4 教師たちの会話 ③
二人は並んで歩いて、ようやく広場にやってきた。振り返っても、ダランの校舎は上部の少ししか見えない。視線を前方に戻すと、確かに広場の端にいくつか馬車が停まっており、出発時刻を待っているようだ。
「どれだろう……。……あ、あれだね、あっちだよ」
シーナは彼の指差した方向に駆けた。二人の足音に馬車馬は首を上げ、
「馬車に乗るのって楽しいよね、フローラ」
「そうだね、シーナ。馬車に揺られるのは楽しいし、風を切ると気持ちが良いよね」
シーナは彼の回答を聞いていたのか聞いていなかったのか、座った状態で隣の彼に抱きついていた。両腕で彼にしがみつき、顔だけ前に向けて景色を眺めていた。
馬車に揺られながら、そして、シーナはフローラに抱きつきながら、二人は談笑していた。
「フローラは卒業したら、何かしたいことあるの?」
「うーん、そうだな……、アールベストの北の方で働きたいかな」
「北の方って?」
「アールベスト地方第二の街、イッサールで働きたいなと思って」
「どうして? グランヴィルに残らないの?」
シーナの言及しているグランヴィルとは、ダランのあるアールベスト地方第一の街のことだ。グランヴィルで暮らす人口の多くをマージが占めている。
一方、フローラが言及しているイッサールとは、イッサール一般学校があることから察することができるように、オームが多くを占めるアールベスト地方第二の街だ。人口規模はグランヴィルより少し小さい程度だが、街の規模はやはりグランヴィルの方がずっと上だ。
なお、アールベスト地方の役所はグランヴィルに本部があり、イッサールには支部が置かれている。
今向かっているエマーソンは、イッサールまでのおよそ四分の一の距離にも満たない程度にグランヴィルに近い。したがって、イッサールに行くとなれば、馬車を使っても半日程度はかかる。
「もちろん、グランヴィルはとっても良い街だよ。でも、僕はイッサールに行きたいかな。だって、こっちの方と違って、北の方は小さい村が多いでしょ? だから、そういうところの発展に携わりたいんだ」
「へえ……。フローラはどこの出身だっけ?」
「僕はグランヴィル出身だよ」
「なのに?」
シーナは彼に抱きついたまま、彼の顔を見上げた。キョトンとした顔があまりにも愛らしかった。
「僕自身はグランヴィル出身だけど、両親はイッサール出身なんだ。で、いろいろ話を聞いていたら、北の方の村の発展に携わりたいなと思って」
シーナは「そうなんだね」とだけ答えたが、瞳はキラキラとしていた。彼と一緒に暮せば、自分もイッサールで生活するのか、などと思考を繰り広げていたのだった。
馬車は開けた草原の一本道を走っていく。両側に広がる緑の絨毯に、花々が彩りを添えている。雲もない青空の真下で、馬車の屋根が二人を陽の光から守っていた。
「そういえば、……フローラは、ユキア先生がどこに行ったか、知ってる?」
「ユキア先生?」
初等部の頃、シーナとフローラは同級生だったが、同じクラスではなかった。したがって、彼がユキア・オムロンのことをよく知らない、ということは十分に想定できた。
「初等部一年生のときの私の担任だったの。全然学校に来ない人で、実は、数日前、ユキア先生がもうダランに帰ってこないって聞いて。……先生たちとも仲の良いフローラなら何か知っているかなと思ったんだけど」
フローラは顎を触りながら少し考えたが、結局首を横に振った。
「いや、何も聞いた覚えがないな。そもそも、そのユキア先生のことを何も知らないし。魔法は?」
「コントロール系魔術。だけど、初等部の実習は受け持っていなかったと思う」
「なら、本当に何も知らないかも。ごめんね、役に立てなくて」
フローラは申し訳なさそうな顔をしたが、シーナはそれを見てより強く彼に抱きついた。
「いいの! フローラがいてくれるなら、それで!」
二人の様子を見て他の乗客が笑ったので、フローラも同じように笑っていた。シーナは恥ずかしくなり、赤面した顔をしばらく上げることができなかった。
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