ファンタジー世界 「ダリア星」

第5話 田中颯真

ラズが目を覚ますと、周りには木々が広がっていた。それは、ソマリナでは見たことが無い様な自然のままの姿であった。道という概念はなく、木々の間に彼は横たわっていたのだ。

 ラズはゆっくりと立ち上がると、身体に気怠さを感じた。大移動で多くの魔力をグレンに貸したためだろうか。いや、ソマリナにいた頃も夜であり、それから、ずっと驚きの連続だったのだ。疲れが溜まっているのかもしれない。

 そこまで考え、ラズはある事に気付く。木々の間から太陽の光が入って来ているのだ。要するに、今は日中だという事になり、移動前の夜からは時間が経過したという事だろう。

 それに、倦怠感がある反面で、身体が羽根の様に軽く感じたのだ。

 ラズは軽く飛び跳ねてみる事にする。すると、普段では出来ない様な跳躍を行う事が出来てしまった。ここまでの状況を踏まえると、ラズはここが別の星では無いかと考え始める。

 例え、別の星だとしても、重力が軽い星で、ラズは安心する。重力の強い星では身体の問題もあるが、時間の流れが早くなってしまう。

 しかし、そこで、ラズはグレンがいない事に気付く。ラズは辺りを見渡したが、彼の姿は無かった。

「ここはどこなんだろう・・・。グレンー!」

 ラズが大声を上げると、少しすると、遠くから何か宙を浮く者が近づいてくる。

「おー、起きたのか? すまんすまん。ちょっと、珍しくてウロウロしてしまった」

 グレンがラズの顔の近くまで来る。

「ここはソマリナなのかな?」

「いや、違うと思う」

「そっか。ソマリナに戻れないかな?」

 ラズとしては、早くソマリナに戻る必要があった。このままではマイクを心配させてしまうあろう。彼らに報告した後であれば、グレンの用事に付き合うのには問題が無い。

「魔力が少なかったからか移動が上手く行かなかったようだな。再度、移動したいのは山々なのだが、お互いに相当の魔力を消耗してしまったのだ。再移動には少し時間を置こう」

 その言葉にラズは落胆する。しかし、ここで不満を言ったところで仕方が無い。魔力が無ければ魔法を使う事はできないのだろうから。

「そっか。俺のせいだね」

「まあ、原因はお前だが、気にするな」

 グレンが少し悪戯っぽい口調で言う。

「しかし、この星には相当な魔力の源の存在を感じるな。回復が早くなるかもしれん。それに、この星には魔力その物も大気中にある様に感じる」

「どういうこと? 魔力と源って違うの?」

「魔力とは大気中に存在する、エネルギーを元に変換したものなのだ。しかし、ここの星では、変換済みの魔力自体が大気中に存在している様に思える」

 グレンが続ける。彼の様な魔物はあるエネルギーを体内で魔力に変換し、それを元に魔法を使っている様なのだ。そのため、本来は魔力が大気に存在する事は無いとの事だ。

「何者かが魔法を使用しているとしか思えんな。気をつけた方が良いな」

 グレンが言うと同時に近くで何かを叩く音が聞こえてくる。

「クソ! ポンコツが!」

 その後に男性らしき声が聞こえてくる。

「グレン。声が聞こえなかった?」

「うむ。男の声が聞こえたな」

 グレンが緊張した表情で言う。

「ここがどこなのかを聞いてみようか?」

 すると、グレンが悩むような仕草をする。

「うむ。ただ、ここがどんな星か不明なのだ。不用意に声をかけるのはどうだろうか? 危険な男だったら? 魔力を使う者だったら? 移動することは出来ないのだから、慎重に行かなければならない。だが、人間がいるのであれば状況を聞きたいのも事実ではあるしな」

 グレンの考えはラズには理解が出来なかった。何が危険だというのだろうか。しかし、先程の星のような事があり、万が一にもグレンを危険に晒すわけには行かない。

「んっ? そこに誰かいるのか?」

 ラズ達の話し声に男が気付いたようで、こちらに近付いてくる音が聞こえてくる。

「ど、どうする?」

 グレンがラズに聞いて来たが、その答えが出る前に男が木々の間から姿を現す。

 そこには、顔は端正であったが、ボサボサの茶色の髪をした、三十代前後の男が立っていた。暑さからか、ランニングシャツとチノパンという姿をしていた。その姿形は、ラズと似たものであった。そう、グレンの言葉を借りれば人間というものだろうか。

「お、人間か?」

 男が安心したような口調で言う。

「いやいや、参ったよ。変な魔物ばかりがいてさ」

 男の魔物が何を指すのかが、ラズには分からなかった。ソマリナにはグレンを除いては、そんな生物は存在しない。この星には、そんな生物が大勢いると言うのだろうか。響きとしては恐ろしいが、グレンの様な魔物であれば仲良くできそうである。

「魔物ってどんな姿をしていたのですか?」

「ミノタウロスって魔物知っているかい? 牛の頭をしたやつ。そんなのがいるんだもの。とってもエキサイティングな星だよ」

 ラズも漫画でそんな生物を見た気がした。牛人とは違い、化け物の牛の頭をした凶暴な生物である。そんなのに出会うのは想像もしたく無い。

「貴方はここの星の人じゃないのですか?」

「漂流者ってとこかな。宇宙船に乗っている途中で事故にあっちゃってね。不時着できたのはいいが、船が故障しちゃってさ。地球からどこかに向かっている途中だと思ったんだがな」

「地球だと!?」

 肩にいたグレンが大声をあげる。すると、男は驚きの表情を浮かべる。

「わっ! 何だ! 何か、肩に乗せているなとは思っていが、それはしゃべるのか? AIでも入っているのかい?」

 男の言葉にグレンが憤慨した表情をする。

「人形とは失敬な。私は歴とした魔物である。地球に住んでいたくせに知らぬのか?」

「何を言っているのか分からないが、そんな、奇想天外なのは地球には存在しないよ。この星で初めてお会いしたよ。君はそんな設定をプログラムされた人形なのかい?」

 男の言葉にグレンは憤慨した表情をする。

「まあいいさ。君はこの星の住人かい?」

「他の星から、ここにワープしてきたんです」

 ラズの言葉を聞くと、田中は心配そうな顔をする。

「ワープ? 君は別の星から来たのか? 多分、生身の人間だよな? 大丈夫なのかい?」

「どういう事ですか?」

「宇宙船が観測したんだが、この星は有害な物質が半端ではないんだ。人間で言えば致死量なほどね」

 男の話を聞いて、ラズは魔力の存在を思い出す。そういえば、グレンが魔力は人に有害と言っていた。彼は大丈夫なのだろうか。

「貴方は大丈夫なの!?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

 事情は分からないが、田中が大丈夫であるならば、ラズとしては安心であった。

「まあ、ラズは私の魔法で守られているから平気だ。お前が平気な理由は分からんがな」

 グレンが胸を張って言う。

「魔法? この人形にはファンタジーな記憶が使われているのかい? まあ、大丈夫なら良いんだけどね」

 男が言う。二人は同じ地球からの住人なのに、まるで話が噛み合っていなかった。宇宙船で来るほどの科学力を持つ地球と漫画に出てくる様なファンタジーな地球。その二つが存在している様に思えてくる。

「そういえば、俺の自己紹介をしていませんでした。俺はラズ・エンクリアと言います」

 ラズが田中に差し伸べると、彼はそれに自らの手を合わせる。

「俺の名前は田中。・・・田中颯真だ。それと、敬語はいらないよ」

 何故か、田中は名乗る時に一度言葉を詰まらせる。

「宇宙船はどうしても動かないのか?」

 グレンが口を挟んでくる。考えれば、宇宙船の修理をすれば、早くこの星を出られるかもしれない。

「ああ、直し方が分からないんだよ。そもそもが、動かし方もはっきりしないのさ。ある程度のデータの取り出しとかは出来たんだけどね」

「自分の宇宙船なのにか?」

「俺の宇宙船は、コールドスリープ、つまりは、冷凍睡眠の機能があるんだけど、それに不具合があったのかな? 記憶が曖昧なんだ」

 ソマリナ星でも冷凍睡眠の概念こそはあるが、まだ実用化されていない物だった。宇宙船で長距離移動する際に使うものという印象がある。寝ている間に時間が流れるのは恐ろしさを感じるところでもあった。あまりの長時間に及べば、友人達と二度と会えない事になりかねない。

「まあ、そんな事はいいさ。とりあえず、ここに居ては魔物とお見合いすることになりかねない。協力して、この森を抜けよう」

「良くは無いが、確かに、魔物がいる森にいるのは危険だな。それにお互いどこかで休みたかろう」

「そうだね。お互いに協力しましょう」

 田中の言葉にラズとグレンが同意する。

「じゃあ、こっちに来てくれ」

 田中はラズ達に背を向けたかと思うと、先程、彼自身が来た方向に歩を進めていく。ラズもそれに着いていくように、木々の間の葉っぱをどかしながら進む。本当に道という道がないため、植物が恐ろしい成長を見せていた。

 二人が少し歩くと、開けた場所に着く。そこには大きな宇宙船が存在していた。それは銀色に輝き、近くにある木を上回る大きな物であった。ラズは素直に格好の良さに感動してしまった。自分も将来はこういった船に乗りたい物である。

「これが今の俺の我が家さ」

 田中がラズ達に視線を向けると、苦笑いする。

「君らは少し待っていてくれ」

 田中は再びラズ達に背を向けると、宇宙船に近づいていく。そして、入口らしき扉の目の前で足を止めると、田中は足を折り屈んだかと思うと、力づくで扉を下から上に開ける。宇宙船の扉を力で開けることなんて可能なものかと、ラズは目を丸くする。

「む? あれは魔法の力で、自動で開いたりしないのか?」

「え? 地球では電力ではなく、魔法で扉が開くの?」

「うむ。本来、魔法は人の生活を便利にする物だからな」

 ラズは何だか感心してしまう。グレンが言う地球とは絵本に出てくるような魔法の国のような場所であった。

「それに、さっきの男、田中颯真と名乗ったな。懐かしい名前を聞いた」

 グレンが優しい表情を浮かべていた。何か過去に知り合った友人に、そんな名前の人物がいたのだろうか。

「え? 知り合いとか?」

「いや、前に話したリーナが愛したのが如月颯真と言う男だったのだ。つい、颯真という名前に懐かしくなってしまってな」

 二人がそんな話をしていると、宇宙船から田中が出てくる。彼の両手には大きめの鞄が二つ持たれていた。

 田中はラズに近づいてきたかと思うと、鞄の一つをラズに渡してくる。ラズはそれを受け取ったが、重力の影響なのか、然程重くは感じなかった。見た目だけなら、普段なら軽く受け取れない代物だろう。

「そっちに、水が入っている。君が半分持ってくれ。喉が渇いたら勝手に飲んでもらって構わない。抜けるのに何日かかるか分からないからね」

「何故、貴重な飲料を分けるのだ? 我々を置いていった方が得策だろう?」

 グレンの考えは、ラズには理解できない言葉であった。三人いるのだから、皆で分け合うのが普通ではないのだろうか。

「俺もそう思う。その方が合理的だ。頭では理解しているよ。普段なら、そうしているさ」

 田中は胸に手を当てる。

「ただ、何故か心がそれを許さない。ラズ君だったかな? 君が初めて会った気がしないからかな」

 田中の言葉にラズは記憶の中を検索するが、彼の顔はなかった。そもそもが、今まで、人間と会ったことすら無いのだから当然だろう。ただ、もし、会った事があるのであれば、失礼極まりない事だろう。

「そ、そうなの?」

「いや、デジャブってやつかもしれないんだよ。君に何処かで会っていた様な気がするんだ」

 田中は優しい表情をする。

「まあ、理由はいいじゃないか。袖触れ合う仲も何ちゃらだ。一緒にこの森を抜け出そう!」

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