第8話 魔女の存在

 ラズが目を開けると、明るい日差しが窓から入ってきた。寝る前までは、日が少し落ちかけていたように思えたが、この日差しは朝日のように思えた。

「よく寝ていたよ」

 隣のベッドから声が聞こえてくる。そこには、ベッドに座っている田中の姿があった。彼は既に帽子を被っていた。

「パンも買っておいたから朝食にすると良いよ。机に用意しておいた」

 ラズが起き上がり、机に目をやると、そこにはパンとコーヒーが置いてあった。田中が用意してくれたのだろうか。

「ありがとう。また、金塊と物々交換したの? 俺は何も持っていなくて、ごめんなさい」

 ラズがお礼を言うと、田中が微笑する。彼には世話になりっぱなしである。どこかで恩を返さないとならないだろう。

「いやぁ。良い人が多くてさ。困っている事をパン屋に話したら分けてくれたのさ」

 田中が両手を上に上げて大袈裟な動作をする。

「ふん。人間はそんなに高尚なものだったかね?」

 机で書物を読んでいるグレンが捻くれたことを言う。あれから、寝ないで読書していたのだろうか。勉強は好きな方なラズであったが、徹夜の読書は無理である。

「まあいいだろ? それよりも、コーヒーが冷めないうちに食事にしなよ」

 田中の言葉に従い、ラズはベッドから立ち上がり、机の前にある椅子に座る。そこでラズは田中が食べたのかが気になる。

「田中さんは食べたの?」

「いや、俺はいいや」

 田中は昨日から何も口に入れていない様に思えた。大丈夫なのだろうか。

「田中さん。余計なお世話だと思うけど、少しは口に入れないと・・・」

「いや、地球の人間は燃費が良いんだよ」

「・・・そんな話聞いたことないが」

 二人の会話にグレンが口を挟んでくる。彼らの地球の認識はずれている。そのため、どちらが正解を話しているかは分からなかった。

「それより、俺は森の情報やこの星の情報を聞いてくるよ。昼過ぎには帰ってこようと思うけどね。君も食べたら村でも散策してきたらどうだい?」

 田中はベッドの近くに置いている鞄を手に取る。

「森の情報を?」

「ああ、森の情報が掴めれば、安全に宇宙船の所に行く方法があるかもしれないだろ? 何とか宇宙船を修理しないとならないしね」

 田中鞄を肩に掛け、部屋の入口に歩き出す。

「じゃあ、お互い気をつけてな」

 田中はその言葉を最後に部屋から出ていってしまう。

 しばらく、ラズは無言でパンを食べていたが、田中ばかりが動いていて、自らは何も役になっていないことを感じ始める。自分も何かしらの情報を仕入れる必要があるのでは無いか。

 ラズはパンを食べ終えると立ち上がる。

「どうしたのだ?」

 本を読んでいるグレンが問いかける。

「ちょっと、俺も外に出てくるよ」

 ラズが言うと、グレンが立ち上がる。

「うむ。ちょうど良い。私もこの星の事に興味があったのだ」

「興味?」

「ふむ。本を読んで分かったのだが、どうやら、魔女というものが存在するようだ」

「魔女?」

 魔女なんて存在は漫画か、過去の歴史の中でしか存在しないと思っていた。しかし、この星では、現在にもそれが存在するのかもしれない。

「ふむ。書物にある限りだと赤い瞳をした女性のようだ。私と同じ事情なら、魔法を使えるはずだ」

「赤い瞳の人は魔法が使えるって事なの?」

「昨日、赤い結晶を携えた者は魔法が使えると話したな。赤い結晶を宿した生物の瞳は赤くなるのだ」

「そうなると、赤い結晶を埋め込まれると人間も魔法が使えるという事なの?」

「前にも言ったであろう。魔力は生物には有害なのだ。だから、本当に魔女と言う者がいるのであれば、私と似た者かもしれん。そこに興味があるのだ」

 似た存在とは何を意味するのだろう。濁した言い方だが、同じ魔物ということだろうか。それと同時に、ラズは疑問が浮かんでくる。魔力はグレンには有害ではないのだろうか。

「グレンは平気なの?」

「私はそれに特化した者なのでな」

 グレンは少し暗い表情をする。その表情を見て、ラズはその事に関する話題を続けるのを止めにする。彼にとって良い話題ではないのだろう。

 だが、グレンが付いてくるつもりであるならば、そのまま連れては行けないだろう。

「うん。でも来るつもりなら、ごめんだけど、鞄にもう一度入ってもらって良いかな? 村の人が高貴すぎて驚いちゃうから」

 グレンは机の上にある鞄の中に入っていく。申し訳ない気持ちはあるのだが、彼が姿を表しては村中が混乱の渦に巻き込まれるだろう。

 ラズはその鞄と鍵を手に持ち、近くに置いてある帽子を被った後に、部屋の出入口に向かい始める。

 ラズが部屋の扉を開けると、そこには、昨日、登ってきた階段が視界に入ってくる。彼は、その階段を一階に向かい降りていく。

「どちらかに行かれるので?」

 ラズが階段を降りると、受付の男が声をかけてくる。

「ええ、ちょっと、村を回って見たくて」

「それなら、村の外れにあるレイク湖なんて如何でしょうか? 夜遅くまで観光されると良いかと思います」

 受付の男は、ラズに夜遅くまで外にいて欲しい様な言い方をしていた。ラズはお礼をした後に、宿の出入り口に歩を進める。

 宿を出ると朝の気持ちの良い日差しがラズを包み込む。どんな星だろうと朝は変わらずに気持ち良いものだと、妙に感心する。

 朝のためか、昨日よりも人が少なかったが不思議な雰囲気を感じた。村の人間と目が合うと、何かひそひそ話の様なものを始めるのだ。他の星から来た人間が珍しいのだろうか。

「あの・・・」

 ラズが声をかけようとすると、彼らは逃げるように立ち去ってしまう。

「何なのだ? 昨日まではここまででは無かったであろう」

 鞄の中にいるグレンがラズに小声で語りかけてくる。確かに、昨日話しかけた人間にも好感は持たれていなかったが、この様な行為はしてこなかった。

 ラズが奇妙に思いながら、歩いていると、今度はパンの良い匂いがしてくる。彼はその匂いに導かれる様に、そちらに向かっていく。やはり、朝のパンだけでは少々物足りない。

 ラズがパン屋の近くまでくると、二人の中年女性が話していた。

「ねえ、やっぱり彼らが盗んだんじゃないの?」

「あの娘と一緒に、あの盗人たちも犠牲になればいいのにね。それよりも曇ってきたから、そろそろ、家に帰った方が良いわ」

 話題は盗人の話であった。ただ、それは、勘違いの可能性もあるだろうし、どうでも良かった。あの娘と一緒にとはどういった意味合いだろうか。

 話題が気になり、ラズが女性達の方を見ていると、彼女達がラズの存在に気付いた様で、こちらに視線を向けてくる。

「ちょっと、あれ」

 その言葉を最後に一人はどこかに逃げ去ってしまい、一人はパン屋の中に入っていく。

「ふむ。やはり、あの馬鹿は盗みを働いたようだな」

 グレンが小声で話しかけてくる。要は先ほどの盗人が田中だという事を言いたいのだろうか。そんな事は想像もしなかった。

「勘違いじゃ無いかな?」

「ふん。あいつは私を馬鹿にするし、性格の悪いやつだ。きっと、やらかしたんだろう」

「それよりも娘も犠牲にって・・・」

「うむ。それは何のことかは分からぬが…」

 ラズの中で新たな疑問が生まれた。改めて、彼は情報収集に勤しむことにする。

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