らせしにきただけですから」

「それなら、メッセージアプリでもよろしかったんじゃなくて?」

「でも、この方が都合がいいですよね?」

 わたくしの疑問にそう答えた彼女へ、わたくしは口角を釣り上げる事で応えた。

 ……話がわかる人は、好きですわ。

 源さんがわたくしの隣に戻って来るのにあわせて、ゆめさんもわたくしの傍へやってくる。彼女は、ぬっ、とこちらへ近づくと、ギリギリ聞こえる音量で、こう言った。

「一年生の再投票の結果、前回と変わらず、丁度半数で分かれました」

「結構ですわ」

 わたくしが満足そうに頷くのと同時に、源さんが懐から封筒を取り出す。

「こちら、僅かばかりですが」

 それを見たゆめさんは、少し黙った後、首を横に振った。

「……いえ、そういうものは頂けません」

「よろしいじゃありませんの。情報料とでも思ってくださいませ」

「でもこの投票の結果も、明日には公表されますよ?」

「その情報を誰よりも早く知ることが出来る。それに、わたくしは値をつけたのです。根回しは既に済ませてありますが、望む結果が得られなければ、票を動かさなければなりませんから」

 そう言うが、ゆめさんは再度、首を振る。

「それはやはり、受け取れません。ですが一つ、お願いがあります」

「何ですの?」

「また、こういう面白い話があれば、是非一口噛ませてください」

 それを見て、わたくしも少し考える。

 ……あまり無理強いしては、こちらの心象も悪くなりますわね。

 封筒の中身を受け取らせることで、共犯関係に持ち込みたかったのだが、ここは押しすぎず、引いたほうがいいだろう。

 わたくしは、さも物分りの良さそうな生徒が教師にそうするように、笑顔で頷いた。

「……不思議な方ですわね。わかりました。何かあれば、また協力を依頼させていただきます」

 そう言うと、源さんが手にした封筒を再度懐に戻す。それを見て、ゆめさんはニヤリと笑った。

「ありがとうございます。では、今日は失礼します」

「ゆめさん。例の件も、お忘れなく」

「もちろんです」

 そう言ってゆめさんが霧の中に消えるように教室を出ていくのを見送った後、源さんが小さくつぶやいた。

「計画通りですね、お嬢様」

 その言葉に、小さく頷く。

「ええ。今年の一年生が来年行くことになる、修学旅行先。生徒会の仕切る再度の決選投票でも、北海道と沖縄が同数。今日も決着が尽きませんでしたわ」

 残念ですわね、と微笑むが、この結果はわたくしが票を操作した結果だ。

 ……操作した、と言っても、何も悪いことはしてませんわよ。

 これはほんの一例だが、たとえばあるところに、部に上がるために会員が足りない、一年生の兄弟を持つ同好会の会長がいたとする。

 そうした困りごとを抱えている方々に、ほんの少しだけ、力添えをしただけだ。

 そしてその際、一年生の修学旅行先の投票に、わたくしの意見を伝えたに過ぎない。その意見を聞き届けてくれるであろう一年生の生徒数は、実に全体の過半数。つまり、投票数の半分は、わたくしの意思で動かせるのだ。

 同好会を部に昇格させる件等、雨晦明学園は投票で意思決定をする事が多い。生徒会長であれば鶴の一声で生徒会メンバーも自由に動かすことが出来るだろうが、それはあくまで例外。基本的には投票の結果が、この学園では重んじられる。

 そしてそうした投票は、概ね生徒会が主導で行われていた。修学旅行の場所を決めるのもその例に漏れず、生徒会の仕切りで、一年生たちの投票が行われている。

 ……投票以外で何かが決まるとすれば、OB・OGからの熱烈な要望ぐらいですわね。

 しかし、それも多数の要望があってのことなので、ある意味数で決めるというのは、共通しているのかもしれない。そしてその数字は、どれぐらいの寄付金をしているのか、というのにも反映されている。

「修学旅行の時期は、五月。国内であれば、北海道でも沖縄でも、行けなくはありませんものね」

「学園への給付金もありますから、旅費の心配もありません。生徒の富裕層は海外に行き飽きておりますし、逆に投票先を国内に絞ることで、票を操作しやすくなりました。流石のお考えです、お嬢様」

「およしになって、源さん。これくらい、どうということはございませんわ」

 あまり人に聞かせられる話ではないので大声では言えないが、おほほほっ、と笑いが出てくるのを止められない。

 ……まぁ、今日再投票があると聞いた時は、冷や汗ものでしたけど。

 明日この件を帝一に話すことになっているのに、問題が解決しました、では、あまりにもわたくしの格好がつかなすぎる。

 そう思うわたくしの隣で、源さんが、淡々とつぶやいた。

「後は、帝一様がこの件の解決を、引き受けてくださるかどうかですね」

「帝一は、引き受けますわ」

 わたくしの言葉に、源さんが表情を変えずに振り向く。

「……何故、そこまで断言出来るのですか? お嬢様」

「決まっていますわ」

 自分の髪を右手でなびかせ、わたくしは源さんにこう告げる。

「だって、元許嫁ですもの」

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