5 エマーソンの花畑 ②
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「うん! 今日はありがとう、フローラ」
二人はしばらくエマーソンの花畑を散歩していたが、陽が傾いてきたためグランヴィルへと帰ることとした。シーナは終始フローラの腕を掴み、常に寄り添うように歩いていた。
エマーソンに到着したときの広場にやってきた二人は馬車が来るのを待った。
「今日は本当に楽しかった。また来たいね」
シーナはフローラに嬌笑して見せた。シーナの笑顔は、他の何にも変え難いほどにフローラの心を癒していた。彼女の美しすぎる笑顔がフローラのすべてだった。
「また来ようね、絶対」
「次は、もっとお金を持ってきて、おいしいものを食べたいし、お土産を買って帰ろうね」
二人が談笑しているところに、ちょうど馬車が入ってきた。グランヴィルから乗ってきたものと同じように見えたが、
「ほら、みなさん、早く乗って。出発しますよ」
時間が遅いんですから早くしてください、私は眠たいんですよ、と言いたげな顔を横目に、シーナとフローラは急いで馬車に乗った。三列あるうちの、左後尾の列だった。
御者の合図とともに忙しく走り始めた馬車だったが、その揺れは心地よく、いつの間にかシーナはフローラに寄りかかって寝ていた。彼は馬車がグランヴィルに到着するまでずっと、寝息を立てて気持ち良さそうに眠る彼女の頭を撫で続けていた。寝ている彼女は本当に安心し切った様子だった。
◇◆◇
ダラン総合魔法学校の校門を通り、二人はようやく寮に帰ってきた。陽は完全に沈んでいた。寮に帰る門限は定められていなかったが、基本的に陽が沈む頃には家に帰るというのが通例だった。シーナたちも、全体的にみれば程よい時間ではあったが、九歳であることを
寮に入って最初に現れるのはロビーだ。ロビーは主に待ち合わせの用途で使われる。そのロビーを通って真っ直ぐ歩けば食堂、すぐに折れると階段だった。
シーナたちがロビーに入って真っ先に目に飛び込んできたのは、腕を組んでソファに座るリリア・ボードだった。二人の姿を見るや
「シーナ、こんな時間までどこへ? それに、そちらは?」
「エマーソンに遊びに行ってたの。で、こちらは、私の大好きなフローラ。とっても優しくて、本当に大事で、この先もずっと一緒にいる人だよ」
リリアはまるで険しい顔をしていたが、すぐに緊張を解くと、急に笑顔になった。つい数秒前までは別人だったのかと言いたくなるほどに、
「そう。フローラね、よろしく。私はシーナのお世話をしているリリアよ」
「リリア先生、知っていますよ。総合指揮官の先生を忘れるはずがありません」
フローラは、急に
「ありがとう。今日はもう遅いから、二人とも早く寝なさい。疲れたでしょう」
「わかった。フローラ、また明日ね。おやすみ」
「おやすみ、シーナ。今日は本当にありがとう」
フローラが先に階段を登っていき、次にシーナが階段を登ろうとしたところ、リリアがその肩を掴んだ。
「待って、シーナ」
「……どうしたの、リリア?」
シーナはリリアに連れられ、二階のいつもの部屋に入った。
「フローラだっけ? いつから仲がいいの?」
「いつ頃だっけ。ちょっと忘れちゃったけど、確か、二、三年前だった気がする。以前はほとんど会ったことがなかったから、特に何もしていないんだけどね」
「そうなのね」
リリアは背もたれのあるイスに腰を下ろすと、勢いよくもたれかかった。
「彼は今何年生? シーナと同学年ではないわよね?」
「私の二歳上だから、今は中等部三年生」
シーナはリリアの座っているイスの向かいに置いているふかふかのソファに座っていたが、背もたれにはもたれていなかった。
「なるほど。まあ、……私から言うことは特にないわ。あなたたちの好きなようにすればいいし、シーナの選んだことなら、私も応援するから」
リリアはそこまで言うと立ち上がった。同じように、シーナも立ち上がった。
「仲良くするのよ、何か困ったりしたらいつでも相談して」
リリアはシーナに歩み寄ると、何度も頭を撫でた。シーナはリリアに頭を撫でられることが好きだったので、とても嬉しい様子だった。
「ありがとう、リリア。私たち、とっても仲良しだから、結婚するまで、ずっと見守っていてね。でも、本当に困ったときは相談するかも。そのときはよろしくね」
「もちろん。シーナがフローラと結婚するって、陰ながら応援しているわ」
何度も何度も頭を撫でられた後、シーナはようやく自室へと戻った。
彼女はベッドに横になると、すぐに眠りについた。馬車で多少寝たものの、やはり疲れは身体に溜まっており、相当眠かったようだ。漆黒の夜空に幾多もの星が印象的に輝いていた、そんな静かな夜だった。
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