侍たちの過ごす 「侍の星」
第13話 宮本武蔵
ラズは異常な暑さで目が覚める。彼の額には汗が溜まっていた。
ラズが倒れたままで空を見上げると、先程までの深夜ではなく、日中の明るい日差しが目に飛び込んできた。
ラズが起き上がりながら辺りを見回すと、田畑が広がっていた。どこまでも広がっており、ソマリナの田舎に似ているように思えたが、農作物を育てるための農業機械が見当たらなかった。
ここはどこなのだろうか。ソマリナとも、ダリア星とも雰囲気が違う様に感じた。恐らくは別の星では無いだろうか。
そこまで考え、突如、ラズの体に痛みが走る。特に右手に痛みを感じたため、そちらに視線を向けると、その手は僅かに透けているように思えた。
「な、何。これ?」
ラズが慌てた声を上げる。しかし、少し見つめていると、手はゆっくりと元の色に戻っていく。それと同時に痛みも引いていった様に思えた。
「どうしたのだ!?」
浮遊していたグレンが、ラズに慌てて近づいて来る。
「すまぬな・・・。私の力不足で無理な移動をさせてしまったな。魔力はお前の源だ。それが枯渇すれば取り返しのつかないことになりかねんのだ」
「どういうこと?」
「それ以上聞くな。まだ、私も確信が持てんのだ」
グレンは小さい声ながらも強い口調で言う。その事については、もう回答してくれそうには無かったが、先程の現象はなんだったのであろうか。生物の手が透けるなんて聞いた事もない。
それにもう一つ不思議なことがある。今まで、ラズの想像した場所に辿り着けたことが無いのだ。彼が想像した場所に行くことが出来るとグレンは説明してくれていた。しかし、今までの魔法の説明や使用している現場を見ても、魔物の意思で魔法を使っていた。
「ねえ、グレン。もしかして、君が行きたい所に移動しているの?」
グレンが困った表情をする。聞いてはならな事を聞いてしまったかもしれない。しかし、意を決死した様にグレンが口を開く。
「・・・その通りだ」
「そっか、言ってくれればいいのにー。少しずつ地球に向かってんでしょ」
「怒らんのか? 私が勝手に地球に移動させているのだぞ」
「でも、グレンも地球に帰りたいでしょ。是非、協力させてよ。ただ、ごめん。一度だけ、ソマリナに戻れないかな。マイクに話しときたいんだ」
ラズの言葉にグレンが驚いた顔をしたかと思うと、暗い表情で俯きだす。
「・・・いや、いいんだ。次の移動でソマリナに帰ろう」
「うん。そのあと地球に」
「いいんだ。地球には行かない。そう決めた」
グレンは頑なだったが、そんな訳には行かない。彼も田中もクレアも母星に帰らせる。何年かかろうとも、それがラズの使命だと思っていた。
「こ、ここは?」
ラズとグレンが会話をしている時、クレアの声が聞こえてくる。彼女が目覚めたのだろう。不安に感じるだろうクレアの元に、ラズは近づく事にする。
「な、何だか身体が重い・・・」
それはラズも感じていた。重力が重くなったというよりも、ダリア星で感じていた体の軽さを失った感じだ。この星はソマリナと同じ様な重力なのかもしれない。
「ここはどこなの?」
クレアが立ち上がりながら疑問を投げかけて来る。手に優しい光が灯っているため、自らに回復の魔法を使っているのかもしれない。
「ここは別の星だよ」
「別の星?」
クレアが怪訝な表情を浮かべる。
「ごめんよ。巻き込んじゃって。絶対、君の望む場所に帰すから」
「ラズのせいなんかじゃないよ」
「いや絶対、安全に帰すよ」
ただ、ここでラズは思う。クレアはダリア星に戻って幸せなのだろうか。今まであの星で魔女として不幸な目にあってきた事から、戻っても同じ未来しかないのではないだろうか。
「あ! そうだ! 大丈夫!?」
クレアがラズの身体に手を当てて来る。その手に触れられた彼は少し心臓の鼓動が早まった気がした。
少しすると、ラズの身体が優しい光に包まれる。すると、彼の体に力が湧いてくる。体調が回復してくると、ラズは元気になった事を表現するように、ガッツポーズをする。
「ほう。大した回復魔法だ。私以上かもしれないな」
グレンが感心した表情をしていた。この分野においては、クレアは彼以上の才能があるのかもしれない。彼女に相応しい才能を天が与えてくれたのだろう。
「クレアは大丈夫?」
「うん。私は全然大丈夫だよ。魔法で守られているからね」
クレアが笑みを浮かべていたが、ラズを心配させない様にするための強がりに思えた。先程の魔物からの攻撃で悲鳴を上げていたからだ。
その時、どこかで音がする。ラズがそちらに視線を向けると、少し距離がある所で、田中が起き上がっている姿があった。彼も魔物の魔法を受けていたため、傷ついている事だろう。クレアには申し訳ない気持ちがあるが、回復を施してあげるべきだろう。
「無理させてごめんだけど、田中さんにも魔法をかけてあげてもらえないかな?」
クレアは首を縦に振った後に、田中の方に向かって行く。自分の無力さに歯痒い思いがして来る。彼にも同じ力があればクレアに無理をさせる事はなかったのだ。
「何するの!?」
突然の大声にラズが驚き、急いでそちらに視線を向けると、そこにはクレアの腕を掴んでいる田中の姿があった。彼は急いで田中の元に駆け寄る。
田中とクレアの元に着くと、彼は薄笑いを浮かべたかと思うと、クレアの背後に周り、彼女の首を腕で締める。
「何をしているの!?」
「本当に星々を移動出来るんだね。この子に危害を加えられたくなければ、地球に移動してください。私も仲間に危害は加えたくはない」
田中は今までとは違う冷たい口調であった。それはまるで別人と言っても差し支えないだろう。まずは彼を落ち着かせる必要がある。
「田中さん、分かったから、まずはクレアを離して」
「君みたいな奴は仲間が傷付くのは耐えられないだろう。君自身を痛めつけるよりも効率的だ」
田中の腕が更に強まっている様に思えた。早く彼の要望を叶える必要がある。
しかし、その時だ。田中の背後に不思議な男が立っている事に気付く。その男は、袴のような物を履いており、腰元には刀のような物を携えており、三十歳前後くらいの男性であろうか。そして、優しい印象のある顔をしていた。
「これこれ、大の大人が女子相手に何をやっているでござるか?」
「・・・侍?」
田中が振り向きながら侍という言葉を発する。それが何を意味するのかはラズには分からなかったが、彼は男の様な姿をした人物を知っているのだろうか。
「如何にも。拙者は侍でござる。お主達は珍妙な格好をしているが、どこの町民? それよりも、ほれ。大の大人が女子を虐めてはならんでござるよ」
侍と呼ばれている男がそう言うと、田中が狼狽した表情をする。
「た、確かに。俺は何でこんな事を」
田中がクレアの首から力を抜いた様で、彼女がその場に崩れ落ち、咳き込む。
ラズは慌てて、クレアに駆け寄ると、その場にしゃがみ込む。彼女は手で首を抑えて、苦しそうであった。ラズはこの事態を止める事が出来なかった事に自責の念を持つ。
「ごめん。大丈夫?」
田中がクレアに手を差し伸べようとして来たが、彼女は怯え切っており、それを拒絶する。ラズは彼に対して、首を横に振る。今は田中とクレアを関わらせるべきでは無い。
田中は頭を掻きむしった後に、再度謝罪をし、その場を離れていく。その様子は平時の彼と同じに思えた。何故、田中がこの様な所業をしたのか、ラズには分からなかった。
それと入れ替わる様に、グレンが宙に浮かびながらこちらに向かって来る。それを見た、侍と呼ばれた男が驚いた表情をする。
「これは、また珍妙な星に来てしまったものだ」
「な、なんでござるか? からくり人形?」
「人形とは失礼な者だな。私は由緒正しき魔物だ」
グレンが憤慨した表情をする。
「しゃべるとは不思議な人形だ・・・。お主達は、何者でござる?」
侍の問いは当然だろう。不思議な格好をした不思議な魔物を同行させる者達なのだから。
「俺達は別の星から来たんです」
「星とは夜空に浮かんでいるものでござるか? ははっ。あんな所から来たとは珍妙なことを言うもの。作り話としても面白いでござるよ」
ラズの言葉に侍が笑みを浮かべる。それは、人懐っこい印象のあるもので好感が持てた。
「拙者の名前は宮本武蔵でござる。お主達の名は?」
「ほう、天下無双の剣豪と同姓同名か? 又は同一人物なんて事はあるまいな?」
グレンが感心した表情をしていた。
「天下無双の剣豪と同姓同名? そんな者は聞いたことがござらん」
武蔵と名乗る男が怪訝な表情を浮かべる。
「私の星にそういった者がいたのだ」
「お主も星とか、そんな事を言うでござるか。ただ、実に面白い!」
武蔵が笑いながら言うが、そこまで面白い話だろうか。荒唐無稽な話をする、頭のおかしい人物と思われても仕方ないと思うのだが。頭の柔らかい人物なのかもしれない。
そんな事を考えていると、ラズの額から汗がこぼれ落ちて来る。この場所は暑すぎる様に思えた。ソマリナの真夏よりも暑い。
「しかし、暑いね」
「恐らくだが、ここの星の温度は七十度を超えておる」
「七十度!? さすがにそんな気温には思えないけど」
ラズが驚きの声を上げる。七十度なんて世界で人は生きていけるのだろうか。体内のタンパク質が凝固して、死を迎えそうな気温である。
「ふふん。感謝しろ。温度が分かるのも守られているのも、私の魔法のおかげだ。ただ、それでも、お前らの体感温度的には四十度前後だろう」
グレンは魔法を人のためにしか使わない様に思えた。そんな魔物にラズは好感を持っていた。やはり、彼を母星に帰らせてあげたい。そんな思いが強くなっていた。
「そんなに暑い?」
確かに武蔵の着ている格好は、防寒抜群で、この暑さに耐えられるようには出来ているように思えなかった。この星の住人は暑さに強いのであろうか。
「うむ。ならば、お主らは拙者の家に来ないでござるか? 暑いのであれば涼しい浴衣も貸そう」
武蔵が言うと、再び田中がこちらに近づいて来る。
「いきなり、見知らぬ侍殿のところに行くのかよ」
「うむ。そう来たでござるか。しかし、誰のおかげで、お主は気持ちを落ち着けられたのかな?」
武蔵の言葉に田中が動揺した表情をする。
「それは悪かったよ。そうだね。彼らの食料も手に入れたいしね。君らも来るだろ?」
田中がラズ達に視線を向けながら言うが、田中自身は食料を必要としていないのだろうか。幾らなんでも数日も補給をしないで身体が持つのだろうか。
「もちろん、俺らも行くよ」
元々、ラズは武蔵の事を信頼していたため、魔力が溜まるまでの滞在先が出来るのは、願ったり叶ったりの提案であった。
「そうか、そうか。拙者の家はこの近くにあるのでござるよ」
「田畑ばかりだけど、こんな場所に住んでいるのかい?」
「ま、まあ、拙者は人が苦手でござってな」
「そうは見えないけどね・・・」
田中の言葉にラズも賛成であったが、武蔵が少し妙な行動をする。苦しそうに自らの胸を抑えたのだ。
「どうしたの?」
「いや、つまらん嘘をついたせいで、妖怪に襲われたでござる。とりあえず、拙者の家に向かおう」
武蔵の言葉は意味が分からなかった。嘘を許さない妖怪がこの星には存在すると言う事だろうか。
「そうそう、とりあえず向かおうぜ」
田中が武蔵の元に向かうと、二人がどこかに歩き始めてしまう。ラズはクレアの手を差し出し、彼女を立ち上がらせようとする。
「あの人、乱暴な人ね」
ラズの手を借りながら、クレアが立ち上がる。彼女の声は震えている様にも思えた。
「ごめんね。約束していながら俺が助けることが出来なくて・・・」
ラズが頭を下げると、クレアが微笑する。
「ははっ、ラズのせいじゃないよ。それに、実は魔法で防御していたから、そんなに痛くなかったりして」
それは、ラズを気遣った言葉だろう。
「おーい。早く来なよー」
田中がこちらに振り向きながら、大声を上げる。
「とりあえず行こう。置いてかれちゃうから」
ラズとクレアは一緒に田中の元に向かう。しばらくの間は、田中とクレアが会うときは、ラズが間に入ったほうが良いだろう。
二人が田中の前まで来ると、彼は足を止めて、大きく頭を下げる。
「ごめん。どうかしていたんだ。地球に帰れるかもと思ったら、感情が言うことを効かなくなっちゃって」
クレアはラズの背中に隠れながら舌を出す。それを見た田中が頭を掻く。
一行は再び武蔵の家に向かい、歩を進め始める。
歩けど、歩けど、田畑ばかりの風景であったが、ラズはこういった場所も好きであった。こういった所に住居を構えるのも悪く無いとラズは想像しだす。その想像の田舎の中の風景には、自分の姿と、何故かクレアの姿があった。彼はそこで首を振る。まだ、恋人同士ですら無いのに、幾らなんでも気が早すぎるのでは無いか。
「お主は乱暴だし、短気すぎるし、最低の男でござるな」
歩いていると、田中の横にいる武蔵が苦言を吐く。確かに、あの状況だけを見てしまうと、田中は乱暴者に取られてしまうだろうが、少し遠慮が無さすぎる言葉に思えた。
「くそ、分かってんの。少しは言葉を選べよ」
田中が苦笑いしながら言うと、武蔵は怪訝な顔をする。
「言葉を選ぶとは何のことでござるか?」
「すっとぼけてんのかい? 思った事をすぐに口に出すなって言ってんの」
「それは、嘘のことを言っているのでござるか? それであれば、拙者には使えないでござるな」
「どう言うことだい?」
武蔵の言葉に田中が疑問を投げかけたが、ラズも同じ気持ちであった。彼とて、心とは違うこと。つまりは嘘を付く事くらいはある。何でもかんでも思ったことを口にする事が良いとは、ラズにも思えなかった。
「お主たちは別の星から来たとか言っておったな。ここの住人達は嘘をつけんのでござる。稀につく者もおるが、その者は妖怪に心の臓を喰われてしまうのだ」
「お子ちゃまの発想だね。そんな迷信信じるの?」
「まあ、いいでござるよ。それよりも、拙者は久々に大勢で食事できると想像したら腹が減ってきたでござるよ」
ちょうど良いタイミングで、武蔵の腹が鳴り響く。そういえば、ラズ達もまともに食事をとっていない。彼自身も空腹感があった。
それに疲れも溜まって来ている。ダリア星の様に重力が軽く無いので、この星では一層疲れがたまる様に思える。そこまで考え、彼はクレアの事が気になり出す。重力が違う星で歩くのは大変では無いだろうか。
「大丈夫?」
「ええ。補助魔法で運動能力を上げているから、大丈夫」
クレアが言うが、それでも、ダリア星では深夜だったのだ。疲れていない訳がない。ラズは彼女の事を背負おうかと考える。
「着いたでござるよ」
その時、武蔵の声が聞こえてくると、ラズ達の目の前には一軒家が存在していた。
一階建てのものであったが、屋根は茅でできており、壁は石でできているように思えた。これは、ソマリナでは見た事が無い家屋だ。それは田中も同じだった様で、驚きの表情をしていた。
「しかし、まるで、地球の歴史書に出てくるような家屋だね」
「地球でござるか!? それは地球教の言っているものと同じ?」
田中との会話で、武蔵が驚きの声を上げる。地球教と言うものがどんなものかはラズには分からなかったが、いつも話に上がる地球と何かしらの関係があるのかもしれない。
「何だい? その地球を崇拝しそうな宗教は?」
田中が少し笑いを含んだ声を上げる。
「その通りに地球に心酔している宗教。拙者の幼馴染がその宗教の教主でござる」
武蔵が言うには、この星にはそういった宗教がある様なのだ。地球をまるで天国のように語っているとの事であった。ダリア星でも似た様な言い伝えがあった様に思える。
「地球の人間は、心酔される様なものじゃ無いさ。それが良いところでもあるけどね」
田中が答えると、突然、武蔵が驚愕の表情を浮かべる。
「あー!」
「何なんだよ。いきなりでかい声出して…」
「よくよく思えば客人が来たと言うのに、食料品が全く無かったでござる。拙者ちょっと買いに行ってくる」
「いいよ。後回しで。それに家主がいない間に何か物がなくなっているかもよ?」
「何でそんな事をするでござるか?」
武蔵が怪訝な顔をする。騙して金銭を奪う等の概念が無い星なのかもしれない。そう思うと、嘘をつけないと言うのも悪いことだけではないように思える。
「とりあえず、拙者は大勢で食事をするのは好きでござるよ。あ、そうそう。部屋は数部屋あるから、ご婦人が一部屋使うと良いでござるよ」
武蔵はそう言い残し、足早にどこかに去っていってしまう。
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