「え! 本気かい?」

「そんな事、できるのか?」

 私の話を聞いた春日井さんと井出さんの驚愕の声が、教室中に響き渡る。私も帝一様からその話を聞いた時、そんな方法あり得るの? と思ったから、二人の気持ちはよく分かる。でも、この案を聞いてからは、この部活の問題の落とし所は、もうこれ以外ないと思えた。

 これが、二つの同好会の、妥協点だ。それは――

「雑草研究同好会と、水族館研究同好会。この二つの同好会を、一つにまとめた部にする。そうすれば、二つの同好会が部に昇格、部室を使えるようになるんです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 部室が与えられる部活は、隔月に行われる生徒会と教師による投票で決まる。でも、二つの同好会を一つにまとめたら、全く新しい同好会になって、学園の承認が降りないんじゃないのか?」

 そう言った春日井さんの疑問も、私にはよく分かる。何故なら昨晩、私も全く同じ問を、帝一様にしたからだ。だから私は、私が聞いた彼の言葉を、そのまま口にする。

「それは大丈夫です。何故なら、雑草研究同好会も水族館研究同好会も、元々部に昇格するに足る実績を持つ同好会だからです。どんな形になっても、部となる条件をクリアしているのであれば、問題なく部室が与えられます。だから、同好会を統合して、互いにやりたい活動を続ければいいんですよ」

 私はゆめさんの方を一瞥すると、彼女は口角を釣り上げて、頷いた。どうやら、帝一様の予想は当たっていたようだ。

「だ、だがしかし、それだと本来どちらかが自由に使える部室も、部費も、半分しか使えないということにならないか?」

 井出さんの言葉に、私は頷いた。その疑問も、私が昨日帝一様にぶつけている。

「それは、おっしゃる通りだと思います。もし単独で水族館研究同好会が部に昇格したときより、二つの同好会を統合して部にした時の方が、それぞれの同好会で使える部室の面積は小さくなりますし、部費も少なくなります」

「な、ならやはり、どちらか一つが部に昇格したほうがいいじゃないか!」

「果たして、そうでしょうか?」

「何?」

 私の言葉に、井出さんが、そしてそれを聞いていた春日井さんも、疑問の表情を浮かべる。二人に向かって、私は小首をかしげながら口を開いた。

「部室の広さは、三十名でも利用できる広さです。一方、雑草研究同好会と水族館研究同好会、会員は互いに五名ずつ、つまり合わせても十名程度です。十名で三十名の部室を使うのは、十分な広さだと思いませんか?」

「……」

「それに部費も、全くもらえなかった同好会の時より、学園から半額でも支援してもらった方が、プラスになると思いませんか? それとも、どちらの部が昇格するか、じゃんけんでもして決めて、全く部費が得られない方を選びますか? 私の案に納得できないのであれば、そういう未来もあり得ると思いますが」

「……」

「どうしても自分たちの同好会を単独で部にしたい、というのであれば、部室も半分、部費も半分もらって、将来的にどちらが優秀な成果を上げるか、今後勝負するというのも、ありだとおもいますよ」

 私の言葉に、春日井さんも井出さんも、黙って眉間にしわを寄せている。私の提案を受け入れるか否か、考えているのだろう。でも、考えている時点で、結論は出たも同然だ。

 ……全く益が得られない可能性があるなら、減額してでも必ず益を得る妥協もあっていいだろう、ですか。

 帝一様の言葉を思い出して、私は内心苦笑いを浮かべる。どちらかを部に昇格させるのではなく、どちらも部にしてから、今後のことは考える。問題の先送りとも言えるが、先延ばしにしてしまえば、ひとまず半分、部室も部費も手に入るのだ。プラスになるが、マイナスにはならない。

 それからたっぷり十分という時間を使って、同好会の会長二人は、統合して部に昇格する案で合意した。昇格後の部の名前は今後協議するらしいが、もう私の出番はないだろう。

 教室から出ていく二人の背中を見送っていると、ぬっ、とゆめさんが私の方へ顔を突き出した。

「ありがとうございます。おかげで、問題が解決しました」

「いえいえ、どういたしまして! あ、そうだ。帝一様がゆめさんに、どうぞよろしくお伝え下さいと申しておりました」

「あなたの、ご主人が?」

 ゆめさんのかけている眼鏡が光を反射して、鈍色に輝いた。

「あなたのご主人は、この件について、何か他に条件は出されましたか?」

「あー、そうですね。私個人に対しては」

「あなた、個人に?」

「まぁ、もうちょっと勉強を頑張れ、ってことですね」

 あはは、と笑うが、笑い事ではすまない状況だ。私はどうしても、学年三十位以内に入らなければならないのだ。

 もし達成出来なかったとしても、帝一様が私を責めるような事はしないだろう。何故なら彼は、私がその条件をクリアできなかった時、その代償を何にするのか決めなかった。でも、それが逆に私を本気にさせていた。何故なら――

 ……条件を出さなかったって事は、帝一様は、私がその約束を必ず守るって、信じてるからですよね!

 彼に救われたこの身は、全て彼に捧げると、私はもう決めている。ならばその彼からかけられた期待に、私は全て答えたい。

 ……私は、ただのスマホ持ちのメイドで終わりませんよ、帝一様っ!

 内なる闘志を燃やしながら、私はめいさんに別れを告げ、教室を後にした。

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