第9話 魔女「クレア」

木々に囲まれた中心には大きな湖が存在しており、その中には鳥人らしき 生き物が泳いでいた。ソマリナでは鳥人は二足歩行していたが、ここでは全く違う生体のように思えた。話すこともなく、湖に浮いている。

 結局、ラズは人々と会話することは叶わず、店主が勧めていたレイク湖に来てしまった。殆どの村人が、彼が声をかけると足早にどこかに消えてしまうのだ。

 ラズは田中には申し訳ない気持ちであったが、ここで、ひと休憩することにした。しばらく見ていたい。そう思える美しい湖だったのだ。

 ラズは湖の前に座り、鞄を下ろすと、その入口を開く。

「誰も居ないから君も見なよ」

 すると、グレンが鞄の中から顔だけ出す。

「ふん。ただ、水が溜まっているだけではないか」

 グレンは再び鞄の中に入ってしまう。

 しばらくの間、ラズは湖を見ていた。

 魔力という存在は植物や物質には影響がないのだろうか。ここの周りの景色はソマリナと変わりがない様に思えた。

「盗人君?」

 突如、ラズの背後から声が聞こえてき、ラズは驚愕する。彼が振り返ると、そこには一人の少女が居た。

 見た感じは、十代後半の女性だろう。金髪の長い髪をしており、白いワンピースを着ていた。そして、その可愛らしい顔は女性に興味の薄いラズでも見惚れてしまう程であった。

 ただ、異質な事があった。その大きな目の中の瞳は赤い色をしていたのだ。そして、彼女の耳はラズと同じ形をしていた。

「盗みなんかしていないよ」

 ラズが不貞腐れたような表情で言う。

「ふふっ、貴方が他の村から来た人だね。噂になっているよ。この村の人ではない君と話したかったんだ」

 少女は笑みを浮かべながら、ラズの横に座ってくる。

「どこの村から来たの?」

「ソマリナってところから来たんだ」

「ソマリナって、どこの村?」

「こことは違う星だよ」

「違う星なんて、おかしなことを言う人ね。私の名前はクレア・ロンドと言うの。貴方は?」

「俺はラズ・エンクリアっていうんだ」

「もう一人の人もソマリナ星って所から来たの?」

「もう一人の人は地球という所からきたんだよ。ここは何という星? 知り合いが言うには、魔物がいるところが地球に似ているみたいなんだけど」

 ラズの話にクレアは驚いた表情をする。確かに、ついつい馬鹿正直に話してしまったが、彼女からすれば荒唐無稽な話だろう。

「ふざけているわけじゃないんだね。地球から来たなんて不思議なことを言うね。ここは、ダリア星というところだよ」

「地球を知っているの?」

 ラズは驚愕する。別の星の蛸人のような者も地球に反応していた。そんなに有名な星なのだろうか。

「私も詳しくは知らないんだけどね。神話に出てくるの。それよりもさ。貴方の星のことを聞かせてよ」

 何だか不思議な少女である。他の者達のように警戒してもおかしくないだろう。ラズの話す事は真実ではあるが、この星の人間にとっては異質なものであることは間違いないのだ。

 しかし、クレアの対応がラズにとっては心地よかった。彼は楽しそうにソマリナ星の事について話す。ついつい、マイクとかの家族の話もしてしまう。彼女はその話を、時たま相槌を打ち、楽しそうに聞いてくれた。

「へえ、話せる動物がたくさんいる星なんだー。何かいいなー。この星より全然良いかも」

「この星についても教えて欲しい。興味があるんだ。魔物みたいなのもいるよね?」

 クレアは暗い表情をする。聞いてはいけない事を聞いてしまったかもしれない。

「話したく無いのなら・・・」

「いいの。この星は魔物がたくさんいるよ。私達は彼らに怯えて暮らす日々ね」

 クレアが言うには、この星の人間達は魔物に怯えながら暮らしているようなのだ。今までも何人もの人々が魔物の犠牲になったらしい。とんでも無い事である。あの魔物達と仲良くできないものかと考えたものだが、昨日あった彼らを想像すると、少し難しいかもしれない。

「地球でも人間と魔物がいた。ただ、人間も抵抗していた。この娘に魔物とは戦わないのかと聞いてくれ」

 鞄の中のグレンが小声で言う。

「何か言った?」

「いや、何も。ところで、皆は魔物に立ち向かわないの?」

 クレアが驚いたような表情をする。

「戦う? 争うなんて良くないよ。私達は絶対に争うことはしないよ」

 全く正論だろうとラズは思う。ソマリナでも戦争の歴史はある。凄惨で悲しい歴史が。争いなんてものは無いほうが良いに決まっている。

「愚かな。自分の仲間を守るため、自分の信念を通すためには時には力も必要なのだ。力なき言葉なぞは無力。・・・そう、無力なのだ・・・」

 グレンが小声で言う。それは、そう言いながらも、どこか、それを否定したい思いが混ざっている様に思えた。

「久々に人と話せて嬉しかったから、つい、話したいことの本題から外れちゃった」

「久々に人と話せるって?」

 クレアが少し悲しそうな微笑を浮かべたかと思うと、ゆっくりと立ち上がり、近くにある元気の無い花の元に向かう。そして、その花に手を触れる。すると、優しい光が花を包み込み、生気が蘇ってくる。

「え? どういう事?」

 驚いたラズは率直に聞く。

「魔法。魔物みたいな事が出来て気味が悪いでしょ? ここでは魔女と呼ばれて、誰も話しかけて来なくなっちゃったよ。私のような赤い瞳と耳の人はこういう事が出来るんだって」

 クレアの表情に反し、ラズは興奮のあまりに彼女に近づき、その肩を両手で掴む。

「気味が悪いなんてとんでもない! 素晴らしい能力だよ! 皆を癒やしてくれる力だ」

 ラズは興奮していたが、クレアに視線を向けると、頬が少し紅潮しているように思えた。

「何? 何? 強引なアプローチ?」

「アプローチ? ・・・あ、ごめん」

 ラズはクレアの肩から手を退ける。ついつい、興奮してしまい冷静さを欠いてしまった。

「本当に変わった人だね。貴方の星でも魔法を使う人が居て珍しくないとか?」

「こんな素晴らしい力を使えたら良いんだけどね。残念ながら、使えないんだよね」

「貴方みたいな人ばかりだと良いんだけどね。ただ、ラズ、貴方達は早く宿に帰ったほうが良いよ」

 クレアが真剣な表情で告げてくる。宿に帰るには帰るが、もう少しクレアと会話をしたかったのだ。

「なんで?」

「今夜に赤い雨が降るの。それは十五年に一度、三時間ほど降り続ける。それを浴びた人は命を落とすの」

 何とも恐ろしい話であった。血のような雨でも降ると言う事だろうか。しかも、それで人が命を落とすとなると、まるで呪いの雨である。

「そして、雨が止んだら、出ていったほうが良いよ。止んだらすぐに出発してね」

「何故?」

「いいから」

 クレアは悲しい笑顔を浮かべた後に、ラズに背を向けて去っていく。彼女の姿が見えなくなると、鞄の入り口が開く。

「強い魔力を感じたな。それに、あの少女。魔法を使ったというのか?」

 グレンが鞄から出てくる。

「瞳はどうであった?」

「赤い瞳をしていたよ」

 ラズが答えると、グレンが考える様な表情をする。

「人が魔法を使うというのか。地球ではなかった事だな。他の住人も含め、魔力が充満している星が人を進化させたのか?」

 グレンが言うことが事実であるのであれば、その話には筋が通っているだろう。ここは、生物に有害な魔力が充満している星なのだ。それに耐性を持った者しか生き残ることは出来ないだろう。

「それにダリア星と言っておったな。んっ? ダリア・・・。どこかで聞いたことがある」

「どこで聞いたの?」

「うむ。それが思い出せんのだ。誰かから聞いた気がするのだが・・・。まあ、とにかく、早く宿に戻ったほうが良いな。そして、雨が止んだら、この村を出よう」

「いや、出て行く気はないよ。嫌な予感がするんだ。彼女に災いが訪れるようなね」

「それは私も思う。しかし、良く分からない村の厄介事に関わることはなかろう」

 確かに、グレンと田中を巻き込むのは迷惑になるだろう。

「グレン。雨が止んだら、田中さんと一緒に村を出ていってくれないか?」

「そんな事が出来る訳なかろう」

 グレンの言うことはもっともだろう。ただ、彼らに迷惑はかけたくない。しかし、あのクレアという少女に悪いことが起きるような気がしてならないのだ。ラズの中で迷いの感情が芽生えてくる。

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