第7話 不思議なエルフの街

 ゴブリン達から逃げた後も、三人は長い時間を歩いていた。いつの間にか、森に差す光の色も変わってきてしまっていた。そろそろ、日が暮れようとしているのだろう。日が暮れる事はラズ達には脅威に思えてくる。

 しかし、果てしなく続くかと思われた木々もついに終わりを告げる。森から抜け、大きな平地が視界に広がってきたのだ。先頭に歩いていた田中が足を止める。

「おっ、あれを見ろよ」

 田中は振り返り、嬉しそうに指をさす。そこには、石の塀に囲まれた村の姿があった。

「しかし、何故、こんな魔物が出る様な森の近くに村があるのだ? 危険だと思うのだが・・・」

 ラズの肩に乗っているグレンが怪訝な表情をしていた。それはラズも不思議に思えた。森に魔物がいることは、この星の住人ならば知っているはずだ。魔物に襲われる危険があるのに、何故、こんな近くに村を作ったのであろうか。他の場所は、より危険があるということだろうか。

「それに村という事は人がいるのか? この魔力に犯された星に、人間が生存しているというのか?」

「進化したんじゃ無いの? まあ、小さな事はいいじゃない。とりあえず、これで助かりそうだな」

「ここの星の事は二人共知らないのだろう。何が出てくるか分からんぞ」

「俺は君の存在のほうが危険だと思うがね」

 田中が悪戯じみた笑みを浮かべながら言う。確かに、村に人間が居るとしたら、魔物であるグレンを見たら怯えてしまうかもしれない。

「君はラズ君に渡した鞄に入ったほうが良いな。不気味な生き物だしね」

「失礼なやつだな。まあ、私のような高貴すぎる生物を見ては驚いてしまうだろうからな。言いたいことは分かる」

 グレンはラズの肩から、彼が持っている鞄に移動する。

 グレンが鞄の中に移動した後に、ラズと田中は村の中に入ったが、その中は、住居と思わしき建物が数件あり、人がまばらにいるだけであった。多くの人々は魔物の脅威から逃れるために、別の村に移動してしまったのかもしれない。

 しかし、ラズには違和感があった。少数とはいえ、人間がいる事自体がラズにとっては不思議であったが、それに加え、彼らの耳は少し長く、先が尖っているように思えた。人によっては耳が尖ることもあるという事だろうか。

「ふう。今度は耳の長い人間か。まるでエルフだね。まあ、地球とは違うのだから、そういう事もあるか」

 田中の言うエルフとは何であろうか。耳が長い人間のことをそう言うのだろうか。

 ラズが考えを巡らしていると、田中がラズの帽子に手を当てる。

「帽子は取らない様にね。耳の違いに違和感を持たれると面倒だからさ」

 田中は、小声で言うと帽子を深くかぶる。

「まずは、宿を確保したいな。言葉が通じるか分からんが、聞いてくる」

 田中は一番近くにいる村人に声をかけに行く。その村人は四十代後半くらいの中年男性だろうか。立派な口髭をしていた。

「すみませんね。ここに宿みたいなのはありませんか?」

 田中に対し、村人は怯えた様な顔をする。

「見たことない顔ですね。それに変な服装だ・・・」

 確かに、彼の服装はラズ達とは違ったものであった。どこか古い時代の物という印象が拭えないのだ。そう、ファンタジー漫画に出てくるような服装をしている。

「俺達は他の星から来たんでね」

「他の星から来る? 訳のわからない人ですね。とりあえず、私はこれで」

 男急ぐ様に何処かに去って行ってしまう。

「何か、文化が違うようだね。参ったね。それに考えてみれば、宿に泊まろうにも、ここの通貨が無いな」

 ラズもすっかり抜け落ちていた。確かに、ラズ達には資金が全く無かった。今日は野宿で決まりだろうか。ただ、それもそれで楽しそうではあった。

「まあ、何とかなるか。あそこの宿に行こうか」

 どう、何とかなるのだろうかは分からなかったが、田中は近くにある宿屋らしき建物を指差す。その建物の近くにある看板にはベッドの様なマークが描かれており、ラズと田中はそこに向かう事にする。

 宿屋らしき家の前に着くと、改めて建物の古めかしさを感じる。外装の素材は、コンクリートではなく、石材で出来ているようであった。ラズと田中は建物の扉を開いて中に入る。

 建物の中に入っても全く涼しさは感じなかった。彼にとっては当たり前になってしまった冷房が全く効いていないのだろう。この星では空調の技術は無いのかもしれない

 目の前に受付の様な箇所があり、そこには宿屋の人間が居た。それは、六十前後の初老の男であった。何故か、彼は不審な者でも見る様な視線をこちらに向ける。

「部屋を用意してもらいたいんだけど。何泊かしたいんですよね」

 田中が受付と思わしき男に話しかける。

「一泊三十ギロです」

 受付にいる人物から聞いたことがない単位が出てくる。予想していた問題が起こった訳であった。

 しかし、田中はそれに動揺することなく、自らが持っている鞄を受付の机に置いたかと思うと、そこから、金色の塊を一つ取り出す。それは金塊のように思えた。

「ギロは持っていない。その代わりに、これでどうです?」

 ギロという単位に聞き覚えが無かったため、三十ギロにどれだけの価値があるかが分からないが、田中の出す金塊で泊まれないホテルは無いように思えた。

「ええ、こちらで結構です。お客様方は遠くから訪れた旅行者様で?」

「ああ、宿に泊まるくらいだからね」

「いえいえ、明日が何の日かご存知ないと思われます。ただ、中々、運が良い方々ですね」

 宿の受付の男はそう言うと気味の悪い笑みを浮かべる。

「そうか。それはラッキーだね。絶世の美女でも来るのかい?」

 田中の言葉に対して、受付の男は苦笑いをする。

「お部屋は二階になります」

 受付の男はお辞儀した後に受付から出てきたかと思うと、二階への階段らしきところに向かい始める。ラズ達もそれに先導され、階段に向かう。

 二階に到着すると、四つの扉が現れる。宿にしては少ない部屋数だと感じたが、外観を見る限りではそんなものであっただろう。

 受付の男は一番手前の部屋の扉の前まで来ると、それを開く。

「こちらになります」

 ラズと田中は、その先導に従い部屋の中に入る。そこは、正直にいえば、狭くて質素な部屋であった。ベッドは二つあるが、それは古めかしく、大きくもないにも関わらず、それらが部屋の大半を占めていた。ソマリナでいえば、ビジネスホテルの一室というところだろうか。

「とても豪華な部屋だね」

 田中が嫌味を含んだ言葉を発する。

「それでは、ごゆっくりと。鍵はこちらになりますので」

 受付の男は田中の嫌味を無視するように、彼に鍵を二つ渡し、扉の外に出て行く。

「まあ、ベッドがあるだけマシか。魔物達と添い寝するところだったんだからね」

 田中は受け取った鍵と帽子を机の上に置き、鞄ごと、ベッドに寝転がる。ラズも机の近くまで歩んでいくと、その上に鞄を置く。すると、中からグレンが出てくる。

「ここはどこの星なんだろうね?」

 ラズが田中に問いかける。

「うん。それは落ち着いたら伝えようと思っていたんだ」

「えっ? 知っているの?」

 田中は鞄の中から紙を出したかと思うと、その場に広げる。そこには宇宙の図が描かれていた。それは、宇宙飛行士を目指しているラズにも見覚えがあるものであった。彼は興味津々に田中のベッドに座り込む。

「俺の宇宙船に記録されていたものを印刷したんだ」

 田中は丸がついているところを指差す。

「ここが、この星だね。現在の宇宙船がある場所の様だからね」

 この星の周辺の宇宙の図は、どこかの書物で見たように思える。今のソマリナの文明では行くことが難しい距離ではあったが、宇宙から見れば、近しい距離であったはずである。

「俺の星の近くだよ。近くって言って良いか分からないけど」

「そうか。なら、宇宙船が動かせるようになったら、まずは君の星に行こうか。その後に、そこで補給を受けて、俺は地球に帰ろう」

「どこかに行く予定じゃなかったの?」

 田中が困った表情をする。

「うーん、そのはずだったんだが、場所が分からないんだよ。行き先は宇宙船でも確認できなかったんだ。だから、一度、地球に戻るべきかなと」

 ラズの言葉に田中が返答する。そんな状態では、宇宙船が修理できたとしても、ソマリナに向かえるのだろうか。

「ふん。そんな宇宙船など使わずとも、私の魔法で移動することが出来るぞ。お前もゴブリンとやらの魔法を見たから信じられるであろう」

 グレンが口を挟んでくる。その言葉に田中が考え事をするような動作をし、若干の間沈黙する。

「魔法か。あんな力があるもんなんだなぁ。君も火とか出せんの?」

「それは出せん。あれは不完全な魔法だ」

「どういうことだい?」

「攻撃的な魔法は魔力を大気に撒き散らしてしまうのだ」

「ふーん。よく分かんないけど、ここは君の星とは別の星だよ。同じ原理なの?」

「確かに、私の知る魔法とあの生物が使っていたものでは、違うものかもしれんがな」

「魔法にも色々あんだな。まあ、俺も疲れたから小難しい話はもういいや。ラズ君、君も休んだ方がいい」

 グレンの説明を聞くと、田中はその先の話に興味がないのか、ベッドの上に仰向けに寝転がってしまう。ラズは立ち上がり、自らのベッドに戻っていく。グレンに会った時も遅い時間で、それから、長距離の移動をしたのだ。ラズにも疲れがあった。

 少しすると、田中の方からいびきが聞こえてくる。彼もそれなりには疲れていたのだろう。

 今日一日にどれだけの事が詰め込まれていただろうか。グレンに会い、蛸人の様な生物に会い、ファンタジーのような星の宿に泊まっている。机にいるグレンも疲れたことであろう。

「グレン、君もベッドで寝るかい?」

「ふん。私のような高貴な魔物は普段は寝ることなどはない。人間とは不便なものだな。私は机においてある書物でも見ていよう」

 グレンはそう言うと、机に置いてある本を小さな体で一所懸命に取り出そうとしている。それは、彼の身体の大きさで行うには危険が伴う作業に思えた。ラズはベッドから立ち上がる。

「手伝うよ」

「いや、いいのだ。このくらいで魔法を使ったり、手伝ってもらったりなど、魔物の名折れだ。絶対に手伝うなよ」

 ラズはすぐに助けられる様に近くで彼の様子を見届けていたが、グレンはすぐに本を取り出し、それを机の上に開くと、その上に身体を乗せる。それを見届けると、ラズは肩を撫で下ろし、ベッドの上に戻る事にする。

「明日になれば魔力も回復しているかな?」

「明後日あたりが無難だろう。この星は魔力が回復しやすそうだが、地球ほどではないのだ。回復したらソマリナに戻ろう」

 予想外に時間がかかることに落胆したが、魔力が回復しないことには、どうしても自分の星には戻れない。

 それに気になることもあった。田中のことである。彼は宇宙船で帰ると言っていたが、記憶の混乱で帰れるとは思えない。そのため、田中も母星に帰してあげる必要があるのではないか。

「田中のことか?」

 ラズの考えを見透かすようにグレンが言う。心を読まれた様で、ラズは驚愕する。

「はははっ、心配するな。心を読めるわけではないのだ。お前の事だから、あの男のことを気にしているのかと思っただけだ」

 グレンが笑い声を上げる。

「うん。ソマリナの前に彼の星に行っても良いかな」

「写真もある様だから可能だろうな。距離にもよるが、別に構わぬよ。その後に、私は青い結晶を探させてもらおう」

「青い結晶って何なの?」

 グレンが書物から視線を外し、代わりにラズに向けてくる。

「ふむ。結晶について説明が必要だな。私達、魔物には青ではなく、赤い結晶という物が体内にあって、それが大気にあるエネルギーを魔力に変換して、体内に溜め込むことが出来るのだ。そして、溜め込んだ魔力で魔法を使うことが出来る」

「へえ、そんなメカニズムなんだ。それで青い結晶は?」

「変換ではなく、大気にあるエネルギーを蓄えることができるのだ。とてつもない量をな」

 青い結晶は蓄電池の様な物だろうか。ただ、それであれば、便利な結晶で終わる話だろう。

「へぇ。となると、その溜まったエネルギーを赤い結晶で魔力に変換して、魔法が使えるって事?」

「鋭いな。その通りだ。ただ、便利な反面危険な存在なのだ」

「なんで? 便利そうだけど」

「膨大なフリーエネルギーを使用する事で強力な魔法を使えてしまうためだ。あらゆる、人々の欲望を叶える魔法をな」

「グレンのような使い方をしていれば、問題ないんじゃない?」

 グレンが微笑する。

「リーナも言っておったな。皆がそんな考えなら良いんだがな・・・。もういいだろう。話が長くなる。お前も疲れただろうし、寝ろ」

 グレンはそう言うと、再度、書物に視線を移す。

 もう、グレンはこれ以上、話を続けても答えてくれそうに無かった。ラズはベッドに横になり、眠りの世界に向かうことにする。

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