第11話 魔女の生贄

 ラズは宿の部屋のベッドの上で横になっていた。

 しかし、意識ははっきりしていた。今日知り合ったクレアと宿屋の男の話が気になって眠れなかったのだ。彼女の身に災いは降りかからないだろうか。和解の儀式とは何なのだろうか。彼の眠気はその思考によって、吹き飛ばされていた。

「ぐがあ」

 田中のいびきが聞こえてくると、少し彼が羨ましくも感じてくる。

 あの後、グレンが村を去る様に助言してきたが、ラズはそれを拒否した。田中の方も儀式というのに興味がない様で、その助言を黙殺した。

 ラズが近くにある時計を見ると、既に深夜二時に差し掛かろうとしていた。何も問題は起きそうに無く、ラズは少し気が楽になっていた。

 ラズは落ち着くと、エンクリア一家のことが気になり出した。マイクは心配している事だろう。帰ったら謝らないとならない。ミクも心配してくれているかもしれない。

 ラズがそんな事を考えていると、外から変な声が聞こえてくる。

 ラズは田中を起こさないように静かに窓に向かう。

 窓の外を見ると、多くの人間が目隠しをされた一人の少女を囲んでいた。彼女は目隠しをされていたが、金色の長い髪と白いワンピースを着ており、昼に会ったクレアであると推測できた。これが宿屋の男が言う儀式というものだろうか。

 ラズはゆっくりと窓を開けて、外の声に聞き耳を立てる。

「この娘は魔女です。生贄に捧げますから、魔物様達との和解を!」

 ラズはその言葉を聞いて、下の儀式のようなものが異常なことを認識する。

「ふん。まるで中世ヨーロッパの魔女狩りだね。これが儀式ってやつかねぇ。大層なご趣味をお持ちの村で」

 いつの間にか田中が横に居た。

「クレアが危ない。助けに行かないと」

「助けに行く? 俺らが行ってもあいつらにリンチされるだけさ。こっちに被害が来るようであれば対処するけど、俺はまっぴらごめんだね。君も無視して寝たほうが良いよ。触らぬ神に祟りなしってね」

 田中が眠そうに目を擦る。外の状況に不快感を持っては居そうだが、関わろうという気はな無さそうであった。

「私も賛成だな。助けてやりたいがどうしようもない。それに魔物は生贄など欲しがらぬ。少なくとも地球の魔物はな。ただのくだらぬ儀式だ」

 グレンも窓付近に近づいてくる。

 その言葉の後に、小さく唸り声のようなものが聞こえて来たかと思うと、不思議な生物が複数姿を現す。それは、以前見たゴブリンやミノタウロスのように思えた。それを見ていた田中が驚きの顔を浮かべていた。

 下の魔物たちは目隠ししているクレアを中心とした集団に近づいてくる。人々は魔物を招くようにクレアへの道を空ける。その光景を見て、ラズに言いようのない焦燥感が生まれてくる。

「助けに行ってくる!」

 ラズは勢いよく部屋の入り口に走り出す。

「おいおい! やめろ! 勘弁してくれよー」

 田中の静止を無視し、ラズは扉を開けると、一階への階段を駆け降りる。

 一階に着くと珍しく受付の男がいない。この儀式に参加しているのかもしれない。

 ラズは宿の出入り口の扉まで駆け寄ると、それを勢いよく開く。

 すると、外に居た大勢の人間の視線がラズに集中する。しかし、その視線には敵意を感じなかった。どちらかと言うと怯えのようなものを感じた。

 ただ、それはラズも同様であった。目の前にいるのは村人だけでは無い。恐ろしい、魔物も存在していたのだ。彼らは斧の様な武器を持っており、こんなもので襲われた者は無事ではすまないだろう。

「皆さん生贄なんか辞めませんか? その子を解放してください」

 ラズは声を上げたが、それは震えていた。

「その声はラズ! 村から出て行っていなかったの!?」

 目隠しをされた少女が焦ったような声を上げる。明らかにクレアと同じ声である。

「魔物様方、彼らは只の旅行者でこの村とは関わりの無い者たちです。もし、お気に触ったのでしたら、彼らもお好きになさってください」

 村人の一人が言うと、魔物達がラズにゆっくりと歩み寄ってくる。

「待って! お願い。彼を巻き込まないで!」

 クレアが悲鳴のような声を上げるが、彼女の声を無視するように、魔物たちの歩調が一気に早くなり、ラズに襲いかかってくる。

 ラズは死を覚悟したが、少なくともクレアから自分に攻撃の矛先が向いたことには満足もしていた。

 近づいてきた大きな身体をした牛の顔をしたミノタウロスはラズに斧を叩きつけてくる。彼は斧の柄の部分を、片手で受け止める。魔物にはもっと力があるように思えたが、必死に押し込んでくる彼の力は、ラズのそれに対して全く非力なものであった。

 ラズはそれが重力の影響であることを理解する。ここの星はソマリナよりも重力が軽い。筋力が全く違うのだろう。

 しかし、その横から剣を携えたゴブリンがラズに近付いてくる。ミノタウロスを相手にしている状態のラズにはかわす術がない。彼の顔から血の気が引く。

 だが、何かの人影が見えたかと思うと、ミノタウロスとゴブリンが勢いよく後方に吹き飛ぶ。そこには、田中の姿があった。

「ひゅー。ちょっとしたスーパーマン気分だね」

 田中が笑いながらラズに視線を向けてくる。

「やれやれ、君はいつもそうだな。後先を考えない。とんだ深夜残業になっちゃったじゃない」

 田中のいつもという言葉が、どうにも気に掛かったが、彼が助けてくれた事に感謝する。

「さて、スーパーマンが魔物の大掃除なんて、まるで映画のようだね。魔物君たちもまだやられたいのかい? ・・・まあ、出来たらお帰り願いたいんだけどね」

 田中の願いに反するように魔物達は田中に襲いかかってくる。

「ラズ、ここは逃げるぞ! 宿の入口にある荷物を持ってきてくれ。あいつも鞄に入れてある」

 田中が魔物を殴りつけながら言うと、ラズは宿に視線を向ける。そこには二つの鞄が存在していた。彼は急いでそこに向かう。

「ありがとう。田中さん! でも、クレアも、あの少女も連れて行きたいんだ!」

「なにぃ。もう厄介事は勘弁して欲しいところなんだけど…」

 ラズの叫びに田中が魔物を殴りつけながら答える。

 ラズは急いで宿の入口の二つの荷物を片手に持つ。それは軽いものでは無いように思えたが、今のラズに取っては造作もなく持つことが出来た。重力と鍛冶場の馬鹿力だろうか。次に彼は急いでクレアの元に向かおうとする。

 多くの魔物たちがラズに襲いかかってくる。魔物の所持する凶器が、彼の顔の近くに掠めることもあった。

 ラズが魔物や村人を押しのけながら、クレアの場所まで向かう。魔物は攻撃してきたが、それに反し、村人たちには攻撃の意思は全く無いようであった。それどころか、彼が近づくと怖がる様に逃げていった。

「クレア! 君も逃げるんだ!」

 ラズがクレアの近くまで駆け寄ると、荷物を肩にかけ直し、彼女を束縛していたものを取り外そうとしたが中々取り外せない。

「私に任せろ」

 鞄からグレンの小さな声がしたかと思うと、縄は自動的に解かれる。ラズは急いでクレアの膝裏に手を入れ、腕で抱え込む。俗に云うお姫様抱っこというものだろうか。

 普段のラズであれば、人間を抱えて走ることなどできないが、軽い重力の影響か、彼女を抱え込む。

「村から逃げるぞ。走れ!」

 田中が言うと、二人は走り始める。

 田中を先頭に二人は村の入口まで駆け出す。それを追いかけるように魔物達も彼らの後ろから追従してくる。

 村の入口を出ると、再び森の景色が広がってくる。

 ラズは懸命に走っているつもりだが、重い荷物を持ち、人を一人抱えているだけあり、魔物達の距離は次第に縮まってきてしまう。

「ラズ、急げ!」

 目の前の田中が振り返りながら言う。

 中々捕まえられないラズ達に業を煮やしたのか、一人のゴブリンが手をこちらに向けたかと思うと、炎の塊がラズに襲いかかってくる。

「ラズ!」

 目の前を走る田中が、驚いた顔でこちらに引き返してこようとしていたが、それはとても間に合いそうにない救援に思えた。

 その時、クレアが目を瞑り、手のひらを魔物達の方に向ける。すると、ラズと彼らとの間に光の壁が出来、炎の塊は消滅する。

「大丈夫か!」

 田中が近くまで駆け寄ってきて声をかけてくる。

「二人とも、足の強化の魔法もかけるよ! これで大分、速く走れるはず」

 クレアは再び目を瞑り、ラズと田中の足に手を向ける。二人の足が輝き出すと、足が軽くなる。彼らは再び軽快な足取りで駈け始める。

「こりゃ、いいや」

 横を走っている田中が嬉しそうに言う。

 ラズ達と魔物達との距離は広がることはなかったが、それ以上、縮まることは無くなる。

「この方向は・・・」

 少し歩を進めていると、クレアが呟く。

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