6 校外実習(一) ①

 ダラン総合魔法学校では、中等部四年生になると、学校の外に出て実習を行う「校外実習」という授業科目が用意されていた。中等部四年生の間の一度だけであるが、生徒たちをいくつかのグループに分け、各々指定された村に出向き、現地で二泊して、中の一日でボランティア活動を行うというものだ。なお、安全性の確保のため、アールベスト地方の外に出ていくことはない。


 シーナが中等部四年生になったときも例外ではなかった。ある日の朝、担任がクラスにやってきては話を始めた。


「さて、すでに周知しているとおり、来週から校外実習です。準備は進んでいますか? 今日は、そのグループ分けを行おうと思っています。最後の授業が終わったらまたここに来ますので、そのときにグループの報告をしてください」


 担任が出て行くと、最初の授業が始まるまでのしばらくの時間で、生徒たちは口々にグループ分けの相談を始めた。


 無論、フローラは同じ学年ではないため、一緒にグループを組むということは不可能だった。しかし、それはシーナにとって問題ではなかった。彼女はこの頃、すでに複数の友人ができていたからだ。


 エニンスル半島の学校では、一般学校、魔法学校を問わず、「自席」という概念がない。そのため、毎朝クラスにやってきては空いている席に座る。たまたま友達の隣が空いていればそこに座るし、そうでなければ一人でどこかに座ることもある。これは講義棟、実習棟のどちらでも同じだった。なお、実習棟の教室は講義棟のそれよりもはるかに大きく、複数のクラスが一緒に授業を受けることも多かった。


 シーナは隣に座っているルア・フェリスという名前の友達と相談を始めた。最も仲のいい友達のうちの一人だった。


「ルア、一緒にグループ組もうよ。確か四人で一班だから、あと二人必要だね」

「うん、そうしよう。あと二人、誰がいい?」


 二人が相談して話し合っているところに、男子二人がやってきた。


「シーナ、ルア、まだ二人だったら一緒に組んでもいい?」


 声を出したのは、クラス一かつ学年一の美男子とうたわれているジェイク・アンソンだ。そして、その横に笑顔のまま無言で立っているのはグレア・ホットだ。彼も際立った容姿で学年中に名が知れている。


 おそらくこのタイミングまでに他の女子から誘われたはずだが、シーナたちに声をかけてきたのは、多少なりともシーナかルアのどちらかに気があったのだろう。


「シーナ、いいよね?」

「もちろん。ちょうど困っていたところだったし」


 シーナは学年一の美貌びぼうの持ち主だと謳われ、ルアも同様に男子からの注目を浴びていた。二人の艶笑えんしょうに、ジェイクたちは完全に心を奪われている様子だった。そして、他の誰もその隙間に入ることは許されなかった。


 夕刻になり、最後の実習の授業が終わったところで、シーナたちは四人揃って担任へと報告を済ませた。四人が放つ空気感は、他のそれとは全く異なり、完全に彼女らの空間を作り出していた。それも、魔法によらずに。




 この日、大雨が降る中、ダラン総合魔法学校の競技場には中等部四年生の生徒たちが集まっていた。皆ローブのフードを被り、二泊するためのボストンバッグを手に提げ、口々に話し合っていた。


 グループごとに並んだ中央部分に、シーナたちの姿があった。


「ようやく、校外実習だね、ルア」

「そうだね、シーナ。私、コート・ヴィラージュに行くの初めてなんだ」

「え! 私もだよ!」とシーナは答えた。


 そう、シーナたちの班は、コート・ヴィラージュに行くことになっていた。


「どんな村か気になるよね」

「本当に気になる。海沿いの村だって聞いたけど、具体的には行ってからのお楽しみだね」


 そうシーナが答えたところで、ジェイクが声を出した。


「となると、全員初めての場所ってことだね。道に迷わないようにしないと」


 笑顔のジェイクに、ルアは微笑みを返した。だが、その目線が次にグレアに移ったことをシーナは見逃さなかった。


「なるほど、そういうことだったのね」


 それだけ告げて、シーナはルアの肩を掴んだ。


 直後、列の前方から声がした。


「それでは、みなさん、それぞれの行き先へ向かってください。移動はアープを使うか、馬車を乗り継いで行うように。空間系魔術を使ってもいいが、空間を切り取るときは周りに十分気を付けて」


 次に、この教師が「明後日は、ダランに帰ってきてからは自由解散としますので、次に会うのは三日後。それではいってらっしゃい!」と続けたので、生徒たちはゆっくりと移動を始めた。ここから先は、教師が介入してくることは基本的にない。ダランに帰るまで、基本的には自分たちで解決するのが授業の内容だ。


 なお、本当に重大な問題が発生した場合は、教師を呼び出せばよい。校外実習で訪問する先には、ダランへの連絡をすぐに行うことができるよう設備が整えられている。具体的には、合成魔法による広域通信が行えるのだ。


 シーナたちの一行も、他の生徒たちと同じように動き始めた。最初はほとんどの生徒が同じ方向に歩き出すが、途中から散り散りになっていく。シーナたちは、訪問先の中でも最も遠い村の一つに訪問することになっていたので、散り散りになっていく生徒たちを最後まで見届ける側だった。




    ◇◆◇




 夜になり、ようやくコート・ヴィーラジュに到着したシーナたち一行は、真っ先に村長の家に向かった。先立ってダラン総合魔法学校から生徒が訪問することはダランからの連絡文書で伝達されている。生徒たちは、現地に到着したらまずは村長らに訪問することとされている。毎年同じ流れなので、相手側も何も不信がることはない。


「村長さん、ジェイク・アンソンです。ダランから来ました」


 ジェイクがフードを外しながら、玄関の扉をノックして声を出した。すると、中からゆっくりと扉が開かれた。


「ああ、よく来てくれた、ダランの生徒さんたち。さあ、どうぞお入り。君たちが泊まる部屋は別の建物だが、まずはお茶でも飲んで行きなさい。雨が降っていたから、寒かったろう」

「ありがとうございます」


 村長と見られるその男は、非常にゆっくりとした口調だった。シーナたち四人を迎え入れ、彼女らを客間に通した。


「ここまで来るのは大変だっただろう。なんせ、ダランから本当に遠いからな」


 お茶を用意しながら村長は話していた。ソファに座っていたシーナたちは台所と客間を往復する村長を見つめて話を聞いていた。


「実は、数週間前に、村長がわしに変わったんだ。なあに、ちゃんと今回の件は引き継いでいるから、大丈夫だよ」


 村長は全員分のお茶をテーブルに用意すると、ゆっくりとソファに腰を下ろした。


「ところで、シーナさん、あなたはここに来たことがあるのかい?」

「え? いや……初めてですよ」


 シーナは突然の質問に驚いたが、苦笑して答えた。


「ああ、そうか。それなら気にしないでくれ。数日前、誰かが君のことを話していたような気がしただけだから」

「……きっと人違いですよ。私、ここに来るの初めてですよ?」


 村長が自らの誤りだという顔をして笑ったので、シーナも笑った。どこか落ち着かない気持ちだったが、少なくとも、目の前の村長が悪い人には見えなかった。

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