毒の盃、歪の番
姫路 りしゅう
歪の番
スカイダイビングや険しい山への登頂、パルクールなどの合法的な遊びや、大金や体の一部を失うかもしれない非合法な遊び。
彼女が特に好きだったのは、大きなものを賭けたギャンブルだ。単純な運のゲームではなく、実力が試される真剣勝負。一般人には知る由もない非合法ギャンブルを、朝日は好んでいた。
いつか朝日に聞いてみたことがある。
「朝日はさ、どうしてそんな遊びが好きなの」
そう言うと彼女は、「せやな」と言いながら気怠そうな表情で私の髪の毛を撫でた。
二人で座るには少し大きいソファ。
そこで私たちはくっついて、お互いの体温を交換する。
「うちはな、ここで死んでもいいと思える最高の瞬間を迎えたいんや」
「……うん?」
「
そう言われた瞬間私の脳裏に過ったのは、朝日に初めて抱かれた時のことだった。
曖昧に微笑んで話の続きを促す。
「うちはな、それの最上級を見たいんや」
「うーん、死んでもいい瞬間を迎えるために、死ぬかもしれない遊びをしているの?」
私は彼女の上に跨って、その長くて黒い髪を指に絡めながら問いかけた。
「ま、あんたにはわからんかもな。この世はハイリスクハイリターンや。死んでもいいと思える最高の瞬間を迎えるためには、命くらいチップにせんと」
「でももしそのリターンを得られずに死んじゃったら? 命をどぶに捨てるようなもんじゃない」
そう畳みかけても、朝日は鼻を鳴らして、私の顔を見つめるだけだった。
それはまるで、私にはわからない話だと言わんばかりの表情。私を見下したような表情。
――――私はその目が、嫌いだった。
私は朝日が大好きだ。朝日には私の全部を知ってほしい。朝日には私の全部をあげたい。
朝日と一緒にいる瞬間こそが、私にとって人生で最高の瞬間なんだ。
それなのに朝日は探している。人生最高の瞬間を、探している。
つまり、彼女にとって私と一緒にいることは最高の瞬間ではなくて。きっと朝日は、別に私のことが好きじゃないんだろう。
だから私は、朝日を殺すことにした。
彼女の望み通り、彼女の大好きなギャンブルで、命をどぶに捨てさせてあげることにした。
**
「おい莉々、ここのホテルの風呂、光るぞ!」
一週間ぶりに帰ってきたと思ったら、彼女は早速「デカい風呂に入りたい」と我儘なことを言った。
「どこ行ってたの?」
「あー、アメリカ」
「アメリカ!?」
定職についていない朝日が数日間ふらっといなくなることはよくあることだったが、事前連絡なしに海外へ行っていたのは初めてのことだった。
「なんでアメリカなんか……」
「ちょっとポーカーの大会があってな。行ってきてん」
「……ふうん」
相槌を打つと、朝日は一瞬だけ目を細めて、「なんも言わんですまんかったな」と、背中に手を回した。
私の黒い感情に気が付いたのだろう。
聞きたいことを全部飲み込んで、私は朝日の首に手を回した。目を閉じて、キス。
「せやから風呂行きたいねん。行こうや」
唇を話した朝日が、私の耳元で囁くように呟いた。
「スーパー銭湯でも行く?」
「や、二人で入れるところがいいな」
「…………うん」
朝日は、ずるい。
私のことなんて全然好きじゃないのに、いつだって私の欲しい言葉をくれる。
私のことなんて全然好きじゃないのに、私のことをよく知っている。
――――だから、私は朝日を殺さなきゃいけない。彼女と一緒にいると、私のほうが壊れてしまうから。
今夜、彼女を殺す。
前々から準備はしていた。実行に移す踏ん切りがつかなかった。けれども、今日がいいきっかけだ。いつまでも私を好きじゃない人に飼い殺される訳にはいかない。
でも、ただ殺すの嫌だった。
私たちは二人で仲良くラブホテルの部屋を選び、大きなお風呂にお湯を張った。
朝日は至る所のボタンを押して、部屋を光らせたり音楽を鳴らしたりする。そしてすぐに飽きたのか、ベッドに飛び込んだ。
冷蔵庫から無料の水を一本取って、一口だけ含む。安い水の味。
「莉々ー、映画でも観るか?」
「どうせ最後まで観ないからいい」
時刻は午後十時。お風呂に入って寝る準備をしたら二十三時になるだろう。
靴下とシャツを脱いで畳む。
「お風呂はいろ?」
下着のままベッドの淵まで歩いていって、朝日の両肩を掴んでキスをする。
私たちは広い風呂場でお互いに髪の毛を洗い合って、湯船に浸かった。
朝日の髪は長くて綺麗なので、触る時はいつも少しだけ緊張する。
これが二人で入る最後のお風呂になると思うと、寂しくなった。
――――殺す準備はできている。
今から私たちは、最後の夜を過ごす。
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