歪の盃
「電気、消すね」
風呂から上がり、寝る準備を終えた私たちは仲良く並んでベッドに入った。枕もとの操作パネルを触って部屋の灯を消す。数秒経って少しだけ暗闇に目が慣れ、朝日の首の下に腕を滑り込ませた。
彼女の大きな胸に顔を埋めると、柔らかい手が私の頭をゆっくりと撫でた。
朝日はいつだって、私の求めていることをしてくれる。腹立たしいくらいに的確だ。でも彼女は、私のことが好きでそうしているわけではない。私がそうして欲しいから、してくれているのだ。そして彼女は、そうすることで私が離れていかないと知っている。突然海外に行っても、突然帰ってきても、私が笑って受け入れると確信している。
でも、それももう疲れた。朝日の都合のいい女は、今日でおしまいにする。
彼女を殺して、自由になる。
服の上から彼女の胸をゆっくりと撫でる。朝日が柔らかい顔でこちらを向くので、唇に軽くキスをした。触れ合うだけの軽いやつだ。それを二、三回繰り返した後、朝日の上に跨った。
「上、脱いで」
その言葉に従って朝日は両腕を上にあげた。「脱がせて」という言葉を待たず、やや乱暴に服を剥ぎ取る。
「いつもより乱暴やな」
私は何も言わず彼女の唇を指で撫でた。体がピクリと震える。朝日は唇が弱い。照れを隠すかのように、私の指を咥える。指の腹、関節を回すように舐め、爪の間に舌を這わす。強く吸ったまま前歯で指を引っ掻いて情欲を煽る。ちゅぽ、と音がして指が解放された。
私はその
「涎、汚いで……」
「朝日のが汚いわけないじゃん」
そう言い返しながら私は下着まで脱いだ。朝日と比べると小さな胸が露わになる。
私は、朝日と唾液を交換するのが好きだった。
ちょっと特殊な性癖だと自覚はあるけれど、朝日もそれに付き合ってくれる。
数回抱き合ってキスを交わした後、口腔内に唾液を溜めて、舌と一緒に彼女に流し込んだ。
「……っ」
朝日は一瞬だけ驚いた顔をした後、それを飲み込んだ。喉が鳴る。
彼女は仕返しとばかりに両手を私の首に回して、体ごとくるりと回転をした。上下が入れ替わる。
「変態」
「うるさい」
唇を塞ぐ。
「莉々……あんたほんまにキス上手いな」
着ているものすべてを脱ぎ去って、お互いが好きなところに手を伸ばしあう。お互いを刺激し合う。
私は最後の夜に、身を委ねた。
**
「ねぇ、朝日。大事な話があるの」
「なんや、改まって」
夜を終えたあと、服を着た私はベッドから立ち上がって朝日を見た。
時計は午前二時過ぎを指している。
「……もしかして、別れ話か?」
こういうとき、彼女の察しの良さが本当に嫌になる。
ここまで私の気持ちを察することができるのに、どうして大切にはしてくれないんだろう。
私はゆっくりと首を振った。
「別れ話じゃ、ない。ううん、広義の意味で言えば、そう」
「広義の意味?」
「私がしたいのは別れ話だと思う。でも、そんな浅い話じゃないの」
「別れ話に浅いも深いもないと思うけど、どういうことや」
朝日の質問が、私の口を雄弁に回していく。
「私はもう限界なの。私は朝日のことが好きだけど、朝日は別に私のことが好きじゃないでしょう?」
「…………そんなことはないけど、その議論は不毛やな。続けて」
彼女はため息とともに目を閉じた。
「私にとって最高の瞬間とは、あなたといる時間。でも朝日にとってはそうじゃない。だからそれを探してるんだよね。そんな
「だから、別れると」
首を横に振った。
違うよ、朝日。
「私は今日、あなたを殺す。それが叶わないなら、私が死ぬ」
「は!?」
朝日は驚愕の表情を作った。私のことをよくわかっているからこそ、この言葉が冗談じゃないことがわかったのだろう。その驚愕の表情は、私が彼女の思考を上回った証。私には全然見せてくれなかったその顔を見て、少し嬉しくなる。
その顔をもっと見たい。
見下していた私に負けて、後悔のまま死んでいって欲しい。
「ねぇ、朝日。ゲームをしようよ」
私はカバンから二本の小さなペットボトルを出し、ホテルに備え付けられていたグラス二つそれぞれに注いだ。
「あなたの大好きな、私よりも大好きな、命を懸けたゲームをしよう!」
未だに状況を飲み込みきれていなさそうな表情をしている朝日の口角が、少しだけ上がった気がした。
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