3 新しい生活 ③

 基礎共通魔法のアテールや火炎魔法を使った演技が多く、一部は特殊魔法により氷を作り出したり巨大な魔法陣を作り出したりしていた。


「次は、中等部のスガル・ウー! 中等部の生徒ではあるが、彼の使う火炎魔法は別格だ!」


 アナウンスが耳障みみざわりなほどに叫んでおり、シーナは思わず耳をふさいだ。


「担任の先生は?」


 レイチェルはシーナたちの担任ではない。だから、なかなか姿を見ない担任のことをシーナは気にかけていた。


「ユキア・オムロン先生ね。……今日は用事でお休みなの」


 そう、ユキア・オムロンだった。コントロール系魔術の、ブロンドで長髪の教師だった。群を抜いて若く、きっとダランを卒業して翌年か翌々年ほどだっただろう。彼女の名前を、シーナは完全に忘れていた。


「ユキア先生がほとんどいないから、レイチェルが担任の先生かと思っちゃうときあるよ。ユキア先生も、もっといてくれたら嬉しいのに」


 シーナが入学してからユキアのことを見たのは数え切れるほどだけだ。残りの日はレイチェルが担任の役目を果たしており、実質的にレイチェルが担任のような存在だった。そのため、レイチェルが担任だと誤認している生徒も多数いたようだった。


 突然あちこちから歓声が上がったためグラウンドに注意を向けると、中等部だと紹介されていたスガルが巨大なフィーレの玉を頭上に作り出し、その表面を炎が波打っていた。美しいとも感じれられるその光景に、シーナは唾を飲み込んだ。初めて他人の魔法に驚いた瞬間だった。それは、中等部に対して敬意を表したというわけではなく、スガル・ウー個人に対して尊敬したということだった。


 その後も、複数の中等部の生徒たちが演技を行い、続けて高等部の生徒の演技も終了した時点で、学校長のイールス・ダランがグラウンドの中央に現れた。これを機に、再びアナウンスが騒がしくなった。


「ここからは、今回の演題で最も注目すべき、ダラン総合魔法学校のイールス・ダラン学長の演技です! プログラムには書いていなかったサプライズですよ! ここで一つ、魔法陣の演技を見せてもらいましょう! みなさん、イールス学長の魔法は格別ですよ! お見逃しのないように!」


 だが、アナウンスには無視するように、イールスはシーナの方を見つめていた。


「こっち……見てる?」


 横にいたレイチェルは、シーナの言葉に無言で頷いていた。額に汗を流しているところを見ると、元々予定していたことではなかったのだろう。


 数秒、いや、数分にも感じられた不思議な時間ののち、アナウンスが再びイールスを駆り立てるようにアナウンスを行ったので、ようやく彼は一同を見回して魔法陣の演技を行った。


「レイチェル、怖い……」


 シーナはレイチェルの左腕を掴んだ。すでにイールスはシーナたちの方向を向いていなかったが、なぜか感じる視線に対し、シーナは生まれて初めて「怖い」という感情を抱いていた。


「……大丈夫よ」


 イールスの演技が終わった後も、シーナはしばらくレイチェルの腕を掴んだままだった。




    ◇◆◇




 朝起きては退屈そうに窓の外を眺め、学校の鐘の音が響けば寮を飛び出して校舎に向かうという毎日を送っていたシーナは、ある日、ようやく別の生徒から声をかけられた。彼女は四歳になっていた。


 このときまで、彼女は他の生徒とまともな会話をしたことがなかった。他の生徒と交わりを持つときがあるとすれば、授業中に必要に迫られて一言だけの会話を交わすか、休憩時間などで他の生徒から罵声を浴びせられるなどのレベルだった。もはや、教師以外は、皆敵同然だった。


「シーナ、だっけ? 僕はフローラ・モナコ。六歳だけど、あまり気を遣わないでね。君は四歳でしょ、歳が近いし、学校のこととかでわからないことがあれば気軽に聞いてきてね。よろしく」

「…………」


 これまで全く人と接してこなかったシーナは、どのような返事をしたら良いかわからず、思わず閉口してしまった。しかし、彼女の戸惑った表情を見て、フローラはむしろ笑顔になった。


「ごめんね、急に話しかけちゃって。怖がらないでね」


 フローラは申し訳ないような顔をしながらそれだけ言い残すと、その場を去ってしまった。


「あ、ありがとう……」


 咄嗟に出てきたその言葉は、離れていく背中には全く届かなかっただろう、彼が振り返ることはなかった。


 その日以来、すれ違いざまなどでフローラと時々話すようになったシーナだったが、それはフローラには全く嬉しくない形で跳ね返ってきた。


「あいつ、あの異端児いたんじと仲良くしているらしいぜ」

「フローラが悪いんじゃなくて、あのチビが一方的に話しかけているんだってさ」


 などと、あらぬ噂が立ち始めたのだった。


 無論、次第にフローラがシーナに話しかけることは少なくなった。たとえば、すれ違うとしても目を背けられたり、たまたま二人だけのときに話していても、誰かが近くに来たときは話すのを中断して彼は立ち去ってしまった。


 ようやく見つけた友達候補だったが、友達になるのは難しかった。


「フローラ! 待ってよ!」


 そう言ったときも、彼は悲しそうな顔をして本当の友達に引きられるようにその場を去ってしまった。


 ただし、シーナは、フローラが自分を嫌いになったわけではないだろうと幼いながら理解していた。したがって、彼女も次第に彼と距離を置くようになり、時々目を見合わせては微笑み合う程度となっていった。

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